酔い目覚めの朝
『新緑の眼』:主に初心者のフォローをしているクラン
ラルド(盾斧使い・クランリーダー・一号車リーダー)
メシン(盾剣使い・回復役僧侶)
タイジュ(サポート役僧侶)
レグリンカ(狩人)
『タイガーファング』:攻撃特化のクラン
トネラコ(格闘家・リーダー・二号車リーダー)
ネブチ(大剣使い)
アミィ(魔法使い)
フィンス(魔法使い)
デネブ(盾斧使い・三号車リーダー)
「んむぅ……」
最悪の目覚めで、俺は体を起こした。……ン?朝?
ぼけーっと、日差しの差し込む窓を見て、昨日のことを思い出してみる。俺、何時ベッド入ったっけ?
頭痛ぇ……。なんでだ……?酒……あれ?昨日酒のんだっけ……?
んん~……?
「……まぁ、いいか」
現実の方でも、時々こういう事はあったし。こういう時は、テルヒロに聞けば良いのだ。
俺はこの街に来て早々に買い替えた『助教授のローブ』に袖を通して、部屋を出る。……あ、ここ二階だ。ってことは、下の酒場か食堂かに居るかな……。
俺は、ふらつく頭を抱えながら、階段を降りて行くと。
「――どういう状況?」
酒場だった宿屋の一階、並んだテーブルでいろいろな冒険者が集っている中で、一箇所だけ空気が違う集団が居た。
机に突っ伏したテルヒロに、それを囲うように突っ伏したニュウとアミィさん。
それを気まずげに見ているラルドさんとデネブさん、そしてネモ。
「あ、おはよう」
真っ先に俺に気づいたのはネモだった。ふと、俺の方を向いて挨拶したことで他の二人も俺に気づいた。
ラルドさんが、少し気まずげに話しかけてきた。
「よう……なぁ、シオちゃん。昨夜のこと、覚えてるか?」
ん?なんで俺に聞くのだ?
……あ、ひょっとしてラルドさんも覚えてないのか?どんだけ飲んだのか。まったくだらしねえな。
……あ、いや。俺もか。とりあえず誤魔化してもボロが出るだけなので、正直に答えることにした。嘘ついても、何かメリットがあるわけでもなし。
「あぇ、えっと、覚えてないです、ごめんなさい」
「そうか……あぁ、いや、それならいいんだ。何でも無い」
……えぇ……?なんで三人とも肩を落としてるんだ……?
俺がどうにも思い出せなくて首をひねっていると、なぜだか俺の様子に、突然三人があわあわしだした。
「……ああ、いや。シオちゃんが悪いんじゃないんだ。ただ、なんというか……」
「まぁ、気にすることじゃないよ、うん。忘れてるなら忘れてるでいいんだ。うん」
「不憫だけどね……。誰が、とは言わないけど。アタイらから暴露するわけにもねぇ……」
何だ何だ?すっごい気になるんだけど。結局、昨夜は何があったんだ?
ぐぬぬ、思い出せ俺の脳みそ!
結局、朝食の間、俺は何も思い出せなかったし、彼らから何を聞くこともできなかった。ただ、気まずい。早くテルヒロ起きてくれないかな。
ラルドさんは『新緑の眼』の活動のため、依頼が終わったこともあってこの時点で別れることになった。ちなみに他の面子は、既にこの街の冒険者ギルドに向かったらしい。
なんでも、ラルドさんがこの場に残ってくれていたのは、飲みすぎた俺やらテルヒロやらの様子を心配してくれていたらしい。何とも面目ない。
デネブさんとアミィさん以外の『タイガーファング』も既に仕事に向かっているそうだ。ここに残っているデネブさんは、アミィさんの付添だ。今日は二人共オフらしい。
なんでも、町から町に移動する依頼の後は打ち上げが常らしく、アミィさんがその度にいつもこうやって酔いつぶれるため、そういったスケジュールを組まれているのだとか。もう結婚しちゃえよ、この二人。
朝食はスクランブルエッグのようなもの。食器がフォークのせいか、すくい上げるのに四苦八苦している。俺は、胃に優しい根菜のスープだ。
それはともかく、テルヒロが昨夜から酔い潰されているのは想定外だった。こいつ結構酒に強かったはずなんだけど。どれだけ飲まされたんだ?人気者は辛いね。
「あ、シオ。クランはどうする?リーダーは、今こんな感じなんだけど、明日にするの?」
ふと気づいたように、ネモが顔を上げた。あ、そうか。クランかー……。いまテルヒロ潰れてるもんな。
とはいえ、クランの設立自体は、実はリーダーになるプレイヤーが居なくても設立できる。つまり、設立のときにテルヒロがリーダーとして必須なわけではないので、現状でも設立は可能だ。
……ただ、俺がクランを作っている間に壁よけになってくれる人がいれば問題ないんだが。と、ふとネモを見た。ネモも、俺を見た。目が合ったので、思わず目線をそらしてしまう。
しまったな。彼女に代わりに盾になってもらうよう、お願いするチャンスだったんじゃないか……?うーん、今からの要望で大丈夫かな。とりあえず、説明してみよう。
「クランは、テルヒロをリーダーにするけど、作る時に居なくても、大丈夫なんだけど、えと」
……テルヒロには遠慮なく話せるんだが、他の人相手だと俺の話の意図が上手く伝わっているのか、いつも不安なのだ。そんな不安からどうしても、言葉の中身を考えながら話しているので、どうにもスムーズにしゃべれない。
出始めは突っかかるし言葉は止まるしで、悪循環状態だ。ヤバイ、ちょっとテンパってきた。
しかし、ネモは俺の言葉に耳を傾けてくれているのか、じっ、と俺を見ながら腕を組んでいる。すると、思い出したように虚空に目線を上げる。
<ネモ:クラン作るのに、テルヒロさんが居なくても大丈夫ってことでいい?じゃあ、今日のうちにクラン作っちゃう?>
突然、視界の端にチャットウィンドウが開いた。……マジか。俺が口下手だと思いだしてくれたようで、チャットで返事してくれたのだ。
この娘、できる……!
おれは、ほくほくとチャットで返すことにした。
<シオ:そのつもり。
ネモ:じゃあ、テルヒロさんとお姉ちゃんは今日は休ませといて、私達で終わらせちゃおうぜ>
なんと。あっさりと話が通じた。この娘、俺に付き合って冒険者ギルドに行ってくれるようだ。
俺は内心驚きつつもチャットを返した。
<シオ:いいのか?
ネモ:早いところ、元の世界に戻りたいし、明日まで待ってたとしてもお姉ちゃんが居るか居ないかだからね。多分、役に立たないし。
シオ:手厳しい。
ネモ:適材適所、って知ってる?
シオ:手厳し過ぎて草。じゃあ、よろしく>
そういうことになった。ネモは、いい加減ちまちまとフォークで食べることにうんざりしたのか、皿を持ち上げてスクランブルエッグをかっこむように口の中に全て収めた。もしゃもしゃと食べる姿は、ワイルドな見た目も相まって、随分様になっている。
「ふー、ごっそさん。
ラルドさん。アタイたち、今日はギルドでクラン作ることにしたから、テルヒロさん達お願いしていいですか?」
「……ん?そうか。わかった」
甲斐甲斐しくアミィさんを介抱していたラルドさんにも、ネモと二人で冒険者ギルドに行ってクランを立ち上げてくる旨を伝えると、彼は「そうか」とアミィさんの対応に集中しだした。
それは、その様子を見て得も言われぬ感覚に陥った。突然チャットで会話したことについて何も言わないことも、これからの予定を決めた後の切り替えの速さも、俺には血の通った反応には見えなかったのだ。
彼の反応に、やはりこの世界がゲームであり、改めて彼がNPCであることを実感したのだ。
今までにこやかに話していた相手が、急に機械じみた反応になったように感じてしまい、少し寂しさを感じた朝の一幕だった。
俺は、ふと元の世界に残してきたテルヒロの家族、自分の家族のことを思い出した。……そういえば、俺の行動はある種、遺書を残した自殺に等しいような所業だったように思える。とは言え、いざ相談したところで話も通じなかっただろうし、下手すると機材を取り上げられる可能性もあったと思う。
今なお、ひょっとしたら心配しているであろう彼らに、申し訳ないな、と思いつつ。早くこの世界を脱出しなければ。そう、決意を新たにして、俺はネモと一緒に席を立った。
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第三章の始まりです。
私は酒で記憶を失うことがないので、こういう記憶喪失の感覚がわからないのです……。経験者は「自分が何したかわからないので怖い」とのことでしたが、シオくんの感情でそれをやるとパニック状態で2~3話使いそうなので、あっさりめに流してみました。
……まぁ、自己防衛とか気恥ずかしさから見ないふりしてるだけかもしれませんが。都合の悪いことは忘れよ!太陽さんもそう言っている。




