制圧完了
『新緑の眼』:主に初心者のフォローをしているクラン
ラルド(盾斧使い・クランリーダー・一号車リーダー)
メシン(盾剣使い・回復役僧侶)
タイジュ(サポート役僧侶)
レグリンカ(狩人)
『タイガーファング』:攻撃特化のクラン
トネラコ(格闘家・リーダー・二号車リーダー)
ネブチ(大剣使い)
アミィ(魔法使い)
フィンス(魔法使い)
デネブ(盾斧使い・三号車リーダー)
その他:
キンカー(護衛依頼の依頼主)
ニュウ(元盗賊・プレイヤー・15歳)
ネモ(ニュウの妹・プレイヤー・8歳)
クランの本拠地を制圧したことで、クラン襲撃戦イベントが終了。NPCクランヘルパーのリポップもなくなり、このアジトが安全になったことを確認した俺たちは、トネラコさんと無事合流できたのだった。
今、山賊団のアジトの入り口、洞窟の前でネモを正座させて、全員で顔を合わせている。
「今回は、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、正座するネモの隣でニュウが深々と頭を下げた。二人は今、捕縛中の証として首を荒縄で繋がれた状態だ。
粛々と刑を受ける、と殊勝な態度の二人を見て、トネラコさんが顎をポリポリと書きながら、困ったような表情を向けてきた。
「思っていたより随分おとなしくなっちまったから、調子狂うぜ。
とりあえず、この二人は俺がラカーマの警邏隊に突き出してくることにするが、テルヒロとシオはどうする?」
俺はテルヒロを見て反応を伺ったが、こいつは眉を下げて「任せる」と宣った。マジか。少しは考えてほしいんだけどな。
そもそも……俺としては、想定外の寄り道だったわけで、欲を言えば、早い所フォウニーの街へ向かいたい。
正直な話、二人はトネラコさんに任せてしまった方が楽かな。……あ、でもこれ、キンカーさんからの緊急依頼でもあったな。報酬ってどうなるんだ?
テルヒロにその事を聞いてもらうようにお願いしてみる。するとトネラコさんが言うには、一緒にラカーマまで来るなら、ラカーマに到着した時点で手に入るとのこと。
一方フォウニーに行くなら、フォウニーのギルドでも受け取れるように連絡しておくが、タイムラグが出るかもしれないらしい。
うーん、どっちにしろちゃんと貰えるように手続きしてもらえるようだ。それなら【ショートカット】先は、チャートを進める時間を優先してラカーマよりはフォウニーへの道中のほうがいいかな。
「俺たちはキンカーさんに合流しよう。このまま、フォウニーに向かう方向で」
「……シオ、いいのか?」
任せる、と言ったくせにテルヒロが眉を下げて口を挟んできた。その視線は俺の顔ではなく、ニュウ達の方をチラチラと彷徨っている。
……気持ちはわかるけどね。俺と違って、この世界で一人で生きる羽目になった期間があるんだ。同じように、何も知らないままこの世界にやって来た挙句、姉妹だけで生きてきた二人が気にかかるんだろう。
でも、彼女たちの釈放について努力する気はない。俺は、きっぱりとテルヒロに言った。
「こんなところで足止めしてたら、地球に戻れるのがいつになるかわからないよ。サクサク先に進まないと」
「――ま、待って!」
ふいに今まで黙っていたネモが、慌てて口を出してきた。
「帰れるの!?現実世界に!」
えっ……?俺は思わず驚いてネモの方に顔を向けてしまう。
彼女たちは帰るつもりがあって活動していたわけじゃないのか?てっきり資金調達の一環で山賊まがいをやっているのかと思っていたんだけど。
とはいえ、だからと言って俺が説明するのは、正直、手間が過ぎる。面倒だから、無視するかな、と考えて居た所、テルヒロがあっさりと口を割りやがった。
「ああ。でも、すぐ帰れるわけじゃない。まだ、どうやってかはわからないけど、それはシオが知っているみたいだ。だから、俺はこいつに着いていってるんだ」
「……お願い!お姉ちゃんも連れて行って!犯罪行為は、私だけがやってたんだから、お姉ちゃんは無罪だよ!」
「カナ!?貴方……!」
いきなりとんでもないことを言い出したぞ、この体は大人で中身は子供。ニュウも、いきなり手のひらを返して、ネモだけが罪を被るような物言いに驚いていた。独断なのは間違いない。
いや、彼女がそれなりの経験者プレイヤーであるなら、その行動にも一応の理解はできる。
と、言うのもゲームでは、犯罪行為を行ってNPCに捕まった場合、一定の金額を支払うことで即座に保釈できるのだ。
今のこの世界でも同じかはわからないが、もし同じだとすれば彼女がインベントリに保持しているお金で何とかなる可能性が高い。
インベントリは、冒険者ギルドに登録していれば使える倉庫であり、銀行だ。これは、犯罪行為を行っても凍結されない。それは、冒険者であることが、プレイヤーの唯一の身分証明になるシステムだから、システム的にプレイヤーから「冒険者であること」は剥奪できないのだ。
……今の世界で、どういう扱いなのかはわからないが。とりあえずそういうわけで、保釈金をプレイヤー自身で払って保釈されることは可能だ。
問題は、保釈された時の場所だ。俺たちがフォウニーに直行すれば、一度ラカーマで保釈処理を行った後だと追いつけるかどうかが怪しい。そう考えたのだろう。
だから、確実に捕まるネモと違って、情状酌量の余地があるニュウを俺たちに同行させようというのだ。それに、彼女の台詞はフラグを踏んだ確信犯的なものだ。
「うーむ、確かにニュウは俺たちに協力したし、騙されて盗賊させられていたのも確かだ」
そのおかげで、トネラコさんもあっさりと彼女の言い分を信じた。
これは、犯罪クランに巻き込まれたプレイヤー用の自白システムだ。犯罪行為の参加者が、他の参加者の罪を被ることでペナルティを打ち消すことができる。これは、首謀者の自白ではなくても、証拠があって騙された参加者が自発的に行動していなかった、と確信が取れれば処理されるのだ。
一時期、PKや詐欺行為が横行した時に、情状酌量の余地があるプレイヤーへの救済策としてversion 4 系のどこかで実装されたシステムだったはずだ。ネモは、それを利用してニュウを無罪放免にしようとしているのだ。
システム的な段階を踏んでしまえば、NPC達はシステム的な反応しかしない。それは、フォウニーへ向かうためのクエストを受けてからずっと続いており、俺にはどうしようもないことを、俺自身、理解していた。
このシステムは割と有名であり、初心者が悪徳プレイヤーに騙されないように、まず冒険者ギルドに関するチュートリアルの中で、運営から案内のあるシステムだった。当然、ある程度RBDに精通しているネモは、このシステムを知っているはずだ。
それが判らないのがゲームに不慣れな連中だ。ちゃんとシステムの話くらい、覚えておこうよ。
「お姉ちゃん、私は大丈夫。私のことはいいから、現実世界に戻る手がかりを探して!家に帰れるんだよ!」
「で、でも!カナを見捨てるなんて、私にはできない!」
突然目の前で始まるメロドラマに、俺は半目で視線を逸らすしかできない。いやー、うるわしい姉妹愛ですこと。
でもニュウさんや。貴方の説得に、お宅の妹さん、あからさまに面倒そうな顔してましたよ。この子もシステム的な流れが生きていることは理解している口か。
「……トネラコさん。どうにかなりませんか?」
ついでに、そんな人情味に絆されるのが、ご存じ我らがテルヒロだ。こいつ、NPCじゃないよな……?
テルヒロの懇願じみた言葉に、トネラコさんは困ったように頭を掻いて考え込む。しばらく虚空を見上げていたトネラコさんだったが、腹積もりが決まったのか鋭い目線を放って、未だに言い合いをしていたニュウ姉妹を黙らせた。
「よし分かった。引き渡しは、少し遠いがフォウニーの警邏隊の方に引き渡そう。
他のメンバーとも話し合いが必要だ」
うわ。難しいことは丸投げにしようという腹だこの人。
とはいえ、トネラコさん自体はそもそもそう言った交渉事が不慣れみたいだしな。こういう流れになってしまったのは、まぁ仕方ないだろう。むしろ戦闘狂のトネラコさんが理知的にこの場を納めたらバグを疑うね、俺は。
あーあー。しょうがない。捕虜と一緒にフォウニーへの道中に【ショートカット】をするか。でも、揉めるよな、多分。あああ、また予定が崩れそう。
――ああ、さっきから言っている【ショートカット】は、【クエスト完了報告】システムを使ったものだ。
RBDがリリース初期の頃は、依頼の完了報告は、依頼者、もしくは報告者の居る所まで出向かなければ完了しなかった。それが当然だ、という感じもするが、これに対して「面倒だ」という要望が多々、寄せられた。
そこで運営側の用意したのが、【ショートカット】だ。何かと言うと、依頼が完了できる状態になった時点で、報告対象の居る場所へワープできる、というシステムだ。依頼報告に限った、町の外で使えるファストトラベル機能だね。
今、俺たちがこなしているのは護衛依頼中に割り込んできた緊急依頼『山賊討伐』だ。この依頼はギルドを通さず、受注中の依頼主のキンカーさんから発注されている。この特殊な事態の受注は、依頼の報告先はギルドか依頼主のどちらかに報告することで報酬がもらえる。
だが、その受け取りには下手人の捕縛か、討伐証明が必要だ。つまり、今ここでトネラコさんが山賊をラカーマへ送り届けるとなると、報告先はギルド――つまりラカーマになってしまうので、【ショートカット】先はラカーマの警邏事務所前になる。
一方、トネラコさんがキンカーさん達に合流するほうを選べば、【ショートカット】先はキンカーさんの居るフォウニー側の野営場へワープできるようになるわけだ。その代わり、必然フォウニーに到着するまでは山賊姉妹と同行することになる。
問題は、引きつれる山賊がNPCなら悩む必要はないのだが、生憎、プレイヤーだ。面倒ごとの予感に、俺は大きくため息をつくのだった。
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一応ネタバレにもなってないので補足しますが、テルヒロくんはNPCではございません。お人好しなだけです。




