ゲームの向こう側
WEの出現場所、という大事なオブジェクトに関わらず、プレイヤーがシステム上、一切入ることができないこの教会には名前がない。
チェーンクエストが始まる前は閉鎖され、WEが出てきた時にはプレイヤーは広場から出ることができないので、見えない壁で教会に向かうこともできず。そしてWE討伐後は、全壊して更地になっている。
そんな、プレイヤーが立ち入れない謎の場所。それがこの教会だ。プレイヤー間ではひねりもなく『名もなき教会』と呼ばれていたな。
かつてはレトロ感に趣のある名もなき教会の外観も、今やその半分が吹き飛び、正に文字通り半壊している。如何にも近づくのも危険な雰囲気だが、屋根もまとめて壁が吹き飛んでいるおかげか、これ以上倒壊する気配はない。
俺は、ゆっくりと手を伸ばして、教会の敷地内へと近づいた。
俺の手は見えない壁に触れることなく、瓦礫の積もる教会の床へと足を踏み入れることができた。
――この世界は、ゲームじゃない。から。
「……ここか」
教会の敷地の奥には、ぽっかりと、くり抜いたかのような巨大なトンネルが空いていた。
思い出してほしいが、WEを呼び出したのは俗に『邪教団』と命名された集団だ。彼らが封印を解いたことで、WEが呼び出されるのだ。
では、WEを呼び出した後、彼らはどうしたのか?WE討伐依頼でWEを討伐できた場合、その後の顛末をギルドの受付から聞くことができる。
曰く、WEを呼び出した邪教団のメンバーは、全員が死体として教会の地下から見つかったのだと言う。WEの召喚の儀式調査のため、ギルドが教会の跡地を調べ、その遺物を全て回収した。その過程で、跡地には邪教団のメンバーが遺体で転がっていたのだという。
その後は生き残りを探すべく、遺物も含めてギルドで調査することになったのだ、という話が受付で聞くことのできる、一部始終となる。
そう。つまり、今。このトンネルの奥に、プレイヤーがかつて見ることすらできなかった、邪教団のメンバーが残したものが有るはずだ。そこに、アイネトの対処法がある、という一縷の望みをかけて、俺は歩を進めた。
他に、俺に思いつくヒントはなかった。
遠くから爆音がしては、微かな地震が足元を揺らす。暗闇の中を【灯り】を発動させて先に進む。トンネルの壁は荒い断面をしており、真新しく掘られたのが分かる。
「……これ、ひょっとしてアイネトが掘り進んだのか……?」
出てくる時に、アイネトは吐息を使わずに出てきていたはずだ。しかし、これだけのトンネルを人の手で掘り進むのはコトだろう。もっと、コソコソとした通路で然るべきだ。
……ということは、他ならぬアイネト自身が自ら、外に出るべく通路をせっせと掘り進んできたことになるんじゃないか?
「……はは、バカバカしい」
あの恐ろしい姿のアイネトが、モグラのように手を動かしているその姿を想像して、少し気が楽になった。
それにしても、奴が出てくるまでは紛れもなく地面の下だったわけで。ということは、このトンネルになにか手がかりになるようなものはないだろう。俺は、ズンズンと先に進んでいった。
「……うっ」
スン、と鼻につく臭いがあった。刺激臭を伴うその雰囲気に、思わず声を漏らして顔を顰める。鼻を摘んで、行き先に【灯り】を飛ばす。
――そこは正に、邪教徒の集まりの跡だった。
瓦礫で床が埋まって、半分程度しか見れないものの、地面には赤い塗料で乱雑に線――魔方陣が描かれ、瓦礫の隙間から手やら足やらが、黒いローブの裾と共にはみ出ている。
地響きとともに落ちる細かな瓦礫のパラパラという音と、コツコツという俺の足音だけが空間に響く。俺が足を進める度に、ふわりとホコリが舞い上がり、ただでさえ見づらい視界を遮ってくる。
「――っぷしっ」
……ダメだ。ちょっとホコリやら臭いやらが耐えられない。
【香魔法】の中にある【そよ風】――この街で新しく身に着けた攻撃手段を伴うアビリティ【自然魔法】を覚えることで、一気に解禁されるスキルの一つだ――を発動する。俺を中心にして、ふわりと風が巻き起こる。
籠っていた臭いが、微かな風で吹き散らされ、少しは楽になる。ふう。
「……う……」
「――っ!?」
声が、した。
多分、風が巻き起こったことで気がついたんだろう。俺は、声がした方に歩いていった。
そこに居たのは、積み上がった瓦礫が奇跡的に隙間を作っていたようで、結果その首だけが外に出た状態の黒フードの男。フードを取ると、特徴的な長い耳――おそらく精霊種だろう――が銀髪をかき分けて飛び出ている顔がこぼれ落ちた。
気になったのはその肌の色。本来、色白が特徴の一つの精霊種だが、彼の肌は東南アジア系の人間のような色黒の肌をしていたのだ。彼が邪教団に入ったのは、この肌の色で迫害でもされたのだろうか。
この体勢なら、いきなり襲ってくるとかもないだろう。俺は、視線が合わないようにその辺りに転がっている死体から黒ローブを剥ぎ取って――【鑑定】したが、特に能力も呪いもない黒い布だった――身につける。フードを被っていれば、目も見えないで済むだろう。
目さえ合わなければ、俺だって、少しは話せる……。
準備を整えて、持っていた回復ポーションをその男にぶっかけた。死んでいないなら、これで回復できるはずだ。
ついでに【気絶】回復の気付け薬もオマケだ。持ってけ泥棒!
「……うぐ……っ」
お、気がついたか?俺は、慣れないことをすることもあって、一旦大きく深呼吸をして意を決した。
「気がついた?お前に聞きたいことがある」
「なん……女の子?ここは……どこだ」
「何処だっていいだろう。どうやってワールドイーヴィルを呼び出したんだ?」
「ワールド……そうだ、ワールドイーヴィルだ。奴は……どうなった?」
その男は、は、と気がついたように顔を上げた。……あ、良かった。ちゃんとフードで隠れて目が見えない。俺は、視線が合わないことで、かろうじて顔を背けずに済んだ。
「無事、外で暴れているよ。君たちの本懐だろう?どうやって召喚したのか、教えてくれ」
「う……無理だ。お前には無理だ。あれは、この世界のワールドイーヴィルではない」
俺の質問に、呻くように言葉を濁す男。……え、こいつ、あれがフユフトじゃないと分かっているのか?これは、ビンゴ引いたか?
「じゃあ、それも教えろ。何でフユフトじゃなくてアイネトなんだ!?」
「何……?……そうか。お前、プレイヤーか」
俺の質問に、驚いたようにうつむいた顔を跳ね上げる男。しかも、『異邦人』じゃなくて"プレイヤー"と呼ぶ……こいつも、プレイヤーか!?
そうか、合点がいった。この街の、依頼の流れがおかしい、と思ったのが始まりのこの一連の流れ。WE討伐のチェーンクエストを、ギルド側じゃなくて、邪教団側に立ってこなしていたプレイヤーがいたのか!
だから、日程の余裕もなくショートカットで話が進み、最後の遺跡でメイン火力のプレイヤーが居なくて、調査団が全滅したんだ。そりゃそうだ。本来の調査が必要な期間も、そもそも諸悪の根源が進めているんだから話の展開も早くなる。調査してわかる行き先を、知っているんだものな。
こいつ……どういうつもりだ?それなら尚更、この街の――この世界の戦力で、アイネトは最大級の驚異だ。
俺は、意を決して尋ねた。
「そうだ。俺もプレイヤーだ。俺は死にたくない。死にたくないから、アイネトを止める方法を教えろ!」
「……わからない」
「何!?」
「俺は、そんなつもりじゃなかった。俺は、俺達は、アイネトを呼ぶつもりなんてなかったんだ」
――え?
懺悔するように言葉を漏らすその精霊種プレイヤーの言葉に、俺は呆気に取られた。そいつは、顔を上げて俺を見た。
「アイネトのことを知っているなら、ある程度はWEをについて知っているだろ?WEは、異次元に封印された、この世界の神々の大敵だ。
当然、呼び出すなら、神々の封印にアクセスする必要がある。つまり、この世界とは別の次元に接続することになるわけだ」
――そうだ。WEは、到底人の手には余る存在なんだ。封印も、神の力で封印されているとされている。実際に封印をしたのは遺跡を作った『神々の使徒たる遺跡人』らしいんだが。
それはともかく、何処に封印されているのか、と言うと、例えば何かの依代の中などではない。
それが、俗にプレイヤー間では『名前のない異空間』と呼ばれる場所だ。
教会の名前にも繋がるその場所は、WE討伐依頼が終わって知ることのできる情報の中に存在する。邪教団は、その異空間とこの世界を接続して、WEを召喚したという話があるのだ。
――異空間への接続。それは、ある意味、俺の当初の目的と重なる部分がある。つまり、邪教団――いや、このプレイヤー達の目的は。
「俺は、俺達は、元の世界に……地球に帰りたかっただけだったんだ」
――そうか。そうだ。それは、そうだ。
何が目的、って、俺達の目的なんて、結局一つしか無いじゃないか。
「……それで、失敗したのか」
俺が確認すると、そいつはこくり、と頷いた。そして、驚くべき成果を話す。
「俺達は、WEクエを進めて、邪教団に接触した。ゲームじゃできなかったことが、今の俺達にできた。シナリオを知っていたから、何処に誰が居るかも分かっていたからな。
そして邪教団と接触した俺達は、WEを召喚する手順と仕組みを解析することができた。召喚アクセス先をルート毎に選び、そのアクセス先を調べることができるようになったんだ」
「なん……それは、すごいな……」
「……でも、召喚が始まった直後だ。分かったことは、その召喚魔法では、アクセス先に地球はなかったんだよ。
その時、俺達がベースにした技術では、地球というゲームの外、つまり外部にはアクセスできないんじゃないか、って技術者の奴は言っていた」
「じゃあ、どこにアクセスしたんだ?」
「……データベースだ。多分」
「データベース!?」
俺は、そいつの答えに驚いた。
だって、ネモが言うには、この世界はゲームではない、らしかったのに。こいつの話には「データベース」などという、この世界がゲームの世界のような名詞がでてきたのだから。
俺は、しょうきに、戻れない!という感じだ。いや、落ち着け。結局、やはりこの世界はゲームだった、的な要素を聞いたので、混乱している。のだ。
俺は、とりあえず疑問をさておいて話の続きを促した。
「詳しく頼む」
「ああ。俺達が見たのは、細かく別れた空間に押し込められたモンスターたちの姿だった。フィギュアのコレクションのようにな。正にフォルダに格納したデータみたいだったよ。
その光景に操作していた奴が動揺したのか、フォーカスが自動接続したのかはわからないが、結局WEの空間にアクセスしてしまった。……問題は、その時操作をしていたやつが抵抗してしまったことだ。
自動的に選ばれるはずのフユフトからフォーカスがズレて、選択されたのがアイネトだったんだ。その後は、もうわからない。閃光が弾けたと思ったら、貴方がそこに居たんだ」
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
進入禁止区域は、よくあるゲームでプレイヤーが突っかかる、目に見えない壁です。あれ、実際どんな触感するんですかね。
私の夢の中では、まったく指が進まない低反発枕みたいな感じでした。




