災厄に挑む英雄達
元の場所に戻ってみると、まだ、母子も含めて全員が揃っていた。
「テルヒロさん、大丈夫……っ!?」
ニュウが俺の元にやってきて、俺が担いでいるのがラルドさんということに気づいたようだ。そして、その惨状にも。
俺はラルドさんを安全な場所に寝かせると、持っていた回復薬を傷に振りかける。
「ボングさん、ラルドさんでもこの状態です。ボングさんでは、やはり」
「バァカだなぁ、お前は。だから何時までたっても半人前なんだよ」
「そんな事……!」
ボングさんの、俺をからかうような物言いに、むすっとした表情でニュウが口を挟むが、ボングさんはきにも止めずに立ち上がると、ドラゴンの方に向いて俺達に背を向けた。
「勝てるか勝てないか、戦う前に決めてちゃ冒険はできねえんだよ。それに、一人で勝てねえのは百も承知だ」
「ぐ……」
ふと、手元から苦しげな声がした。ラルドさんが気づいたんだ。
「……ら、ラルドさん。俺のこと、わかりますか?」
「ぬ……て、テルヒロか。……ぬぉっ」
「うわ、大丈夫ですか!?」
彼は、俺の顔を見て、すぐに名前を呼んでくれた。良かった、意識ははっきりしているようだ。
ラルドさんは立ち上がろうとして、"存在しない"腕を地面につこうとしてバランスを崩し、倒れ伏した。俺が顔面から地面にぶつかったラルドさんの体を起こすと、彼は悲しげな目で無くなった左肩を見ていた。
「……行かねば」
しかし、すぐに立ち上がると町の中央に体を向けた。まだ戦うつもりのようだ。その姿勢に、ニュウが顔を青くして引き止める。
「ラルドさん、そんな体では無謀です!一旦避難を……!」
ラルドさんは、ニュウの説得に首を振って拒否を示すと、残った右腕でニュウの肩を掴んだ。
「助けてくれたことは礼を言う。しかし、まだ戦場には俺のパーティが残っているのだ。この身を盾にしても、皆を守らねばならない。
それが、俺が『新緑の眼』を率いる者として、そして俺のパーティの一員としての責務なんだ」
「そんな……」
悲壮感の漂う表情で言葉を漏らすニュウと違いって、ボングさんはそんなラルドさんを見て馬鹿笑いを始めた。
「そんな顔、初めて見たぜ。ラルドの旦那も、文字通り"肩なし"だな、ガハハ」
まるで小馬鹿にしているような言い方だが、怒りの目を向けるニュウと違ってラルドさんは軽口として受け流す。
「うむ、お前もこうならないように気をつけるんだな。奴の攻撃は、鋭い。まともに受けられんぞ」
「なるほど!肝に銘じとくか!ガハハ!」
「問題は攻撃だけではなく防御力も高い。ボングよ、お前の戦力では囮が関の山だぞ?」
「そりゃ、怖い話だ。そういやラルドの旦那、シオって冒険者の嬢ちゃん知ってるか?」
ドラゴンの居る方を見据えて、弱音を吐いてボングさんも逃がそうとしているラルドさんに、ボングさんが紫苑の話を振る。唐突に顔見知りの名前が出たせいか、ラルドさんが珍しく面食らった顔でボングさんを見た。
「うん?ああ、彼女とパーティを組んで、ここまで依頼をこなした仲だ」
「おお、そりゃ羨ましい。そのシオの嬢ちゃんからの情報だが、街の広場に30分足止めしてりゃ、あの化け物は消え去るらしいぜ」
「何……!?そうか……真偽はともかく、血路があるのなら試す価値はあるか」
「だろぅ?どうせ、俺達じゃジリ貧には違ぇねえだろうしな」
「うむ。あとはどう広場に誘導するか、か」
ボングさんからの情報に、ラルドさんが驚きの顔を上げる。理屈もなにもない説明だが、ラルドさんは情報源が紫苑だということでか、むぅ、と唸るだけで疑ったりしていないようだ。
と、ボングさんの見据える方向から、人影が現れた。あのガリガリのシルエットは、ボングさんのクランメンバーのフティさんだ。
「親分!ホッソイの奴が、誘導に成功しやした!」
「でかした!ッシャ、出番だな、行くぞ!」
「へい!」
ボングさんの掛け声に返事を返すとそのまま、現れたばかりのフティさんは踵を返して、改めてドラゴンの方に走っていった。
「あの化け物は俺達が引き受ける。お前ら半人前は、逃げ遅れをできるだけ助けて、街から逃げろ」
そして、駆け出そうと前傾姿勢を取って、ふと思い直したのか動きを止めた。その状況に、ラルドさんも俺も、何事か、とボングさんを見た。
ボングさんは、首だけ回して、俺に顔だけを向けて笑みを浮かべて、言いにくそうにしながらも口を開いた。
「それと……いいか。シオの嬢ちゃんのメンバーだから言うんだからな?
――姉御のこと、頼んだぜ」
そして、斧を振り上げ、雄叫びを上げながら。それは、照れ隠しだったのか、それとも自分を奮い立たせるためだったのか。
そんな勢いで、ボングさんはドラゴンに立ち向かって、駆けていった。俺は、その姿を呆然と見送ることしかできなかった。
ラルドさんは、そんな俺とニュウを一瞥して、ニッ、と笑った。
「お前達は、まだ五体満足で無事か。なら、あちこち駆け回れるな。
救助活動は、お前たちに任せるぞ」
「ラルドさん……」
それでも止めようとして、彼らの顔を見て。覚悟を露わにした表情を目の前にして、俺は何も言えなくなってしまった。
……ラルドさんも、ボングさんも、死ぬ気だ。死が確定した戦いに、逃げ出すこともなく平然とした気構えで己を投げ出す事ができるのか。
確かにこの世界では、地球――日本の価値観に比べれば、命の重さが軽い。戦えば死ぬ。運が悪ければ死ぬ。だが、だからといって、その命に宿る意思が軽いかと言えば、そういうわけでもない。
ボングさんも、ラルドさんも、決して気楽に命を投げ出そうとしているわけじゃない。
それに、俺は気づいていなかったわけじゃない。ドラゴンに雄叫びを上げてた駆け出す前、ボングさんの武器を持つ手が、少し震えていたことに。
ここでボングさんと会った時に、その目が、火の照り返しじゃない赤みを帯びていたことに。
この場にすら来るまで、怖くて、怖くて。きっと、悩んで、逃げたくて、それでもネモのために足を動かして来たんだろう。
ああやって、声を上げないと立ち向かえないほど、絶望的な実力差をちゃんと感じていても。
それでも、あのドラゴンに立ち向かって行けたのは、自分たちがこの街にいる数少ない、ドラゴンに挑めるレベルの実力者だという自負があり、その実力に裏付けされた誇りがあるからだ。その実力で、勝てずとも勝機を掴む一手が、その命で作り出すことができる確信があるからだ。
……例えばもし、俺がドラゴンに立ち向かったとしても、その行為は勇気があるとは言えないだろう。俺があのドラゴンの前に出れば、何ができることもなく一撃で戦闘不能になるのだろうから。それこそ勇気ではなくて、俗に無謀と呼ぶものだ。彼我の戦力差もわからず、勝ち筋もないままヤケになって立ち向かっているのだから。その程度の実力差は、俺だって自覚している。
そして、ラルドさん達も俺がドラゴンの前に立つ資格がないレベルであることを、理解してくれている。各々ができることを理解し、その行動に注力することが、最善なんだ。だからこそ、二人とも俺達に救助活動の方を任せてくれたんだ。
一方の彼らは、ドラゴンとの間にある実力差を鑑みて、それでも命を賭せば後に繋がる確信があるのだ。やれるからこそ、やらなくちゃいけないからこそ、死を覚悟して立っているんだ。命を落とす分かって、怖くても、それでも隣で一緒に戦う仲間のために。
それは、まぎれもなく勇気と呼ぶ心持ちだろう。
ボングさん達の決意を、その意思を、俺ごときが無下にすることは、できない。俺には、俺のできることがあるんだ。
だから、俺はできることに全力を傾けるべきだ。それが、例え知り合いを死地に送ることであっても。
俺は、助けるためにここに来てくれた紫苑と同じように、やるべきことをやるだけだ。
……そのために、俺は紫苑と別行動をとって、ここに来たんだ。
「……わかりました。
二人共、こっちへ。安全なところまで護衛します」
「は、はい。お願いします」
俺はラルドさんに背を向けて、母子の方に話しかけた。彼女たちは、おとなしく俺の指示に従ってくれるようだ。
「ニュウも、二人を守って町の外へ向かおう」
「う、うん。でも、いいの……?」
「いいんだ」
俺は、渋るニュウの肩を抱いて、母子の方へと誘導した。最後に、ラルドさんの方へ顔を向ける。
「ラルドさん」
「ん?」
「ご武運を」
「ああ。今晩、また皆で飯を食おう」
そうして、俺達は別れた。
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