しっぱいした料理
登場人物解説:
ニュウ(元盗賊・プレイヤー・15歳)
ネモ(ニュウの妹・プレイヤー・8歳)
【料理】を持っているプレイヤーが料理に失敗しても、出来上がるのは『失敗料理』だ。効果はHPを最大値の1%回復。どんな効果な材料を使っても一律これになるのだから、できてしまった日には悔やんでも悔やみきれない。
では、『しっぱいした料理』とは何か。【料理】を取得せずに料理をすることで作成されるデバフアイテムである。
とはいえ、わざわざ【料理】を持たずに料理するプレイヤーなど中々いないので、何気に手に入れるのが割と面倒な、意外なレアなアイテムだ。
ついでに言うと、あらゆる状態異常になる可能性があるせいか、状態異常になる確率自体はかなり低めである。
その代わりに、通常の状態異常耐性では、耐性が働かないというメリットがある。他には、解析班の情報では"ランダムに選ばれた状態異常になる判定"が行われるのではなく、"全ての状態異常を、状態異常になるまで優先順位順に極低確率で判定する"処理が行われているのだとか。そのおかげで、狙った状態異常にするには結構な数をぶつけないといけなかったりする。
とはいえ結局、嵩張るわ効果は期待できないわという、イロモノアイテムである。今回は"たまたま"大量に持っていたので、使ってみたわけだ。
まぁ、単純に余り物だったから、という理由だけで使ったわけではない。俺の背後にあった『しっぱいした料理』には、くっきりと足形がついていた。どうやら思いっきり踏みしめてしまったようだ。
さも、ばっちぃものを踏んでしまったかのように、つま先をゴシゴシと地面にこすりつけていたネモは、瞬間、目を見開いた。
「う。うぅえぇえ……甘苦~……すっぱいィィ!か、辛い!?辛ァ!?なにこれ!?」
そう、『しっぱいした料理』には他の【料理】で作成できるアイテムの中で、唯一異なる特性がある。なんと、食べなくても効果があるのである。
ついでに、現実化したこの世界では、食べなくても効果が出る食べ物というのがどういう仕組みになったかとネモの様子を見ているが、どうやら状態異常判定が発生する度に味も広がっているようだ。しかも、先に言ったとおり、このアイテムは全ての状態異常から優先順位順に付与判定されるということだが、逆に言うと状態異常が付与するまで全ての判定が断続的に行われるようだ。
つまり、複数の『状態異常』の味が次々とネモに襲い掛かっているようだ。状態異常の付与が成功してもしなくても、足止め目的だけであれば十分効果があるんじゃないかな、これ。
事実、今も彼女は、口の中に広がる味に涙目になりながら、『しっぱいした料理』を踏んでしまったことで今の状態になったことに気づいたのか、ブーツからこびりついた汁を、先程よりも激しくズリズリとこすり取ろうとしている。
よし、これでしばらく時間が稼げる!
「ああっ!それ、私の作った料理!?何してるの!?」
「うげっ、焦げ苦……はぁ!?お姉ちゃんの!?お姉ちゃん、何してんのさ!!」
俺の周りにぶち巻かれた手料理の惨状に、目を覚ましたニュウが文句を言う。
気持ちはわかる。判るけど、これ、こういう使い方しかできないんだがな……。というか、誰に食べさせる気だったんだ?こんなもの。
「ちょっと!何か私に恨みでもあるの!?」
「お姉ちゃん、なんでこんなもの作ったの!?料理はしないでって言ったよね!?」
「こんなもの、って何よ!そりゃ、カナの方が料理得意だろうけど、これでも私頑張ったのよ!?」
「そういう話をしてるんじゃないの!」
ネモは経験者だから、『しっぱいした料理』がどうやってできるかは知っている。今、自分が味わっているそれが、ニュウの作った物だと知って、顔を上げてニュウに抗議した。料理の味の次は姉妹喧嘩で足止めだ。ラッキー。
あ、俺は悪くないですよ?
テルヒロ達のほうをチラ見してみると、既に山賊は全員切り伏せられ、二人とも呆れた表情でこちらの惨状を見ていた。
「ええと、とりあえずこっちは片付いたぞ」
「えっ!?」
困ったように俺に報告してくるテルヒロの言葉に、ようやく周囲の様子に気付いたらしいネモ。
ふと手元を見て、先程『しっぱいした料理』の影響で思わず武器を手放していたことを思い出したようで、慌てて懐から手斧を取り出して構えた。手放していた両手斧は捨て置くらしい。
そして周りを見渡しては、本当に部下が一人も居ないことに、狼狽えているようで悲鳴を上げる。
「何で!?部下は減ったらリポップするはず……なんで誰も来ないんだ!?」
すまんの。それ、多分トネラコさんが殲滅してるからだわ。
本来なら、クランマスターのネモが倒れるまでは、増援が次々と来るはずだ。クランに攻め込む側よりも、攻め込まれる側のほうが有利になるのは、ゲームシステム上のバランス調整によるものだ。他にも、初心者狩りを防ぐために、クランホームに入ると、そのクランメンバーの総レベルから計算されて、一定以上のレベルのプレイヤーは永続的なデバフがかかったりもする。
ちなみに、テルヒロの殲滅速度なら二人目を倒すころには、リポップしたモブ兵がやってくるはずだ。
しかし、今このクランホームには、攻撃・速度特化のトネラコさんが徘徊している。おそらくリポップまでの時間を利用して、別々のリポップ場所を定期的に回っては、復活した雑魚山賊を蹴散らしているんだろう。
クランホームに攻め込んだ際に、普通は攻め込む側にはNPCがついてくることはない。ネモは目の前にいる俺たちがプレイヤーだから、もうひとりもプレイヤーだと思っているはずだ。
だから、俺たちの戦力に見合わない速度でクランヘルパーが殲滅されていることに戸惑っているのだ。
「ちぃ!
……でも、アンタさえ倒しちゃえば、残りは一人で十分さ!」
とはいえ、俺がアイテムをばらまいた後は身動き一つしないことで、こっちの戦力は判断しきったつもりだろう。俺をさておいて、ネモはテルヒロを排除する方向に決めたようだ。
ふう、助かった。
と言うのも、俺もまた『しっぱいした料理』の被害を受けているのだ。……なんとこいつ、臭いでもダメージを与えてきたのだ。これは想定外。
RBDのアイテムは、その種別で所持者に効果を与えるかどうかが決まる。「消費アイテム:単体」のアイテムは、所持者が手放すまでは効果を発揮しないのだ。ちなみに効果を発揮する相手は敵味方の区別はない。だから、回復アイテムなどは、自分にぶつけることで手放した扱いになる。
逆に言うと、一度手放すと敵味方問わずに効果を及ぼすのだ。すっかり忘れていた。
先ほどのネモの反応から、接触した相手にデバフ効果を与えるのだと思っていたのだけど、いやぁ手ごわい。
ふと動くと、鼻にツン、と来る刺激臭。かと思うと、吐き気がするほどの生臭さと甘ったるい臭いが鼻を突く。これ、ネモは口の中で炸裂したのか。
正直すまんかった。思わず鼻を摘んで苦い顔で我慢せざるを得ない。
そういうわけで、周りにぶちまけたアイテムが消えるだろう、約5分の間はここから動けないというか動きたくない。少し近寄ってきてはしかめっ面をしたネモも、恐らくその事を理解して放置することに決めたのだろう。
「テルヒロ、ごめん!俺、しばらく動けないから、何とかその子を取り押さえてくれ!」
「わかった!」
俺がテルヒロに頼むと、どうしたものか、と姉妹喧嘩を見ながら悩んでいた表情も引き締まり、ネモに武器を構えて立ち向かう姿勢になった。ネモは、テルヒロが剣を向けてくるや否や、彼に向かって突進した。
ニュウは……うん。まぁ、俺でも気にしてない。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
終わりませんでした。見直してて「これ、また説明足りてなくないか……?」と追加していったら明らかに2話分になってしまい……申し訳ありません。
最近知ったんですが、食器用洗剤の対象に「野菜」ってあるんですね。これか?メシマズの歪みの元……って思いました。
なお、ニュウちゃんのリアルの料理の腕は、本人が味見をしない程度、ネモちゃんが完食できる程度、くらいの腕です。表情?能面ですかね。
 




