蜘蛛の糸
本日2回目の更新です。
試しに、スレッド名で検索してみるがヒットしない。むしろ、メールの中にあった「アップロードしては削除されるスレッド」として都市伝説化しているものが見つかる始末だ。
俺は、メールの送信主に「幸運を祈る」とだけ返事した。
スレッドの中にあったRBD――『ReBuildier DImentions』は、『Open Eyes』事件で最も被害を受けた被害者と言っていいだろう。
『Open Eyes』の被害を受けた管理機材は全て、犯人によって槍玉に挙げられた各国の研究施設へと取られてしまい、運営会社はセキュリティ管理不足と判断を下されて、被害者への賠償をすることになった。
結果、全ての資金を放出しきってしまい、倒産。関連施設はビルごと閉鎖。さらに、今でも元社長は弁解の会見をしてはマスコミのエサになっている。
被害者はそんな死体蹴りなんて見たくないのだけどね。何の進展もない被害者への悪口なんかより、もっと建設的なことをしてほしいものだ。
「RBDサーバーが生きてる件」のスレッドを立ち上げた主――略してスレ主は、この閉鎖されたビルにあったらしい、RBDのゲームサーバーに、RBDのゲームを立ち上げてゲームサーバーにアクセスすると、反応があったのだというわけだ。
公式発表では、サーバーのあったビルは閉鎖しているし、サーバー機材自体は押収されているので、おおよそ応答があるとは思えない、というのが大方の意見だ。それに関しては、俺も当然だと思う。
存在しない電話にコールして、反応があったらそれは怪談だろう。
『スーパー墓ー』なる人物がスレ主の言う通りにサーバーへアクセスを試みた結果、チャレンジに成功したらしい。不可思議なのは、レスの後スレ主とそれを試したのスーパー墓ー氏の反応がスレッドから無くなったことだ。
裏で手を組んだいたずらだったのか、それとも――。それに、メール主が言うには、このスレッドのコピーをネット上にアップロードすると、即座に消されてしまうとのことだ。
誰が、どういった理由で?それに、アップロード先の管理者は、なぜそれを良しとしたのか?疑問は尽きない。
まずは、ネット友人が試した結果、どうなるのかを待つだけだ。
あれほどオカルトに縋ってでも手掛かりを探していたはずが、いざ本物のオカルトが相手となると、言いようのない不安がこみ上げてくる。
*--
結論から言うと、マジだったようだ。
次の日のニュースで、新たに『Open Eyes』事件の被害者らしき人が見つかったのだという。倒れたのは、前日の20時前後。これが、果たして去年起こった事件の見つかっていなかった被害者なのか、新しく生まれた被害者なのか。
少なくとも、俺はこれを新しく発見された被害者ではなく、新しく発生した被害者と見ざるを得ない。
ニュースでは、まだネット上に『Open Eyes』ウィルスが残っている危険性がある、と一層不安をあおり、一緒にテレビを見ていた俺の両親はまんまと恐怖に震えていた。
それは確かに恐怖の内容であった。しかし、俺にしてみれば地獄に蜘蛛の糸が垂れてきたに等しかった。
更にあの後、友人は連絡が取れなくなるまで録音実況していたようだ。
他になにか残しているものはないか、とあいつと一緒に使っていたクラドストレージに、音声ファイルが残っていた。中身を見いてみれば、それがそいつの実験の記録だったようだ。
音声自体は、実験開始してからのわずか30分ピッタリ。おそらく、自動的に録音が切れるような形になっていたのだと思う。
その音声ファイルを再生してみれば、開始から5分後に奴の最後の言葉が残っていた。
『やったぞ!ログインできた!……すごい!RBDの世界にいる!RBDはVRじゃないぞ!?クォータービューだったんだぞ!?こんな世界だったのか……!
ああ、コントローラを握ってる感覚がない!つまり、これは異世界転移じゃないか?RBDのログイン自体がワープゲートみたいなものになってるんだ!
――いや、まて。手の感覚がない?足に砂がある?外?
やばい、音が。パソコンの音が小さくなっていく。……こ…か!…れが昏睡…げんい(ブツッ)』
これが壮大なドッキリとか悪ふざけでないのならば。本当なら、妄想じみた推測で事件の被害者が昏睡から戻ってこない真相、の予測は立つ。少なくとも、事実だけを並べても、現実とは思えない。
事実その一。『Open Eyes』ウィルスに汚染された『ReBuildier DImentions』のサーバーは生きていて、アクセスすることができる。
事実その二。『ReBuildier DImentions』にアクセスすると、ユーザーは昏睡状態になる。
そして、昏睡者が戻ってこない真相。昏睡状態になった『Open Eyes』被害者は、『ReBuildier DImentions』の世界に転移している。
「……はは。馬鹿げている」
メモにまとめてみれば、あまりに浮世離れした内容にため息が漏れた。いやはや、何とも荒唐無稽な話だ。
しかし、今わかったのはこれくらいであり、これが照裕を救う手掛かりになるはずだ。それに、これが事実であれば、現状、照裕が生存するには厳しい状態である、と結論せざるを得ない。
なにせ、あいつは機械音痴でゲーム音痴だ。ゲームのお約束を何も知らない人間が、もしゲームのルールに縛られた世界に放り出されて生きていけるのか。
加えて、一つの仮説が生まれる。
ひょっとしたら、『Open Eyes』事件の被害者の内から出た死亡者とは、『ReBuildier DImentions』世界で死んだのではないか。RBDの世界で死ねば、現実の世界でも死ぬということなのではないか。
果たして"ゲームの世界"で、照裕が生き残れるのか。という不安。
思い立ったら、俺の行動は早かった、と思う。
すぐに自室に戻り、メモ書きをする。遺書、ではないが、これを試せば俺は間違いなく意識不明になる。両親が心配するのは間違いなかった。
そこで、俺の体を速やかに病院に運んでもらいたい、という旨をメモとして残しておくことにしたのだ。RBDの世界に行ってきます、なんて馬鹿正直なことは言わない。あくまで「試してみるが、昏睡状態になるかもしれない」と書いておくだけだ。
なにせ、この情報のヒントになるスレッドを延々と消し続ける謎の集団がいるのだ。バカ正直に全てさらけ出せば、RBDの世界にいる間に現実の世界の体が消される可能性すらある。
……さ、準備を整えた。後は実行キーを押すだけだ。
ふと、不安に襲われる。
そもそも、ここで自分も昏睡状態となってどうなるのか。そもそも、本当に『ReBuildier DImentions』の世界に行けるのか。下手をすれば、メール主の言葉はただの妄想で、事実何もなくただ昏睡するだけなのではないか。
不安にエンターキーを押す指が震え、力が入らない。――ふと、視界に写真立てが入った。具体的には、写真立てに入った写真ではなく、その縁に張られたプリクラ写真だ。
昔の写真。もはや、映ってる連中とはほとんど会うこともなくなった。唯一まだ付き合いがあるのは、照裕だけだ。
俺は、プリクラで悪ふざけしてるイケメンの顔を見て、今ICUで、自分の両親が泣いているのも気づかずに目を開けない親友の姿を思い浮かべた。
――今、行くぞ。親友。
ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。
次は、一人称視点が変わり、照裕視点になります。
……はい、まだ紫苑くんは女体化しません。