表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/193

知っているイベントに向けて

「レッ……!?」

「バッカ!声が大きい……!」

 

 ロックリーチの存在を思い出したのだろう。目を見開いた時点で「あ、ヤバい」と判断した俺は、テルヒロが声を出す前に、こいつの口を手で塞いで、小声で叱った。

 

「いいか、落ち着け。まだ、誰がクエストを進めているかわからないんだ。ひょっとしたら、OE事件を引き起こした犯人が、この世界で生きているプレイヤーを殺すために暗躍してるかもしれないんだぞ」

「……!!そ、そうか……そうだな。ごめん、シオ」

「よし」

 

 ただでさえスカスカのこのギルドで、そんな目立つこと言って、相手にバレたらどうするんだ、って話だ。……まぁ、「スカスカなギルド」とか言ったら、それはそれであのイケオジさんとかに怒られそうだけど。

 さて、それはともかく今はチェーンクエストで出てくるレイドボスの情報を、パーティで共有する必要がある。レイドボスが相手なら、勝敗も当然だが被害を可能な限り抑える必要がある。辛勝の挙げ句、俺かテルヒロか、あるいはニュウかネモ、誰か一人が死んでしまったとしたら、それはもうゲームオーバーと変わらない。

 そんなこと、俺一人は当然のこと、テルヒロと二人だけでも達成は厳しいのは目に見えている。ロックリーチは、最初に出てくるポジンションであり、運営が手加減した強さのレイドボスだからなんとかなっただけのことだ。

 まずは、テルヒロに"いつ"この依頼が受注されたかを確認してもらう。なぜならチェーンクエストの完遂は、一日二日で終わるイベントではないからだ。一つの依頼が終わって、次の依頼が出るまでゲームでは一瞬だが、内容としては確か半月程の経過が前提だったはずだ。

 もし、始まったのがここ二、三日以内の受注であれば、まだ余裕はある。

 俺は、テルヒロを待っている間にネモにチャットを飛ばす。

 

<シオ:今、ちょっと大丈夫?

 ネモ:ん、おk。

 シオ:WE(ワールドイーヴィル)召喚クエ(クエスト)が進んでる

 ネモ:……ん?なにか問題?

 シオ:巻き込まれてて、街出れない

 ネモ:すぐ合流する。どこ?

 シオ:大手を振って話せない内容だから、宿で合流で。こっちもすぐ向かう

 ネモ:らじゃ>

 

 チャットはすいすいと進み、すんなりと合流の約束を取り付けた。それにしても、流石にネモも知っていたか。WE(ワールドイーヴィル)の存在。

 

「シオ、聞いてきたよ。調査は一昨日から始まったって」

「ギリギリセーフだ。ネモにも連絡取ったから、宿屋で合流するぞ」

「わかった」

 

 *--

 

 宿屋で取っている部屋に戻ろうとすると、部屋の前で中から声がする。声の主はネモだ。

 彼女が誰かと話していた。ネモの口調は、荒い。

 

「なんで一人で外出てるの!?お姉ちゃん、いつも団体行動がどうとか、言ってたよね!?」

 

 ああ……。俺は、なんとなく理解して手で顔を(おお)わざるを得なかった。嫌な予感を感じつつも、部屋に入ってみると、中にいるのはネモ一人。話し相手はARウィンドウの向こうにいる――つまり、通話中ということだ。

 ネモは、俺達の姿を見ると、バツの悪そうな顔をした。

 

「ああ、もう。テルヒロさんたちが来ちゃった――昨日、クラン作るって言ってたでしょ!?そんなの当たり前でしょうが!

 もう!先に話してるから、帰ってきて!」

 

 ネモは話を切り上げると、こちらに向き直った。

 

「ごめんなさい。お姉ちゃんが、テルヒロさん探しに宿を離れちゃったみたいで」

「ああ、うん……」

 

 ですよね。俺とテルヒロはなんとなく予想のできていた現状に、頭を抱えて苦笑いするしかなかった。

 

「あれ?でもニュウさんって一人で出歩けたっけ」

「多分、起きたのがちょうどクラン作った後だったとかじゃないかな。それなら何も知らないままでも、宿屋を一人で出れちゃうからな。

 そうじゃないなら、多分デネブさんあたりが止めてたんじゃないか?」

「あー……多分」

 

 テルヒロの疑問に俺が答えると、妙に歯切れ悪くネモが同意した。……なんだ?

 

「それはともかく、WEだよWE!どういうこと?」

 

 チャットの雰囲気とは違って、慌てた様子でネモが話題を逸らしてきた。……まあいいか。実際、よっぽど大事だし。

 

「だぶるいー?」

「……あぁ。そうだね。そこからだよね」


 ピンときていない表情で、聞こえた単語を繰り返したテルヒロに、俺は眉を下げて笑う。何よりも、敵を知ることは生き延びるための最も効率的で、最も大事なことだ。

 まずは、WEの説明からすることにしよう。

 ワールド(World)イーヴィル(Evil)。通称、1単語の頭文字を取って『WE』と呼ばれる()()は、RBDで数少ない、メインストーリーイベント()()で度々姿を表す同名、あるいはそれに属する眷属が出てくる、いわゆるボスキャラだ。

 世界の名前を冠し、天の称号『L』を返した堕天の悪魔。この世界『フュフエル(Funf L)』であれば『フユフト(Funf T)』。仮にもボスキャラと銘打って出てくる以上、当然その力は対峙するイベントが存在する地域に出てくるモンスター群とは、基本的に一線を(かく)す。

 また、同じ名前で何度も出てくると行っても、その力は一定ではない。イベントの有る地域のランクが高くなる毎に――つまり、ストーリーが進むごとに強くなる。

 つまり幸いなのは、ここがまだフォウニーだということだ。確かにその力は、フォウニーに到達したばかりのプレイヤーには荷が重いが、最初期のWE出現クエストであるが故に、付け入る隙はあるということだ。

 だが問題なのは、()が、何の()()でWE出現を目論(もくろ)んだのか。

 だってそうだろう。この世界はゲームのようで、ゲームじゃない。コンティニューはできないし、傷つけば痛いのだ。放っておけば絶対に出てくることがないレイドボスを、どういう理屈で呼び出そうというのか。

 それにWE出現にこぎつけるまでの依頼も、クリアするにはそれなりに面倒な手続きが必要なものばかりだ。到底、テルヒロみたいなうっかりドジ踏んだ個人が進められるようなものでもない。

 ということは、この依頼を進めているのは組織だったクランか、あるいは何かしらの集団が、計画的に動いているということだ。

 正直、個人的には放っておきたい。放っておきたいが、俺達はこのWE出現のどさくさで、次の街に移動することができなくなってしまっている。そして、フォウニーへの護衛依頼が終わった直後もあって、ラカーマに戻る依頼は張り出されていない。交通手段を用いて逃げ出せないのだ。つまり、この街を出るには徒歩で出るしか無い。

 だが、そもそもの話、この街を出た足で何処へ行くのか?他の街に行くフラグは立っていない。ラカーマの街に戻ったところで、次の街に行くには結局、この街に来るしか無いのだ。他のルートは、現状存在しない。ほとぼりが冷めたところでこの街を訪れて、俺達が居ないせいでWE出現クエストが停滞していたら?

 現状の打開の手段はいくらでも思いつくが、同時に不安要素が立て続けに頭に浮かんで思考回路はショート寸前だ。

 まぁ……というか、そもそも眼前の二人は逃げ出すことを考えていないようだった。

 

「レイドボスが町中に出るんだろ?他の人も危険になるし、手助けできるようならしたほうがいいんじゃないか?」

「依頼を進めている連中の()()()も掴んでおきたいな。これから先にもWE出現のフラグは有るし、どこかで結局相対することになるだろうさ。

 アタイとしても、今のうちに情報が知りたいところだね」

 

 ぐうの音も出ない。

 確かに、逃げる、離れるといった俺の考えは消極的だ。今後もWEの出現クエストを目論む連中と遭遇する可能性は、もちろん高い。それに、後になれば後になるほど、必然WE出現と対峙すると考えれば、その危険度は指数関数的に伸びていくだろう。

 ええい、仕方がない。

 

「わかったよ。とりあえずこの街のWEに遭遇して、可能なら裏で動いてる奴らの存在を調べよう。ただ、安全第一で動くこと。で、いいよね?」

 

 俺が決を採り、二人が頷いたところで、ちょうど扉が開いてやってきたのはニュウだ。一応、走ってきたのか汗を垂らしては息を荒く吐いている。

 そんなニュウに、腰に手を当てて溜息をつくネモ。見た目も相まって、どっちが年上だか判断に困る光景だ。

 

「もう!遅いよ、お姉ちゃん。一応、もうこれからの予定はほとんど決まったところだよ。

 ちゃんと、予定に従ってよね」

「ご、ごめんなさい……」

 

 やれやれだ。とりあえずこれからの予定を話すことにする。

 

「まずは装備の更新。次に戦力の強化。

 装備は俺がなんとかするつもりだけど、それでいい?」

「え?」

 

 口を挟んだのはニュウだが、テルヒロは一も二もなく頷き、ネモも異論はないらしい。そんな二人に開きかけた口を閉じるニュウ。なんぞ?

 俺は疑問に持ちつつ、話を続けた。


「戦力の強化は、とりあえずアビリティの強化だね。テルヒロは今日、レベルアップでアビリティを選ぶけど……」


 俺はそう言って、ネモを見る。俺の言いたいことを理解してくれたのか、ネモは笑みを浮かべて頷いた。

 

「任せて。アタイとお姉ちゃんの構成(ビルド)は、アタイの方でチョイスしとくよ。

 最初のWEをならまだ対空系はいらないね。問題は戦闘しないとアビリティのレベルアップができないことだけど、訓練所で間に合うかな」


 うーん、訓練所だとアビリティのレベルが上っても、キャラクターレベルが上がらないからな……。でも、下手に外のモンスターと戦っているうちに、WE出現を目論む集団とエンカウントしても厄介そうな気配がする。

 ここは安全マージンを取ろう。多分、金が足りなくなることもないだろうし。俺はネモの提案に頷いて肯定した。

 

「テルヒロ、お前も二人と一緒に訓練所で戦闘訓練してもらっていいか?」

「いいけど、お前はどうするんだ?」

「俺は訓練所で上がるアビリティ少ないから。図書館で新しいアビリティを手に入れて、それの成長かな。

 悪いけど、明日から図書館への送り迎え頼めるか?」

「それくらいなら「なっ」」

 

 またも口を挟もうとしたらしいニュウを、ネモが抑える。若干睨みを効かせていることから、少しイライラしているようだ。見た目も相まって、すごく、()()()。おー、こわ。

 とりあえず、今後の方針は俺は図書館、残りは訓練所でアビリティ特訓だ。テルヒロにも、戦闘アビリティ、そろそろ取得させとくか。パッシブアビリティは基礎パラメータの分しか振ってないけど、そろそろレベルも上がりにくくなってるだろうし、今からなら新しいアビリティのほうが戦力アップになるだろう。

 なんとか、生き残るぞ。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 ニュウが通話で何を言っていたかはご想像におまかせします。

 時に、彼女のキャラクターはトリックスターを心がけておりますが、そのせいでストレスフルなキャラクター像になっております。

 もし、読者の皆様の心にストレスを生んでしまっているようであれば、作者の期待通りに動けているということなので、申し訳ありませんがご容赦ください。

 少なくとも私は読み直している時にイラッと来てます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ