顔合わせ
翌日、遂に宿を引き払って、テルヒロと護衛依頼の集合場所へと向かった。
町の入り口の前で、馬車が3台泊まっている。一台の側にいる如何にも商人然とした男が、今回の依頼主だ。
この辺りではめったに見かけない、瓢箪のようなターバンを巻いた恰幅のいい男は、その姿とは真逆に近い、がっちりとした男と虎の獣人種の男、二人と何やら話していた。
「すみません、遅れてしまいましたか」
俺がその様子を見ている間に、テルヒロが一足早く駆けて、三人に合流しに行ってしまった。俺はと言うと、おかげで一歩で遅れる形で、慌ててテルヒロに追いつくべく足を動かすことになってしまった。
一人であとから合流するって気まずいんだぞ……。
三人は、テルヒロに気付くと振り向いてこちらに顔を向けた。
「護衛を受けてくれた冒険者の方々ですかな?まだ出発までは時間がありますから、大丈夫ですよ」
商人の男は、テルヒロの姿と腰に下げたブロードソードに目をやって判断したようだ。にっこりと笑って、最後に合流してしまったことを笑って流してくれた。
「コネソギ商会のキンカーと申します。今回はよろしくお願いいたします」
「黒石級冒険者のテルヒロです。こっちは、相棒のシオ」
俺が言葉を発することなく、テルヒロが紹介してくれたので、俺は厚意に甘えて軽く頭を下げるだけにとどめた。
そんな俺の様子を見て、テルヒロが苦笑しながら口を開く。
「すみません。こいつ、口下手で」
「はっはァ!まぁ、実力があるならいいさ。トメさんから聞いてるよ、有能な新人だってね。
俺はクラン『新緑の眼』のラルドだ」
「俺はトネラコ。クラン『タイガーファング』のリーダーをしている。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします!」
テルヒロが俺のフォローをしてくれたところで、他の面子からも自己紹介があった。うまく、俺がしゃべらなくても話が進んでくれるのはありがたい。テルヒロ様々だ。目線で、感謝を告げると、「いいってことよ」と言わんばかりのウィンクで返してくれた。
これがリア充のコミュニケーション能力……!
ちなみにトメさんと言うのはギルド受付嬢のサイクロプスのおばちゃんの愛称だと、後でテルヒロに教えてもらった。本名は『トルマリ』と言うらしい。知らなかった。
それはさておき、話を聞いているうちに、この場の全員の名前に心当たりがある事に気づいた。
まず依頼主のキンカーさんは、ゲームでもフォウニーへの護衛依頼を頼んでくる商人と同じ名前、見た目をしている。
そして、他の二人もゲーム内で見たことのある人物だ。
彼らは、プレイヤーが護衛依頼の上限である3パーティに満たない状態で依頼を開始した場合に、手助けに入ってくれるNPCのパーティの一つだ。他にもいくつかNPCのメンバーがいるが、その内から足りないパーティ分がランダムに配置される。
ラルドさんがリーダーを務める『新緑の眼』は守備に特化した冒険者が在籍する冒険者の集団だ。主に初心者のフォローをしているクランであり、プレイヤーが所属することもできる。何を隠そう、チュートリアルでギルドから派遣されるNPCは全員このクランのメンバーだったりする。
ラルドさんは、土の精霊種と色人種のハーフ。いかつい体格の見た目通りのパワーと防御力を売りにした盾役のNPCだ。四角い顔に明るい髪質を角刈りにして、アメリカの映画の俳優のようだ。主に、未来からやってくる人形ロボットのガワ、みたいな。
一方の『タイガーファング』は、逆に攻撃特化のクラン。配置されたNPCとプレイヤーの攻撃能力が一定値以下の場合に、率先して配置される"当たり"のクランだ。
トネラコさんは見た目通りの虎の獣人種。スピードとパワーを兼ね備えた高レベルのNPC。虎耳が生えたおっさんではなくて虎の顔をしたおっさんだ。
気づいてしまえば、この二人が待ち合わせに来ていることに、俺は内心ガッツポーズを取っていた。
この組み合わせは最良と言っていい。『深緑の眼』は援護に来る確率が高いが、配置メンバーによっては『タイガーファング』はやってこない。初心者用と言うだけあって『新緑の眼』のメンバーには、それなりの攻撃力を持つメンバーも多い。
そんな中で、『タイガーファング』がやってきてくれた理由……あ、俺のせいか。
もちろん、プレイヤーが動くことがメインであるこのゲームにおいて、何もしなくても話が進む、なんてことはない。
ただ、必死にクリアに向けて努力しなくても、ある程度のフォローが効く面子が揃っていることは確かだ。
これが、同じ外見のキャラメイクをしたプレイヤーの可能性がないことはないが、少なくとも依頼の詳細を確認すると、参加メンバーは俺とテルヒロ以外はNPCのアイコンが出ているので、俺の知っている二人で間違いないだろう。
それはともかく。
顔合わせが済んだ俺とテルヒロは、護衛する商隊のメンバーに案内され、自分たちが護衛する三番車両にたどり着いた。
「シオ。俺、ちょっと馬車回ってくるよ」
「ん?なんで?」
「一緒に旅をする他の冒険者がいるだろ?挨拶に行ってくる」
「うぇ!?マジか」
思わずうめき声を漏らした俺に、目の前のコミュニケーションお化けは不思議そうに首を捻る。
「……何かおかしいか?一緒に仕事する仲間だろ?
短い間しか一緒にいれないし、初めて会うなら挨拶は必要だろ」
「ぐっ、むむむ……」
唐突な正論が俺のひ弱な心臓を襲う!
確かにそうだ。確かにそうだけど……!
「……ああ。シオはここで番をしてくれてていいよ。苦手だろ?そういうの。
ちゃんとそう言うことも話しておくからさ」
「うぅ……頼む」
俺は、素直にテルヒロの言うことを受け入れ、一人で発車まで馬車の番をすることにした。ありがたいなぁ、ほんと。
テルヒロは一人でこの世界に来てひどい目にあっていたけれど、逆に俺が一人この世界に取り残されても、やっぱり生きていけない気がするよ。多分、間違いない。
*--
出発予定の5分前に、ちゃんと帰ってきたテルヒロは、俺の想像通りの情報を教えてくれた。
各車両に一つずつのパーティが配置されている。プレイヤーのパーティこそ固まって配置されるが、馬車の番だったり、一台あたりの護衛メンバーだったり、不足している部分に関しては各NPCのクランメンバーが入る構成になっている。
『新緑の眼』のメンバーは、前衛で全ての攻撃を引き受ける盾斧使いのラルドさんを筆頭に、同じく前衛防御を担当する盾剣使いの回復役僧侶のメシンさんとサポート役僧侶のタイジュさん、アタッカーである狩人のレグリンカさんの4人パーティだ。
『タイガーファング』のメンバーは、格闘家のトネラコさん、大剣使いのネブチさん、魔法使いのアミィさんとフィンスさん、唯一の防御役である盾斧使いのデネブさんだ。
この内、一号車にはラルドさんをリーダーにして、メシンさん、ネブチさんが配置されている。
二号車にはトネラコさんをリーダーにして、タイジュさん、レグリンカさん、フィンスさんが配置されている。
そしてこの三号車は、デネブさんをリーダーとした、俺、テルヒコ、アミィさんの配置だ。
――と、言うわけで今の俺は貝だ。本屋で買っておいたフォウニーの街のガイドブックに視線を集中させて、何とか話題に巻き込まれないようと必死である。
「へぇ!じゃあ、お二人ともクラン設立から付き合い長いんですか?仲がいいんですねぇ!」
「へっへっへ、よせやい。まぁ、いいコンビだとは自負してるけどな!」
「ウチはアタッカーが多いからねェ。デネブみたいなタンクは貴重なわけよォ。
こいつがいれば、アタシも遠慮なく魔法をぶっ放せるから、感謝してるよォ」
「たま~に俺ごとふっ飛ばさないなら、なお言うことないんだけどな!」
「なんだってェ?そんなに狙い撃ちされたいのかいィ!?」
スケープゴートは、ご存じ俺のコミュニケーションお化けだ。
……というか初対面だよねぇ、君たち。そえで、なんでテルヒロはそんな物怖じなく話せるんですかねぇ!?
小粋なジョークも交えつつ、和気あいあいと目の前で話す三人。
……いや、良いんだ良いんだ。俺は所詮、日陰者。NPCとの付き合いだって、これっきりになる相手だから、交流する必要はないんだ。
俺はそう、自分を納得させる。それよりも、これからのチャートだ。
フォウニーの街に着いたら、まずはギルドに報告して宿を見つける。その後はランクアップとレベル上げを主軸に動く。目安は"クラスチェンジ"までだ。そのためにも、図書館でのアビリティ取得は必須条件だな。
問題は、俺のレベル上げが必然遅くなってしまうことだ。テルヒロはパッシブアビリティを主軸にしている関係上、戦闘さえすれば必然、アビリティのレベルが引っ張り上げられる。
しかし、今後を考えると俺が覚えるべきはクラフト系――つまり、モノ造りだ。どうしても時間と金がかかる。金は、意図せず大金が転がり込んできたので何とかなるとは思うが、足りなくなったらまた情報でも売って足しにするべきか……。
「……ねェ、なんかあの娘、うんうん唸りだしたけどォ、酔ったのかなァ?」
「いや、あれは何か考えてる感じです。多分、俺を強くするプランとか、自分の強化プランとか」
「お前さんを鍛える面倒見てるのか?はーん、そういう事できるなんて、あの嬢ちゃん随分賢いんだな。
賢者ってのは口下手が多いって聞くけど、そういうことなのかね」
「賢者?」
「ラカーマで昨日公開された話なんだけど、あのロックワームの簡単な倒し方とか、ロックリーチのおびき出し方が発表されたらしい。
で、その前後でギルドにいた同僚からの噂だと、情報元があの娘さんって聞いたぜ」
「ロックリーチのおびき出し方ァ!?そんなのがあるのォ?」
「ありますよ。俺もそれで戦いましたから」
「へェ!すごいねェ!アタシもご相伴にあずかれるかねェ?」
「いや……初対面だと口を開くのも嫌がるから難しいかな、と」
「ふーん。愛されてるねェ、あんたァ」
「愛?いや、友達ですよ。何時も面倒見てもらってるので、頭が上がらないです」
「……ほーん」
なんか聞こえてくるけど、気にしない気にしない。
っていうか、愛って何だ。こちとら同性だぞ気持ち悪い。……あ、いや、今は違うのか。
く、面倒な。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
今章は、シオくんが他の人と絡む話が多い関係上、かなりお見苦しい点が多くなってくると思います。
何卒、テルヒロくんほどではなくても見捨てずに見守っていただければ幸いです。




