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その手に掴むもの

 その男は、そう話したきり、息を吐いて口を閉じた。俺は……俺は何も言わなかった。だって……いや、整理しよう。情報が一気に複雑化したぞ。

 まず、事の起こり。WE(ワールドイーヴィル)関連依頼のチェーンクエストに出てくる敵側に、本来そちら側には参加できないはずのプレイヤーが潜り込んでいた。その目的は、WE召喚の儀式で使われる魔法を使って異次元――地球(故郷)にアクセスすることだった。

 しかし、接続先はRBDのデータベースにしか接続できなかった。さらには、操作ミスでフユフト(この世界のWE)を召喚する儀式だったにもかかわらず、別サーバーにいる最強WEであるアイネトを召喚してしまった。

 そのため、現在のWE討伐依頼はアイネトの撃破が完了条件になっている……はずだ。

 しかし、エネミー側にプレイヤーが参加して無理やりチェーンクエストを進めていたせいで、ギルド側が戦力不足で全滅している。この世界がリアルになったことで、手助けとして期待できた戦力がなくなったわけだ。

 この状態でプレイヤー側が生き残るには、アイネトにのみ存在する特殊な依頼完了条件である「広場に到達したWEと戦闘をして、30分かけて一定以上のダメージを与えられなかった事」が必要だ。

 WEの足は遅い。だから、基本的には戦闘中も、ほとんど動くことはない。出現から何の足止めもなく進んだとして、今頃ようやく広場に到達した状態だろう。

 つまり、最速でも今から30分。しかし、まともに戦えば例えば、俺の知る最大の防御力を持っているラルドさんですら、ブレスと言わず、その尾の一撃ですら一発で瀕死になる威力を持っているはずだ。

 つまり、攻撃を全て回避しきって30分の耐久が必要。それができる人材がいるか?

 ……少なくとも、俺のこの体では無理だ。防御力はおろか、回避力も要求を満たしていない。じゃあ、テルヒロならどれくらい行けるか?

 いや、防御力優先で構成(ビルド)されているので、受け耐久戦を挑まざるを得ない。しかし、うまく攻撃をかすらせることができたとしても、受けて1~2発だろう。回避には【アビリティ】を使いこなす必要があるので、テルヒロには無理だと思って全く考慮していなかったのだ。

 正直、一番時間が稼げそうなのはニュウだ。将来的には暗殺者構成になる回避・暗殺傾向の構成は、回避盾――避けることで敵の攻撃を引き受ける盾職――の理想的な構成だ。

 問題は、プレイヤースキルが足りていないこと。彼女は格下との戦闘で経験値をためている途中のようだった。未だ成長しきっていないことは、ネモの頭痛の種だった

 だめだ。全員が生き残る戦略が練れない。くそ、せめてツヴァイト(第2サーバーのWE)くらいまでなら、なんとかなりそうなのに。

 ……いや、待てよ。

 邪教団に入ったプレイヤーは、イベントでしか無いはずのWE召喚の魔法が操作できたんだよな。

 だとすると、ひょっとして、送還もできるんじゃないか?もしできなくても、データの差し替え――つまり、今召喚しているアイネトをフユフトに戻したりとか、デバッグ的なことができないか?

 俺は、一縷の望みを託して口を開いた。

 

「なあ、WEの召喚魔法って今でも操作できるのか?」

「どういうことだ?」

「今召喚しているアイネトは、もしゲームどおりなら30分、最終決戦場で足止めしていれば再封印されるよな。ってことは、召喚されたWEは魔法陣と紐付いているわけだ。

 今からでも魔法陣を操作できるなら、今すぐでもアイネトを送還できないか」

 

 俺の提案に、首だけを瓦礫(がれき)から出したままの男はむぅ、と(うな)った。

 

「……できる、かもしれない。ただ正直、俺にはその儀式、何をやっているかわからなかったんだ。マニュアルなら有るから、自分で調べてみてくれないか」

 

 使えねぇこいつ!っていうかマニュアル有るのか!?

 

「……わかった。魔法陣は何処だ?」

「多分、貴方の後ろに真っすぐ行けば祭壇がある。その向こう側だ。マニュアルは今渡す」


 俺の目の前に、アイテム譲渡(じょうと)のウィンドウが開いた。……そりゃ、今は、瓦礫から首だけ出てるみたいな状態だもんな。手渡しはできんわな。

 譲渡を許可すると、懐に重みを感じた。手をローブの中に突っ込んでみると、ずしりと重い書物があった。これがマニュアルか。

 ……うぇ、多いな。これ、海外発のハードカバー文庫くらい有るぞ。

 

「……よし、確かに。じゃあ、俺は行くぞ」

「ああ、すまない。頼む」

 

 俺は(きびす)を返して、魔法陣の元へと向かう。俺は、その道がてらマニュアルとやらを開いて中身をパラパラ見る。

 ……うーん、見れば見るほどプログラム的だな……。プログラムと違うのは、キーボードを叩くんじゃなくて詠唱と魔力を放つことで操作してる程度の違いだ。

 これ、同じ記述めっちゃ多いな。一度作った部品の使い回しとかできないのか。アドレス指定とかじゃないから、かろうじてアセンブラとかじゃないのは助かる。かろうじてC言語?

 とりあえず、召喚処理と逆順を実行すれば送還できるか?

 ――そうこうしている内に、魔法陣を見つけた。墓石みたいな石碑の裏の床に、大きく魔方陣が描かれていた。魔法陣は、巨大な円の中に、複数の小型の円が複雑に組み合わさった形をしている。よくよく見ると、その小さな魔法陣の先は、細かな文字が文章となったものだった。

 さて、と。見てみますか。俺は魔法陣の側に膝をついて、その文字を眺める。……ええと、これってどういうことだ?俺は、マニュアルを開きながら、書かれている魔法陣に目星をつけていった。

 ここは、基幹の部分、スタートラインだな。ここが魔力の循環の中枢、ここはなんだ?マクロかな?ここにつながっているのは……ここ、あ、ここ呼び出しだ。何を呼び出してんだ?えーとえーと……あれ?スタートに戻った……?……違う!これ、色が違う!積層構造かよ!これ、重なってる順番に処理を見ないとダメか?

 見れば見るほど解読が面倒な気配に、思わず眉に皺が寄る。時間がないっていうのに。

 いや、これは機能(ごと)に探そう。いちいち馬鹿正直に見ていたら時間が足りない。

 魔法陣のサイズは精々、直径6メートルくらい。この細かい円のそれぞれが、機能毎に明確に分割できているはずだ。そうすれば、逐一スタートラインから見ていくことはないだろ。

 マニュアルの召喚魔法の部分から、近い色と記述を探す……あった!

 

「……げっ」

 

 俺は、思わず引きつった声を出してしまった。

 三角柱状の瓦礫が、召喚部分の小魔法陣の一画を分断するように刺さっており、線が破損してしまっていたのだ。こ、これちゃんと動くのか?

 途切れている部分をマニュアルと照らし合わせる……ダメだ、わからん。「偉大なる神に祈り、捧げ、求めよ。さすれば天より使わされし正しき祝詞(のりと)がその手を動かす」ってなんだよ。そんな記述、マニュアルにないんだが?

 偉大なる神が何を指してるのかわからんし、何を祈ればいいのかもわからない。本当に、この、小さじ少々みたいな表現、大っ嫌いだ!

 ……ああ、駄目だ駄目だ。ネガティブに、ヤケになっては、ダメだ。十分な時間もなければ、テルヒロを助けないといけないんだぞ。しっかりしろ、俺!

 俺が欲しいのは何だ?第一に、送還手順。第一がない場合、第二に召喚物のコントロール手順。それもなければ、第三に召喚物の差し替えだ。

 俺が必要なのは何だ?何よりも、魔法陣の操作手順だ。

 ……ええい、触っている内になんとかなる。伊達(だて)に取説無しでゲームやってる世代じゃないんだ。何処をいじれば何処が動作するかくらい、見て分かるさ!

 

「スタートは……これか。祭壇の前、詠唱……ん?【魔力操作】使うのか……それなら」


 マニュアルを見ながら、魔法陣の起動手順を探してそれに(なら)っていく。すると、詠唱の際に【魔力操作】を使う場面があった。であれば、暴発などを抑えるためにあれが使えるはずだ。

【魔力調整】。ゲームでは、魔法系アビリティを使う際に、つぎ込むMPをレベルに応じて増減できるようになるアビイティだ。あまり人気は、無い。アビリティの補正倍率が、正直めちゃくちゃ悪いのだ。

 ただ、手加減が必要な場面や、計算上ギリギリ攻撃力が足りないワンパン狩りをする際には、とても重宝する魔法職用の汎用アビリティだ。

 俺のチャートには取得する予定がないアビリティだったが、今は躊躇(ためら)う場面じゃない。すかさず取ろうとして、アビリティのウィンドウに、見慣れないものがあることに気づいた。


「……は?【魔法陣学】……?」

 

 見たことのないアビリティが生えていた。

 興味が惹かれたので説明を見ると、『魔法陣』を使った魔法の発動の成功率に補正のかかるパッシブアビリティだった。

 いやいや、『魔法陣』をつかった魔法なんて、ゲーム内ではNPCがイベントで行うしかなかったものだ。つまり、まずプレイヤーがアビリティとして認識すらしていなかった技術。

 マジか。こういうのも、アリなのか!?これ、あれだろ?WE召喚マニュアル読んだからだよな……!?マニュアル読破してないけど、良いのか?

 いや、これは僥倖(ぎょうこう)。俺はその場で【魔力調整】と【魔法陣学】を取得。効果を上げるためにレベルを上げている暇など無いので、所得直後の状態で、ぶっつけ本番の魔法を発動する。

 ――不意に。口を開いた瞬間から体の自由が効かなくなった。

 

「『久遠の停滞より、目覚めよ創世の(ページ)

 『餓え、惑え、求め、怒れ』

 『我は指。汝が迷い手を導く奏者(そうしゃ)

 『汝は光。我が求めし答えを知る叡智(えいち)』」

 

 目は見開き、口は勝手に言葉を放ちつ。ステータスに目をやれば、魔力はぐんぐん減っていく。――ちょっ、やばいやばい!MP足りるかこの速度……!?

 

「『いでよ奔流、生まれよ救い』

 『此処に今、(しるべ)を刻まん』

 『未知()よ、開け』」

 

 閃光が、目の前に広がった。ふ、ふぅ……間に合った。おれは、ガクリと膝をついて荒い息を吐いた。ぜーはー、ぜーはー。

 MP残量はカツカツ、気絶一歩手前だ。俺の今のレベルでギリギリ、か。ってか、これWEをが暴走したのって、魔法陣の使い手がMP枯渇で制御できなかったからじゃないか?

 ひょっとしたら、新規に取ったアビリティがいい仕事をしたのかもしれない。GJだ、俺。 

 顔を上げると、俺の目の前の魔法陣の上には、宇宙のような空間がポッカリと口を開いていた。俺の指からは光が伸びている。……俺は、なんとなく操作方法を理解している。

 これが【魔法陣学】の影響か?自動で接続しているのは、WEの空間。ああ、動かないWEの石像が立ち並ぶ、神殿のような光景が見える。

 ……アイネトの像がない。これだな。戻せるか……?

 いや……だめだ。これは、エラーだ。ウィンドウが開いてメッセージが出た。

 アイネトの存在がないのに、向こうの空間(データベース)からの応答によると、俺のいる空間(第5サーバー)にはアイネトが存在しない扱いになっている。これは、おそらく魔法陣の召喚部分が欠損しているからだと思う。

 アイネトがこっちに来ちゃったのに、まだWEがいない扱いになっているとすると、下手に召喚が成功すると、追加でフユフト出ちゃうんじゃないか。

 やばいやばい。俺はとっととWEの存在する"フォルダ"から逃げ出すことにした。他に、武器とか、防具とか。なんとかアイネトを対処できる手段がないかを探す。うわ、出るわ出るわ。武器防具アイテム()()見取(みど)りかよ。

 これはまごうことなくデータベースですわ。ふと、思い当たる武具を探している時に、あるアイテムを見つけて気づいた。フユフトのドロップアイテムと、アイネとのドロップアイテム?それだけじゃなくて、他のWEのドロップアイテムまで。

 ……いや、待て。これ、サーバー間の隔たり超えてるんだよな……?ってことは。

 俺は、思いついたアイデアを試すべく、指を滑らせた。待ってろ、テルヒロ!


 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 次回から視点がテルヒロくんに移ります。しばらく、シオくんの出番がなくなりますが、ご了承ください。

 ちなみに今回のご都合主義的な部分について補足をば。

 シオくんが【魔法陣学】を手に入れることができた理由は、彼にプログラムの知識があったことが要因のひとつだったりします。

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