Result
俺の目の前に突然現れたウィンドウは――何となく分かる。ドラゴンを完全に倒した、という間違いない証拠になる画面なんだろう。
しかし、俺にはこの画面が不気味にしか思えなかった。
何だ、クリアランク、って。
何だ、MVP、って。
何だ、損害率、って。
俺の目の前に出てきた内容が、ひどく浮世離れした、のんきなものにしか見えなくて。俺の体は未だに疲労も痛みも伝えてくる。視界の端に映るボングさんの死体も、ウィンドウの向こうに広がるドラゴンの死体も、何も無くなってしまった瓦礫の街の光景も。何もかもがゲームじゃなくて、現実なんだと訴えてくる。
それなのに、今視界の中央に陣取るARウィンドウは、これがゲームの世界なのだ、ということを伝えてくるのだ。
それが、ひどく気持ち悪い。
だって、人が死んだんだぞ。親しかった人が、知っている人が、頑張っていた人が、見知らぬ人が、みんな死んだんだ。
それが、ただの数字なのだと叩きつけてくる。
――ふざけるなよ。
俺は、振り払うようにウィンドウを跳ね除けた。
ウィンドウは消えて、俺の視界には再びドラゴンの死骸が横たわる、廃墟のような広場の光景が映った。改めて周囲を見渡しても、今回の危機を救った立役者のソウル・トーカーの姿は何処にも見当たらなかった。
彼女は何処へ行ったのだろう。彼女が居なければ、俺達は間違いなく死んでいた。であれば、感謝の一言くらいは言いたかったんだけど。
それに、何故、どうやって彼女が来てくれたのか。そこまで考えて、ふと思いつくものがあった。
――そうだ、紫苑。
彼はどうしているのだろうか。無事だろうか。そして、気づく。
――損害率が、50%。
俺達のクランは、俺と、紫苑と、ネモと、ニュウだ。その50%。ここにいるのは、俺と、ネモだけだ。
じゃあ、損害率って、何だ?
俺は、街のMAPを開いて、他のクランメンバー――紫苑とニュウの場所を探す。が、何故かマップには何も表示されない。建物も、障害物も。あるのはグレーアウトした巨大な点――ドラゴンのものだろう――と、俺の側にいるメンバーの反応一つ。
「ネモちゃん、MAPが開けない!紫苑とニュウは!?」
俺がネモの方を向いてそう言うと、呆然と虚空を見ていたネモが、ハッと我に返って俺を見た。
「……!?ま、まだインスタンスダンジョンの状態から抜けれてないのかも。
アタイはお姉ちゃん探してくる!確か、シオさんは教会の方に!あっち!」
「わかった、ありがとう!」
彼女も、出てきたウィンドウの意味に気づいたようで、弾かれるように踵を返して走り出す。俺もネモが指した方向へ駆け出した。
「教会……教会……!」
俺は、崩れた家屋の中を駆けて、目的地を目指す。確か、図書館の近くだよな。向かう方向はわかっていても、周囲の光景は焼け落ちた家屋と瓦礫ばかりだ。目星がつかなく、あとどのくらい進めばいいのかわからない。ふとすれば、通り過ぎてしまうかもしれない。
MAPは開いているけども、そこには相変わらず半透明のグレーの縁が広がるだけだ。ちくしょう、肝心な時に何で使えないんだ。
「ん……?これは……!」
と、角を曲がって広がった異様な光景に、思わず足を止めた。
崩れた家屋の立ち並ぶ道路の中頃。巨大な洞穴が開いていたのだ。こんな壊れ方をした場所をは今までなかった。ドラゴンのブレスが当たったのか?
……いや、違う。近くの瓦礫の中に本の残骸が散らばっていた。……そうか。ここは、図書館の跡だ。ということは、この穴は初めてドラゴンの姿を見た場所――だから、"教会"だ。ここは。
俺は、確信を持って穴の中に飛び込んでいった。
*--
洞窟の中は、当然だが灯りなど無いはずだけど、薄っすらと周囲の光景が分かる程度に視界が通っていた。暗闇で何も見えないという状態ではない。
「おかしい……」
洞窟をいくら進んでも、その闇は一向に深まらない。洞窟の凹凸すら見えにくいものの、はっきり分かる程度には地形が視覚で判別できる。
「これも、ゲームのシステムってやつなのか……」
紫苑が使っていた灯りを作る魔法を使ったり、暗視ができる道具やアビリティを持っているわけでもない。でも、俺の視界はクリアであり、ただ何もなくポッカリと空いた穴の中を平然と駆けていける。
この世界は……この体は、一体何なんだ?
ふと、MAPのグレー一色の円に、一つだけ青い点――クランメンバーを表す印が生まれた。円の中は、フラスコ型に黒に切り抜かれており、俺はフラスコの管の部分にいるようだ。青い点は、管の先、の円に切り抜かれた空間に存在する。
どういうわけだか、MAP機能が復活したようだ。この先に広い空間があり、そこにクランメンバーがいる。この場所にいるメンバーは一人だけだ。
反応がある、ということは生きているということのはずだ。
俺は逸る気持ちを抑えることなく、急ぐ足を更に動かした。広間に飛び込んで、その光景に冷や汗を垂らす。
床にはヒビが走り、柱も半ばから折れ、天井からはパラパラとホコリが落ちる音が聞こえる。明らかに、倒壊間近と言わんばかりの地下室だ。
この中で、紫苑の反応は全く動いていない。床を見回してみると、倒れ伏す黒ローブの姿こそ散見できるが、動くものは何一つ無い。
……この倒れている中に、紫苑がいるのか……?
「……紫苑!いるのか!?」
俺は声を上げながら、MAPを確認しつつ広間を進む。俺の声には、何も反応はない。この倒れる死体の山といい、半壊した床や壁といい、ここで一体何があったと言うんだろう。
先に進んで、一つの黒ローブの元にたどり着いた。うつ伏せに倒れているせいもあって、それが誰なのかは判断がつかない。でも、MAP上では目の前にクランメンバーがいる。これ、か……?
でも……俺の知る限り、紫苑がこの世界で――というか現実世界でもこんな怪しい服装はしてなかったはず、だ。
俺は、恐る恐る目の前のローブをひっくり返すと、そこには――。
「……紫苑!」
正直、知った顔があってホッとした。しかし、うつ伏せで倒れて動かず、俺が声かけて体を揺すっても目を開けないので、改めて肝が冷える。
「紫苑!――大丈夫か?紫苑!?」
口元に耳を寄せ、かろうじて息をしているらしいことはわかった。しかし、顔は青く具合が良さそうには見えない。
……そうだ。
俺は、懐から紫苑鞄を取り出して、中にある瓶を取り出した。緑はHPの回復。赤はスタミナの回復。青はMP回復の水薬。黄色が状態異常回復、だっけ?
確か、魔法使い系はMPが尽きると、スタミナが尽きた戦士系と違って昏睡状態になるんだった。その御蔭で、魔法使い系は気絶していても状態異常系の水薬だけでなく、MP回復の水薬でも気絶状態から回復するって言ってた。
HPがなくなれば死ぬ。生きているのなら、HPは持っているはずだ。ここは、MPが切れていることを考えて青の水薬を使うべきだ。俺はそう思って青の水薬の瓶を取り出して、その栓を外そうとした。
「……あっ」
だが、慌てすぎて手元からぽろり、と抱えていた瓶を落としてしまった。MP、HP回復薬だけではなくて、手元の水薬を全部、だ。
水薬の瓶は、次々に紫苑の体にぶつかっては、あっさりと中身をぶちまけていく。しかも、黄色の瓶は顔面にぶち撒かれてしまう。
――そういえば、確か水薬の瓶って、投げて使われることもあるんだっけ。アイテムは、人の手を離れて他人にぶつかるだけでも、その薬の効果を与える、だっけ。以前、紫苑が言っていた気がする。
そして、顔面に撒かれた状態異常の水薬は、一大事用の高めの品だと聞いていたやつだった。確か、水薬の効果で回復する系の状態異常を、まとめて回復できるのだったか。
結果オーライではあるけど……これ、後で怒られるかな……。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
口移しで飲ませるんだよ!なんでポカしてるんだYO!
と思いながらオチを書きました。いや、こっちのほうが"らしい"感じがしたので……。




