真実
『タイガーファング』:攻撃特化のクラン
トネラコ(格闘家・リーダー・二号車リーダー)
その他:
ニュウ(元盗賊・プレイヤー・15歳)
ネモ(ニュウの妹・プレイヤー・8歳)
かくしてどったんばったん、と暴れるトネラコさんの気配を尻目に、俺たちはここに救う山賊の大将の部屋へと向かったのだった。
扉の前で、ニュウには陰になるところに離れてもらって、テルヒロを前衛、俺を後衛にする形で突入した。お仕置きの時間だコラァ!
「あぁん?もうここまで侵入者が来たのか?」
部屋の中には、ざっと6人くらいの"いかにも"な男たち。その中心で一人椅子に座っている、つまるところ、頭領だったのは、まさかの女性だった。
釣り目、赤髪のぼさぼさした長髪がきつそうな性格を醸し出す見た目をしており、その肩にはロングポールアックス――槍ほどの長さの棒に、両刃の斧先をつけた重量級の武器――を担いでいる。
「姐さん、あの女はこっちに回して下せえ」
「おう、良い声で啼いてくれそうだぜぇ」
男たちは、こちらの見た目を侮っているかのように「げへげへ」笑っている。っていうか、言ってることが気持ち悪い!完全にこっちに舐めるような視線を向けてきている。
うわ、鳥肌立ってる。思わず肩に違和感を抱いて触ってみると、妙にザリザリした触感が伝わってきた。
しかし、女頭領は鋭くこっちを見据えていて、油断も隙もあったもんじゃない。ふざけているノブ形だけで、部下たちの下卑た要望に答えることもなく、独り言のように話しかけてきた。
「たかだか二人で、ここを攻めてきたのか……?いや、別の所に二人、か。一人が陽動、こっちが本命だね?
ついでに後ろに一人隠れてるのは、アタイを暗殺でもするつもりかい?」
げっ、ニュウのことがバレてる。というか、トネラコさんの場所も分かっている感じだ。感知能力が高い?
――違うな。あの視線、『マップ』を見てやがる。
俺は、こっそりとテルヒロに、ギリギリ聞こえる声で話しかけた。下手な不安をニュウに与える必要はない。
「テルヒロ。あの人、多分『プレイヤー』だ」
「何っ?プレイヤー?」
「あ、バカ」
しかし、俺のこそこそ伝達した内容を、大声で驚いてあっさり漏らしやがった。ちょっとー、男子ー!勘弁してくれよ……。
テルヒロの驚いた叫びに、女頭領も片方の眉を上げる。
「……はん、お前たち『プレイヤー』か。あまり話題に上る活動はしてたつもりはないけど、ヤキが回ったね」
ハァ、とため息をつく女頭領。周囲の山賊たちは、頭領の言葉に耳を貸してない様子で、変わらずこちらを見てはゲヘゲヘ言っている。……よくよく見ると、その待機モーション的な、一糸乱れぬ寸分変わらぬ立ち姿に、思い出すものがあった。そこで俺はようやく、この場所が何なのかを理解した。
ここ、山賊のアジト風のクランだ。山賊共は、NPCクランヘルパーなんだ。
クランは、プレイヤーが集まって一つの団体として活動できるプレイヤー向けシステムの一つだ。クランを立ち上げることで得られるメリットは多い。
クラン倉庫の容量は、クラン全員が好きに取り出せる共有倉庫で自由度が高く、もちろんプレイヤーの持てるアカウント倉庫に比べて格段に広い。
所属者の割合でクランメンバーのステータスにバフが付いたりもする。
そして、クランハウスと呼ばれる拠点そのものはおろか、クランメンバーの各々に割り振られた部屋にも好きなデザインを割り振ることができる。
つまり、この山の洞窟自体が、洞窟風にデザインされたクランホームだったのだ。
そしてNPCヘルパーの存在だが、理由としてクランシステムのギミックの内にはクラン同士の戦争がある。
人数を含めて戦力差にクラン同士に圧倒的な不利がある場合、その調整にクランメンバーの補充をNPCを雇うことで行うことができる。もっとも、この雇うことができるNPCは同レベル帯のプレイヤーよりスペックが劣るのだが。さもなくば、クラン戦争で入り乱れるのがNPCだけになってしまう。
どうやら、これまでに他のプレイヤーと遭遇していないことから、このクランはプレイヤーが彼女一人しかいない、ソロクラン状態のようだ。
理由として考えられるのは、おそらく、他の面子がRBDの現状の関係で、ログインできていないのだろう。
しかし、となれば、話は変わってくる。
イベントに沿うことしかできない、と思われるNPCよりも、プレイヤーなら話が通じるはずだ。この世界の現状をどれだけ理解しているかはわからないが、少なくともPvPまでやって俺たちを排除するのが得策と考えるだろうか。
そもそも、彼女は『話題に上る活動はしていない』らしい。下手に派手な活動をしていれば、山賊プレイはすぐに高レベルの騎士団が討伐に来てしまう。ということは、自分たちが傷つけば痛みを感じることも、死ぬことも理解しているはずだ。
当然だが、山賊行為は犯罪。この戦力では、騎士団の山狩りには到底かなわない相手だ。あっという間に殺されて、ゲーム―バーだ。
つまり、何とか交換条件としてネモを差し出してくれれば、俺たちは余計な被害を出さずに帰れるかもしれない。さて、どう交渉したものか。
しかし、方針は決まった。俺は、テルヒロに彼女と交渉してもらおうと口を開いた。
――その時だった。
「カナ!あなた、どういうことなの!?」
驚いた声を出して、俺たちを押しのけて前に出てきたのは、誰であろう、ニュウだった。
……え?
カナ?なんかお知り合いです?
「え、お姉ちゃん?……うわ、マズったなぁ。何でいるのさ」
顔に手を当てて、天を仰ぐ女頭領。ニュウが、お姉ちゃん?
……ってことは、彼女がネモ?このワイルド100%の山賊の女頭領?……これが、8歳?
……あの、俺より身長高いし体格もいいんですけど、マジか。
と、そこまで考えて気づいた。そういえば、この世界、アバターは現実準拠じゃないわ。俺が何よりの証拠だわ。この女頭領、中身8歳児かよ。
――えっ、っていうことは。
「山賊に捕まったの、自作自演かよ!」
俺が思わず考えを口にしてしまうと、女頭領――ネモは、ばつの悪そうな顔で口を尖らせた。その反応は、まさしくいたずらを咎められた子供のそれであった。見た目は20は軽く過ぎた、筋骨隆々のアマゾネスだけど。
その様子を見て、驚いた顔で呆然としていたニュウが、おろおろとしながらネモに尋ねた。
「カナ、どういうことなの?」
「……とりあえず、本名で言うのはやめて」
渋い顔をして、取り合えずネモ?カナ?がそれだけを言った。
どうやら、「カナ」いうのはネモの本名らしい。ネットゲームでは、いくらリアルを知っていても、キャラクターネームで呼び合うのがマナーだ。マナー違反、ダメ、ゼッタイ。
しかし、ニュウには、ネットゲームのネチケットは根付いていないらしい。それどころか、ネモのかろうじての口答えは、ニュウの火に油を注いでしまったようだった。
「カナ!ふざけないで!ちゃんと説明しなさい!」
怒りの表情で、怒鳴るようにネモに話しかけるニュウは、相変わらず本名で呼んでいる。
「――ああーもう!あんた達のせいでめちゃくちゃだよぉッ!」
その反応に、どう説明しようかと頭を悩ませていた風のネモも、遂にキレてしまったようだ。大声で癇癪を起こすと、威嚇するようにその大斧を地面に叩きつけた。
その矛先は、どう聞いても俺とテルヒロに向いている。
「きゃあっ!」
「ニュウ!」
飛び散るがれきと大きな音に驚いて、悲鳴を上げるニュウ。テルヒロは、そんな彼女を飛んでくる小粒のがれきから守るべく、すかさず彼女の前に躍り出た。
ヒューッ!かっこいいー!俺も守ってくれてるところが更にベネ!
それはともかく、俺としてはネモのキレっぷりにも多少理解がある。
今までの経験から察するに、とにかくニュウは話を聞かない。まずは自分の意志が通ることありきで話している感じがする。
内容が、俺やネモはゲームの話で、ニュウがどちらかと言うと現状怒っていること、という一見俺たち側のほうがダメな雰囲気に聞こえる内容なのが質が悪い。
ニュウは、現実思考、と言えば聞こえはいいが、やたらと自分の考えってやつを押し付けてくるのだ。それが、理論的であったり、理論的でなかったりする。疑問ならまだよくて、不平不満だけだと俺たちの言い訳は体をなさない。
例えば、さっきのネモが牢屋に居なかった件も、「ネモが山賊の頭領をやっている」なんてことは知らない上で、人質がネモしか居ないという情報があったので、俺は陽動作戦を取って人質を救出する方針を提案した。人質を盾にする行為は、人を商品に扱う人種からすれば最終手段だろうからだ。
しかし、ネモがいなかったので、次善策として頭領の部屋を偵察するとしてみたが、ニュウからすれば牢屋にネモがいなかったことが、俺の判断ミスによるものだと睨んできたわけだ。多分。
「今〇〇やっているのは、□□するためなんだよ」と言う内容で、□□が彼女のためであっても、彼女の答えが「でも、今〇〇してるから気に食わない」という流れだと、これはもうなんと言っていいのやら判らないわけだ。泣きたくなってくる。ネモが癇癪に走るのも理解できるわけだ。
……ん?どっちにしろ、お前は話できないだろ、って?うーん、ごもっとも。
それはともかく、ネモは先ほどまでの困った様子はどこへやら、完全に戦闘態勢に入って周りに命令した。
「野郎ども!お姉ちゃんとそいつらをふん捕まえちまいな!『殺すんじゃない』よ!」
「「「へい!」」」
ふーん。とりあえず、彼女は血に飢えているとか、ニュウもろとも俺たちを"なかった"ことにしようとか、そういう破れかぶれになったわけじゃなさそうだ。
彼女の命令の中にある『殺すな』の命令を受けたNPCクランヘルパーは、プレイヤーに対して致死攻撃をすることができない。つまり、この戦闘で負けても、プレイヤーのHPが0になることはないのだ。優しい。
その代わり、最大HPの30%以下になるダメージを受けた場合、戦闘が終わった後、かつHPが回復するまでは特殊なスタン状態【捕縛】になってしまい、一切のリアクションを取ることができなくなる。この【捕縛】は、仲間かHPを回復されることで解除される、特殊なステータス異常状態だ。
つまるところ、彼女の勝利条件が『全滅』から『敵全員のHPを30%以下にする』まで緩和した、と言うことだ。証拠隠滅なら、その後殺害すれば話は早いが、NPCクランヘルパーの攻撃による【捕縛】は、こちらがリアクションを取れなくなるものの、逆に【捕縛】条件となるHP30%の状態から、戦闘終了後も減らなくなるのだ。つまり、後で殺害もできない。
これは、クラン戦争における、虐殺行為、あるいは倫理に悖る行為をさせないためのシステム的な制約だ。
ネモとしては、まずはニュウの登り切った頭の血を下げる、冷却期間が欲しい、という所だろう。そうなるとここは、無抵抗を貫いておとなしく【捕縛】され、とりあえず話をさせるか……?痛いのは嫌だけど。
そんなことを知らない初心者二人は好き勝手な行動に走る。ニュウは、感情のままネモに詰め寄ろうとし、テルヒロは武器を抜いてニュウを庇うように立ちふさがる。
「カナ!あなた!」
「ニュウ!今は危ない!下がってて!」
「姐さん!ニュウ嬢ちゃんじゃない女はどうしますかい?」
「いいよ、好きにしな!」
おっとー、前言撤回。やっぱり、いろいろ面倒くさくなって家族以外はどうでもいいらしい。これは本気で抵抗せねばなるまい。【捕縛】状態は、HPが減らないだけで、他に何ができるのか、についてはこの世界では未知数だからな。
俺は、男に抱かれる趣味はないんだ。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
あれですね。100行程度で1話を作るつもりが、キリのいいところまで書こうとしてどんどん長くなってますね。
感想欄で色々をご意見いただきまして、作品の紹介文を少し簡略化しています。
 




