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この"世界"

 ネモは、俺に振り向かなかった。俺も、動けなかった。火の中に消え去るボングを、ただ見ているだけだ。

 ぱちり、と火花が散って、近くの家屋が崩れ落ちた。ネモは、その音に我に返ったようで、俺を振り返る。その表情は、泣きそうな、それでもキリッとした決意があった。

 

「……っ!シオちゃん!シオちゃんは先にここから逃げて!

 アタイはやっぱり、冒険者ギルド行ってくる!総力戦でテルヒロさんとお姉ちゃんと合流する!」

 

 彼女はそう行って、未だ動けずに彼女の顔を見上げるだけの俺の腕を取って、無理やり立ち上がらせた。

 

「しっかりして!今はシオちゃんが頼りなの!

 シオちゃんなら、きっとなにか、なにか思いついてくれるはずだよ!アタイは、他のこともやるから、アイデアなんて考えてる暇なくなると思う。

 だから、シオちゃんが、皆が生き残る方法を、お願い!わかったら、チャットで連絡を」

 

 皆……?

 ネモは、泣いていた。泣きそうな、でも、涙をこらえて、でも無い。涙の跡があった、とかじゃなくて、今も、まだ。それでも、悲壮感は出さずに、俺を説得しようと口を動かしている。

 俺は、彼女の真剣さに押されて、思わず口走ってしまった。

 

「何故?」

「えっ?」

「あっ……」


 彼女が、あまりにも真剣に"生き残る"ことを言い出したのは、多分、いや間違いなくボング達が理由だ。さっきまで、俺と同じでアイネトに恐怖していたのに、今や涙を流してまで恐怖に立ち向かって、真剣になった。


 ――俺には、無理だ。


 そんな弱気が、思わず漏れてしまった。ネモは、驚いた顔をして、俺を見つめてくる。責めているようなその視線に耐えられず、俺は顔を逸らすことしかできない。

 ネモは、そんな俺の腕から手を抜くと、俺の正面に立つと、がしっ、と両肩を掴んできた。

 ――やばい。怒られる。

 俺がそんな恐怖に駆られて震えていると、ネモが口を開いた。

 

「――シオちゃん。よく聞いて。

 この"世界"は、()()()()()()()()()()んだよ」

 

 ……は?

 いきなり、何の話をしているんだ?俺が思わず顔を上げると、そこには怒りに震える表情はなかった。涙を溢れさせながらも目に力を入れて、俺をしっかりと見据えたネモの顔があった。

 

「この世界は、RBDの設定が生きてるだけで、ゲームの世界ってわけじゃないの。

 さっきシオちゃんが言ってたとおり、死んだら、死んじゃうの。コンティニューはできないし、誰かが生き返らせてくれることもないの。

 それは、この世界に元々生きている人たちも、そう。NPCって、シオちゃんが言っていた彼らも、一度死んだらもう、復活しないの!」

 

 ……そんなバカな。

 だって、周回で受けられる依頼の中には、ストーリー上死ぬNPCも存在する。死んだ場合、以後のシナリオでは、確かに以前の時間軸の依頼で死んだフラグがあれば、出てこなくなる。それで難度の変わる依頼も、ある。

 でも、メインシナリオに関わらない依頼は、何度設け直すことができる。周回して、時間軸に前提となるシナリオで生き残れば、以後のストーリーでも元気に顔を出す。

 だから、お気に入りのキャラクターを生かして話を進めるため、複雑なフラグを管理してくぐり抜けていく事が必要にもなる依頼もあるし、それをも好むプレイも存在する。

 だから、NPCは、死んでも大丈夫……な、はず。なんだ。

 だから、俺達さえ生き残れれば。

 

「一度終わった話は、後には戻らないんだよ。……私がボング達をクラン抜けさせたのも、それが理由」

 

 ネモは、そこで一つ口を噤むと、懺悔(ざんげ)でもするように話を始めた。

 

「アタイのクラン、『ヘルパス』は、私が蹴散らした山賊NPCをスカウトして、アタイやお姉ちゃんの代わりにゲームを進めてもらうつもりで作ったクランだったの。

 アタイも、最初はシオちゃんと同じだったよ。ゲームのキャラクターは、何度も生き返れる。そう思ってた。

 でも、ダストが……メンバーのNPCが一人、モンスターに殺された。

 ダストは、アタイが山狩りの依頼を受けて出会った山賊NPCだった。斥候型で、山賊には見えないカッコイ見た目してて。

 いい人だった。居なくなったことに、ショックを覚えたよ」

 

 ネモは、そう言ってボング達が向かった炎の先に視線を向けた。

 

「ダストだけじゃない。他の、何人も。アタイの知らないうちに、クランメンバーは入れ替わっていた。アタイに心配をかけないように、手分けして金策していたメンバーは、誰かが居なくなる度に知り合いを誘って、アタイたちを助けてくれていたんだ。。

 ……みんな、隠してくれてたんだ。

 でも、ダストが居なくなってアタイは()()に気づいた。でも、ダストを生き返らせようとして、ダストと出会った依頼を、もう一度受けようとして――いくら探しても、ダストとはもう、会えなかったんだ」


 ネモは、俺に背を向けた。彼女は、どんな顔で、そんな話を俺にしてくれているのだろうか。

 

「アタイはそれに気づいて、方針を変えた。万が一に備えて、お姉ちゃんに"この世界"で生きていけるように、実践を見据えた戦闘経験を積ませるようにした。そのために使う人材はシステムで作られた復活できるクランヘルパーを使うことにした。

 ……それでも、アタイを慕って残ってしまったメンバーも居た。お姉ちゃんを見守るために、能力の足りないクランヘルパーを助けるために。

 まぁ、そいつらもラルドさん達にやられちゃったけどね……。

 でも、それにアタイは恨み言を言うつもりはない。アイツらはそれを覚悟の上で、お姉ちゃんを助けるために頭絞って、お姉ちゃんが無理やりやらされているっていうバックボーンを演出してくれた。

 アイツらは、アタイに「任せろ」って言ったことをやり遂げてくれたんだ。

 ……そして、シオちゃんたちに出会えた」


 もう振り返らずに、彼女は。


「ボングの言ったとおりだよ。本当なら死んでたかもしれない命なら、償いに使うのは道理なのさ。

 もう、アタイは誰も見殺しにしたくない。でも、アタイには知識も足りないし、今は力も足りない。シオちゃんにしか頼れないんだ」

 

 何処かで、ドン、と破裂音がした。建物が壊れる音がして、悲鳴が上がる。ドカ、と音を立てて、何処からか飛んできた何かが、俺達の脇の建物にぶつかった。

 

 何処かで見た装飾――『新緑の眼』の紋章――が刻まれた金属……に包まれた……()()の、()だった。

 それから、俺は目が離せない。ネモは、話を続ける。

 

「流れ弾に気をつけて。なんとか外に出て、アイネトの対策を考えて。

 ――"動いて"。お願い」

 

 彼女はそう言って、彼女もまた炎の中に飛び込んでいった。

 ……俺は。

 俺は、無理だ。

 だって、今も、足が震えている。目を閉じれば、暗闇がアイネトの体表を思い出して、怖い。目を開ければ、火と、血の赤がいっぱいで、怖い。耳に届くのは、悲鳴と、怒声で、怖い。崩れる音と、燃える音が、怖い。

 だって、誰かが、俺を見ている。笑って、怯えて、指を指して。

 

『――お前を助けられなかったことに、なりそうだから』

 

 ……あいつは、()()()、何を思ったんだろうか。

 ()()()の俺は、余裕もなくて。今の俺にだって、そんな余裕はない。

 ……俺にできることを。俺は、アイネトと戦うことはできない。アビリティは戦闘用の構成じゃないし、俺自身、モンスターと正面切って立ち向かう度胸なんて無い。

 そして、誰もアイネトには敵わない。何人ものエンドコンテンツに挑むレベルのプレイヤーに狩られ続けたアイネトは、ロックリーチの出現方法すら周知されてないこの世界では、無敵だ。

 そんな奴と、戦うなんて、馬鹿だとしか言えない。

 ()()()、馬鹿が立ち向かってしまったんだ。

 ――俺は、何のために、こんな所まで来たんだ。

 そんな、馬鹿を助けるためだ。

 あいつを、元の世界に戻すためだ。あいつが目覚めるのを待って、泣いている家族に会わせるためだ。

 

『――動いて』

 

 そうだ。動かなきゃ。


 周囲は、いつの間にか光景が代わっていた。震える足は、いつの間にか。俺よりも優秀だ。度胸あるじゃないか、こいつ。

 

 そうだ、行かなきゃ。あそこに。

 

 俺が、思いつく前に。俺の体は、俺の頭から勝手に記憶を取り出して、その場所へと向かっていたようだ。

 気がついたら、俺は大きく息を切らして、大きな穴を開けて半壊している建物の前に居たのだ。

 アイネトが出てきた、古い忘れられた教会の前に。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 拙者、クソザコ根性の弱虫が足を震わせながら立ち向かう姿が大好き侍で候。


 まだ描写していない過去の話やら、トラウマやらが交錯して、かなり要領を得ない話になっている気がします。皆様に彼女たちの感情が伝えることができてるでしょうか?

 シオくんが、初めてテルヒロくん以外のお願いを原動力に動きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際に死の淵に追い詰められていたテルヒロや、既に何人もとの別れを経験していたネモと違って、 シオはようやく現実というスタートラインに立ったわけですか。 新緑の眼のどなたか、退場しちゃいま…
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