外れる想定
俺達に近づいてきたのはボングさんだった。全身のあちこちが煤にまみれ、鎧はボロボロ。いつも持っていた斧は半ばから壊れており、柄があるから辛うじて腰から下げてあるような状態だ。その片目は、額から流れる血を避けるために閉じられている。
どう見ても、満身創痍だ。
「ボング……。ホッソィの奴はどうした?」
「すいやせん。奴のブレスの巻き添えを食らって戦線離脱しやした。フティも、あいつのフォローで。俺は、なんとか範囲抜けられたんですが。
おかげで、姐さんの交代失敗しちまいました。本当に申し訳ねえです」
「……そう、か」
ボングさんの答えに、ネモは悔しそうに顔を歪ませる。そうか、ネモの交換要員はボングさんたちだったのか。
「そうか……いや、事故は想定内だ。それで、交代がいらないってのはどういうことだい?」
顔を背けたのも少しのことで、彼女はボングさんに尋ねた。
「へい。流石に攻撃を受ける要因が不足してきたので、時間稼ぎが難しくなりまして。
そこで、あのドラゴンを拘束する方向にしたんでさ」
「拘束……?そんなことできるのかい?」
ドラゴンに視線を戻すと、トネラコさんが再び周囲を駆け回り、ターゲットを集めているところだった。オルさんは姿を見せない。
ドラゴンが足を振り上げて、ストンプでトネラコさんを狙う。しかし、トネラコさんは砂煙を上げてそれを回避する。ドラゴンのストンプが地面深く突き刺さったその時、ボングさんが声を上げた。
「今だ!野郎ども!」
「「へい!親分!」」
周囲の瓦礫から掛け声がしたかと思えば、どこに隠れていたのか一斉に何人もの冒険者達がドラゴンに向かって飛びかかった。装備はある程度統一されており、彼らがボングさんのクランメンバーであることは明白だった。
幾人もが何かしらのアビリティを使っているのだろう。淡く光を帯びた縄がドラゴンへと伸びて、その四肢と首に巻き付いていく。
「オラァ!おとなしくしろ!」
「へっへっへ!この暴れん坊がよぉ!」
「いい声で鳴きやがるぜぇ!オラオラぁ!」
完全に山賊崩れの物言いだが、それも恐怖から体を奮い立たせるためだと理解できる。あの巨体は、それそのものが脅威だ。対峙したからこそ理解できる空元気が、今は何よりも必要なのだ。
事実、幾人もの冒険者から体のあちこちに繋がれた縄を同時に引かれて、確かにドラゴンは動きが拘束できている。
しかし、ドラゴンが声を上げて身悶える度に、幾人かが叫び声を上げて吹き飛ばされる。これでは、とても長時間持つ気がしない。
「これ、持つのか?」
想定以上のパワーに焦るネモ。俺がボングさんを見ると、ボングさんとしても想像以上だったのか引きつった顔で冷や汗を垂らしていた。
「いや!間に合った!」
「おぉぉぉぉおおおおおおっっっ!!」
そこで、姿の見えなかったオルさんが、どういうわけだか上空から雄叫びとともに落下してきた。
「うらあぁぁぁぁぁあっっ!!」
合わせるように、先程までのダガーではなく、斧の刃を持った手甲を両腕に付けたトネラコさんが飛び上がる。
オルさんはドラゴンの頭――その一本角の根本に。トネラコさんは暴れるドラゴンの顎に。まるで衝撃が交差するように、お互いの攻撃を叩きつけたのだ。
「――ゴルゥッ……」
衝撃を受けて数瞬。まるで時が止まったように動きを止めたドラゴンは、そう音を漏らして、ズン、と音を立てて倒れ伏した。
しばらく倒れるドラゴンを見て、ピクリとも動かないその姿を見て。……体が消えないということは、気絶しているのだろうか。
そうか。攻撃が頭部に集中したことで、脳震盪でも起きたんだ。
「――……っっ!いやったぁぁぁーーーーっっ!」
一人が、勝鬨をあげて。次々に歓声が上がった。
オルさんが大剣を地面に刺して、それを壁に崩れ落ち、トネラコさんですら大きく息を吐いて地面にへたり込んだ。歓声を上げるものの、この場の誰もが動けず、それでも戦いの終わりに安堵していた。
終わった、のか……。
俺も、周囲の弛緩した空気に張り詰めていた喉から、緩く、大きな息を吐いた。
ドラゴンは動かない。各々が拘束のために改めて縄を張り巡らせる。まるで死んでいるような姿に、俺は安心がこみ上げてきた。これなら、残り時間はなんとかなりそうだ。
終わったんだな、とネモの方を向いてみると、彼女は顔を青くしてドラゴンを凝視していた。周りの空気とは全く違う、恐怖に慄く表情に、俺は理解する。
だって、今のこの場であのドラゴンについて一番詳しいのは、誰であろう彼女だ。
「――まだ、終わってないぞ!」
俺が大声で警戒を呼びかけると、とたんに全員が武器を構えてドラゴンを向いた。ピクリとも動かないドラゴンを睨み、心臓が止まるような空気が張り詰める。
俺は、ネモに話しかける。
「ネモちゃん、あいつはこれで終わりじゃないのか?後は、時間が来れば」
しかし、彼女は首を振って否定してくる。
「動きが止まったのは、"第二形態"に移行する前段階だ……。そうなると、時間が過ぎても封印されない。
ダメージを与えすぎたんだ」
「ダメージを与えすぎた?」
「そもそも、アイネトを再封印するイベントは、30分以内に一定以上のダメージを与えられないプレイヤーへの救済処置なんだ。だから、一定以上のダメージを与えたら、再封印はされない。
アイネトを倒すか……プレイヤーが全滅するまで、このイベントは終わらない」
全滅……!?
ひょっとして、俺達はやりすぎて、取り返しのつかないことをやってしまったのか?
「そもそも、第二形態になる時にふるい落としがされる。アタイ達のレベルじゃ、それに耐えられない」
「なんだって!?」
そう言っているうちに、ふと肌が粟立つような感覚を感じた。モンスターにターゲットを取られたときのような、脅威が迫る感覚。
「――目を覚ましたぞ!」
誰かの声が響く。目の前のドラゴンは、いつの間にか瞼を開いていた。その身には赤いヒビが走っていく。
ふと、足の表皮を割いていくヒビの場所に俺は気づいた。それが自分の与えた有効打と同じラインをなぞっていることに。まさかこれは、俺達が与えたダメージなのか。
呆然と見守るドラゴンの赤いヒビに、白いラインが走る。それは、まるであのドラゴンが口から吐いた閃光のような……。
まさか、あの赤いヒビって。
「間違いない。画面全体攻撃……終わった……」
ネモが、青い顔で呟き、項垂れた。完全に心が折れているようだ。俺は……でも、彼女のように諦められなかった。攻撃力が強くても、なんとか障害物があれば生き延びられるんじゃないか?
「全方位にブレスが来るらしい!みんな、隠れろ!」
ドラゴンを呆然と見ていた面々も、俺の声に反応して即座に物陰に隠れた。その素早さと、ちゃんとその身が隠れるような場所に移動するのは、さすがの熟練者たちだ。
俺もすぐに彼女の腕を取って、なんとか瓦礫の壁に隠れる場所へと引きずっていく。しかし、ネモは力を失った体で、抵抗もなくズルズルと引きずられるままだ。完全に戦意を失っている。
「ネモ、動いてくれ。あの瓦礫を壁にするんだ」
「……無駄だよ。障害物を貫通するんだ。あれで、周辺の瓦礫をすべて吹き飛ばして、フィールド状態をリセットするのが、本来の使い方なんだ。それに耐えれることが、第二形態に挑めるレベルなんだよ。
でもアタイ達は、そこまでレベル上げていないから、これでお終いなんだ……」
俺の考えで説得しようにも、視線を落としたまま答えるネモ。――例えそうだとしても、諦めたくない。
なんとか瓦礫の影に隠れる事ができた。その瞬間、視界の端に閃光が走った。
「――……っ!?」
突然地面が消失した。いや、て、空中に投げ出されているのか。衝撃も何もなく、落とし穴に落ちる瞬間のような、どちらかと言うと無重力の感覚で浮かんでいるようだ。視界は白一色に包まれ、何が起こっているのかもわからない。
ふと、白い世界は巻き起こる砂埃に遮られ、体感で1分くらいそれが続いた後、ようやく砂埃が薄れていく。
気がつくと、俺は地面に倒れ伏していた。視界に広がるのは、細かな瓦礫の散らばる地面だ。
うつ伏せの状態で、体が動かない。なんとか、首を動かして周りの光景を見る。
……建物の残骸で隠れる場所だらけだったはずの広場は、随分と見晴らしが良くなっていた。
恐ろしい威力。確かに、この光景を見ると生き残れる威力でないことは明白だった。――じゃあ、なぜ俺は生き残っているんだ?肝心のドラゴンが居ないということは、俺はあいつに背を向けている状態なのだろうか。
しかし、ドラゴンの雄叫びもなにもなく、まるで戦いが終わった後のようだ。
それでも、俺の頭からは焦燥感が抜けない。焦るように指先を動かしているうちに体のしびれが徐々に抜けて、そのうちに、ようやく立ちあがることができるようになった。
ドラゴンの姿を探すように首を巡らせれば、ドラゴンと俺達の間を遮るように、人影が立っていた。その足元に、ネモがへたり込んでいる。
ネモが、人影に向かって声を震わせて。
「……ボング。お前」
俺の目の前にあった人影は、元が何だったのかわからないようなレベルで黒焦げの姿になっていた。腰に残った斧の柄で、辛うじて"それ"がボングさんであることが、俺にもわかった。
ボングさんは、俺達の前に立ち、攻撃を遮っていたのだ。
――俺は、後に彼が【カバーリング】というアビリティを発動していたことを知る。それは、自分の背後の空間にいるキャラクターのダメージを、一手に引き受ける壁になるアビリティだった。
つまり、俺とネモに来るはずだったダメージを引き受けて、彼は原型残さぬ姿になってしまっていたのだ。
しかし、ボングさんはネモの言葉が届いたのか、少し身じろぎして。
「姐御……無事で……生きて……くだ」
俺が微かに聞こえたのはそこまでだった。ぐしゃり、とボングさんだったものは、崩れ落ちたのだ。
「……あ……あ、ああ……ああァァァァァアアアアアぁァあッッッ!!!」
力を失って、俺に引きずられるだけだったはずのネモは、ボングさんの亡骸に言葉にならない声を上げ、その手に残った斧をドラゴンへ投げつけた。その速度や、微かな発光に、何かしらのアビリティを発動していたことが理解できた。
しかしその斧は、すっかりヒビの無くなった黒いドラゴンに当たっても、硬質的な音を立てて弾かれるだけだった。
「殺してやる……殺してやるぞ、アイネトッッ!」
ネモも、怒りを込めた雄叫びを上げるが、しかしどこかを凝視して動かないドラゴンは、その目を俺たちに向けることもなかった。
そこで気づいた。ドラゴンは――この状態になってから一度も俺達を見ていない。俺が動けない体から回復するまで何事もなかったのは、ドラゴンが明後日の方向を凝視して、俺たちを意にも介してなかったからだ。
「――ッッ!!どこを、見ている!」
ネモが、そんなドラゴンの様子に苛立ちを隠さず、どこからともなく取り出したクロスボウでドラゴンを狙い矢を放つ。だが、キンキンと硬質的な音が届き、有効打になっていないのが嫌が応にでも理解できる音を立てるしか無い。
……おかしい。いくら何でも、無反応過ぎる。俺は、ドラゴンの動きに注視ながら、その視線を追った。
何もない、はずだ。
いや、なにもない荒野のような広場の跡、砂煙の中に、一つの人影があった。
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【カバーリング】は、【カバー】の上位スキルになります。
【カバー】は攻撃者をターゲットに発動し、ターゲットを自分に移します。
【カバーリング】は被攻撃者をターゲットに発動して、ターゲットが受けるダメージを全て引き受けます。
つまりボングは、ちゃんとテルヒロくんもターゲットにスキルを発動して守ってくれたんですね。そのおかげでオーバーキル状態になり、炭化・消滅してしまったのです。
それを、この二人が知ることはありません。




