月が綺麗ですね
「……」
「……ぁっ、スマン!」
先に動いたのは、テルヒロの方だった。俺の目の前で慌てて顔を真っ赤にして扉を閉めたのだ。
「――あっ、ばか」
いや……気持ちはわかるよ!?俺だって、今、冷静さを失おうとしているんだから!
しかし……ご存知だろうか。人は、自分と同じ感情を持っていて、かつ自分よりも激しく感情に振り回されている存在がいると、逆に冷静になってしまうものなんだ。
だから、明らかに冷静さを欠いたテルヒロの行動が、大失敗であることを察知できたのだ。……もっとも、俺の反応速度では遅いのだけど。
そんなわけで、晴れて俺の目の前で風呂場の扉だったものが、辺り一面に飛び散らばるのであった。
「……」
「……あ……その、すまん」
思わず力が入ってしまったんだろう。呆然とした表情で、想定外の結果になってしまった惨状を見回しながら、テルヒロはそう言った。
俺は、というと。肩を落として大きくため息を吐くしかなかった。
とりあえず、ゲーム当時はプレイヤーが街の施設を壊すことなんてできなかった。だから、こうなった場合、プレイヤーがどうしないといけないのか、なんて知識はないわけで。
まぁ、普通に考えれば賠償責任だよな。アイネトのせいにできないかな。ムリか。
俺は、【自然魔術・水】と【自然魔術・土】、【魔力操作】の同時発動によりスキル【マリオネットゴーレム】を発動する。
これは【香魔法】ではない。れっきとした補助魔法だ。――なのだが、その効果の微妙さに殆ど使われることのないスキルだった。
どんな効果かというと、プレイヤーのアクションを肩代わりする土人形を作る、というもの。この土人形ができることは、スイッチを押したり、床に落ちているアイテムを拾ったり、拾ったアイテムを組み合わせてその場限りのクエストアイテムを作ったり。
しかし、それはつまりプレイヤーができることしかできないのであり、しかもプレイヤーができることが全部できるわけでもない。
しかも、他の【スキル】を発動するとマリオネットゴーレムは解除されてしまう。
結果、半分【香魔法】に足を突っ込んでいるようなスキルだ。つまり、アビリティを覚えていけば使えるようになるスキルというだけ。
しかし、今は非常に有用なスキルだ。先程も言ったが、土人形はプレイヤーができる行動は行える。ついでに、土人形は術者が技量的に足りていないことも、平均的な能力値で行動を行うことができる。
そんなわけで、俺が土人形に扉の修理を命令すると、黙々とゴーレムたちは破片を集めては扉の形に修復していく。おお、やるじゃん。
俺はその様子に満足そうに頷いて、落ち込んでいるテルヒロに近づいた。
「……ほら、来いよ」
「え……?」
「今、外に出ていったら扉の修理が止まっちまうから、もうひとっ風呂浴びてくよ。お前も風呂に来たんだろ?とっとと行こうぜ」
俺が手を差し出して促すと、テルヒロは俺の手をまじまじと見て、動きを止めた。
……何してんだ。こいつ。
「……ほら、行くぞ」
何故か動きを止めたテルヒロ。俺は、しびれを切らして無理やりその手をとって、一緒に湯船へと向かった。
……あ、ちがうわ。
「あっち、ボディソープあるから体と頭洗ってこい。俺は、ゆっくり湯船浸かってるから」
「あ、おう……」
テルヒロは、空返事のような声で返事をすると、俺が指差した方向に、よろよろと向かっていった。……どうしたんだ、あいつ。そんなに疲れているのか。
一方の俺は、湯船に浸かって虚空を見上げた。
――いや、疲れているわな。アイネトに立ち向かった上に、目の前でラルドさん達が死ぬ光景を見たんだから。ストレスもハンパないだろうな。
うーん。俺は、なにかやってあげられるのかな。なんとか気分転換でもできればいいんだが。
空を見上げていると、ちゃぷ、と音がした。音のした方に目を向けると、体にボディソープを塗ったくったテルヒロが湯船に浸かるところだった。
……頑なにこっち見ねえな。
俺がテルヒロを見ていると、テルヒロはちら、とこっちを見て、やはりプイと顔を背けた。
「……なぁ、シオ。そういうの、他の人にするんじゃないぞ」
「はぁ?」
突然何を言い出してるんだこいつ。
「その、お前は今、女の子なんだから。男のつもりで動くと、危ない」
「なんだ、急に」
「いや、今更だけどさ。この世界は……ゲームのように思えないから」
「……あー……そう、だな」
確かに、現実なら――普通、女の子なら風呂場に男が入ってきたら叫ぶなり何なりするか。警戒心が薄いのは確か……?いやいや。そうじゃなくて。俺、男だし。それに。
「いや、だって相手がテルヒロだぜ?信用してるって。他の人なら、問答無用で魔法打ち込んでるわ」
「お、おう……」
――とはいえ、だ。俺は再び空を見上げて考える。その視界に、ARウィンドウ――このファンタジーRPGの世界にありえない光景を出して。
「それでも、この世界がゲームっぽくないのは確かだな。
ゲームと同じことができて、ゲームと同じ用に世界が回っている。でも、ゲームと違うことができて、それでも世界が正しく動いている。
人は生きてて、死んだら戻らない。でもNPCも居て、同じ人の姿をしているのに、何度でも呼び出される。
……俺も、この世界がゲームなのか、そうじゃないのかわからなくなってきたよ」
そして、何よりもわからないのは、誰であろう"俺達"だ。
この世界に生きている人たちよりも、圧倒的にチートな成長ができる。本来存在しないと思われる「ゲームシステム」を使いこなし、別の世界の魂を持つ俺達は、一体なんなんだ?
考えれば考えるほどに、この世界が歪に安定している現状に、頭が痛くなる。
そうやって目を窄めて悩んでいると。
「……でも、今は一区切り、だよな」
ふと、テルヒロがつぶやいた。
……そうだな。
「ああ。いろいろ考えて、疲れすぎた。少し休憩したいな」
「ああ」
いつだって、風呂は心の洗濯だ。温めと言うには少し熱いくらいの温度の湯は、体の表面から疲れを溶け出させてくれているようだ。
「はぁ~」
大きく息を吐いて、仰け反って風呂の壁を背にするテルヒロ。
「おっ……シオ、あれ見ろよ」
「ん?」
テルヒロが指差したそこは、アイネトの被害で屋根の半壊部分ができていたところだった。テルヒロの近くからその場所を見ると、貫通して夜空が見えていた。
たまたまだろうが、その天井の穴から夜空に輝く3つの月が、きれいに三角に並んで見えていたのだ。
「綺麗だな、月。ああいうのは、地球じゃ見えねえよな。この世界に来てならでは、って感じ」
「……はは、そうだな。役得だ」
「観光気分で回りたいなー」
呑気にそう言うテルヒロと、肩を並べてつきを見上げる俺。
……ふと、テルヒロの物言いが頭によぎった。
「――月が綺麗ですね、ってか」
いたずらっぽくワザと口の端を歪めてからかってみた。テルヒロは、そんな俺にキョトンとした顔を向けると、少し考えて、口を開いた。
「……?おう」
「はいはい」
まぁ、そんなつもり無いのは分かってるけどさ。ほんと、こういうネタは通じねえな。
……そういえば。俺は、とりとめのないことを考えているうちに、一つ気になっていたことを思い出した。
「なあ、なんだって今回はあんな無茶したんだ?俺を助けるとか言って、俺を置いていったわけだが」
それを聞くと、テルヒロは「あー」と呻いて、困ったような表情をした。
「……言いにくいことなら、別に」
「――事故のことを思い出したんだ」
「……そっか」
しばらく無言の時間が続いて、俺がやっぱり話をやめようと口を開いたところで、テルヒロが話しだした。
それは、俺の知らない……俺の遭遇した出来事のこと。
「俺は、当時のこと覚えてないからな」
「当事者だしな。目が覚めたときには全部終わってた……いや、終わっちゃいなかったが。
……やめよう、この話は」
――いや。
「話してくれ。もう、いいだろう」
俺の言葉に、テルヒロが不安げな目でこちらを見た。心配をしている表情だった。
「今回みたいなことは、二度とゴメンだ。あの時、お前が何を思って、どうしたのか、聞きたい。
俺も、話すから」
俺は、テルヒロと視線を合わせて、そう言った。
しばらく俺とテルヒロは見つめ合って、それでテルヒロは、大きくため息を吐いて「わかった」と答えてくれた。
その間、二人共が身動き一つとらなかったのに、視界の端で湯船の水面が波打っていたのは、温かい湯船の中にいるにも関わらず、俺はきっと震えていたんだろう。
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これにて第三章終了となります。次話はチェーンコンボについての説明話の予定です。
今章は二人が離れたことでの認識のズレを理解した話になります。この世界に対してだったり、実力だったり、理解だったり。
次章は、ついにトラウマについて、お互いの気持についての話になります。
テーマがトラウマなので、暗い話にはなってしまいますが、お付き合いいただければ幸いです。




