新しい冒険に向けて
新章突入です。
次の日。ゲームシステムのせいか、ベッドに横になるとすぐに眠ってしまうようで、気がつくと朝だった。……ひょっとして、ベッドにテルヒロを座らせているから、あいつすぐ寝ちゃうんじゃなかろうな。
ついでに、体力値の差か、またもや起きたのは俺が後。俺を抱き枕にしていたテルヒロの慌てふためく様を見逃したのだった。おのれ、ゲームシステムめ。
向けどころのないもやもやを抱えつつも、テルヒロをボディガードにギルドへ向かうと、依頼板には都合よくフォウニーへ向かう商業馬車の護衛依頼があった。
これは、黒石級へギルドランクがアップすることで受けられるようになる依頼の一つだ。初心者はこれを受けるために、ラカーマでランクアップを目指すと言っても過言ではない。
ゲーム当時では、この街で黒石級以上の冒険者を対象にした依頼は少ない。しかし、この世界が現実になった影響で、様々な上位ランク用の依頼が石級の枠に張り出されていることがあった。
いやむしろ、石級の依頼にあったものがランダムに上級ランクの枠に出てくる始末だ。何時でも、何でも、どんな依頼でも、決まった枠に提示されていたのは、まさにゲームならではの状況だったということだろうか。
そんな中で、都合よく護衛依頼が残っていたのが僥倖と言わざるを得ない。というかむしろ、ここはゲーム的な補正でもかかったということか?
それはともかく、空きがあるうちに件の護衛依頼を受けることにした。
「あら、この依頼を受けるのね。と言うことは、しばらくはフォウニーで活動するということかしら」
「そうですね。そのつもりです」
「そう……残念ね。有能な冒険者をみすみす手放したくはなかったんだけど」
受付のおばちゃんが、テルヒロの提出した依頼表を見てそう言った。……有能?俺達、まだ黒石級だけど……?
テルヒロも、なんで唐突に褒められたのか分からないようで、不思議そうに俺の方を見た。そんな顔で見ても、俺も何でもわかるわけじゃないだぞ。
そんな俺たちの様子を見て、おばちゃんは「おほほ」と上品に笑った。
「ロックリーチを引き当てる運の良さと、石級の段階でロックリーチが狩れるなら将来有望よ。
できれば、専属でバンバン依頼をこなしてほしい所だったわ。死蔵されているの依頼もあるし、貴方たちならひょっとしたらこなしてくれるかもしれないからね」
なるほど。どうやら短い間ではあったが、それなりに俺たちの事を評価してくれていたのか。それほど、ロックリーチの存在はインパクトが大きかったんだろう。
だが待ってほしい。ロックリーチの出現条件は、一定範囲のロックワームの全滅。ロックワームは初心者には倒しづらく、熟練者には旨味のないモンスターだ。
そんな簡単な出現条件をして"運がいい"などと言うのは、おそらくロックリーチが出てくるまで狩り続けるような冒険者が今までこのサーバーにはいなかったんだろう。
そもそもレベル上げならリーウルフ狩ってた方がコスパはいいしな……なぜなら普通に狩った報酬に加えて、ドロップ品のリーウルフの肝臓は、回復ポーションの材料の一つだからだ。
ついでに護衛依頼について話を聞いてみると、定期的に張り出されるフォウニーに向かう護衛依頼は、フォウニーで活動したい初心者冒険者が良く受ける定番の依頼なんだとか。
移動ついでに賃金がもらえるならそれも当然か。だから、この依頼を受けた冒険者は基本的にはラカーマには戻ってこないらしい。だからこそ、おばちゃんは残念そうにしていたようだった。
とはいえ、俺達にも元の世界に戻るという目的がある。俺たちがクリアしたことでなのか、依頼板には今まで張り出されていなかった新しくロックリーチ討伐依頼が上がっていた。やたら視線を飛ばす受付のおばちゃんも、どうやら俺たちに受けてほしくて張り出したようだ。
ということは、これを他の冒険者がクリアすれば、少なくとも俺たちがこの街に居続けなければならなくなるようなプレッシャーは減るだろう。
というか、だ。
「……ロックリーチなんておびき出し方が確立してるのに、なんでそんなに誰も狩らないんだ?
そもそも、ロックリーチなんて黒石級の冒険者が2パーティもあれば狩れるだろうに……」
俺がつい、ぼそりとつぶやいてしまった。ゲームの時代と違い、ラカーマの冒険者ギルぢにすら、黒石級らしき冒険者が随分とたむろっていた。すくなくとも、ロックリーチ程度に苦戦はせども、手が出せないような実力者ばかりではないはずだ。
と、受付のおばちゃんはその一つしかない目を丸く見開いて声を上げた。
「ロックリーチを呼び出す方法!?そんなものがあるの!?」
「ひあっ!?」
いきなり大声を出して詰め寄られたので、俺は慌ててテルヒロシールドを構えた。
えぇ……?ロックリーチを呼び出す方法、ないのか?俺たちは(故意的では無いけど)出てきたんだけど。
受付のデスクに手を叩きつけて、身を乗り出して意気込むおばちゃんの姿に、そっとため息をつく俺。テルヒロの体の端からちらりと見えたおばちゃんの姿は、俺が隠れたことで少し申し訳無さそうに目尻……目尻?目頭?を下げていた。
ふと、テルヒロシールドに身を隠しながら、俺は一つ思いだしたことがあった。
そういえば、このサーバーはテルヒロが新規で始めるにあたって勧めた、新規サーバー"フュフエル"だった。始まって間もないサーバーだからこそ、冒険者ギルドに今までのプレイヤーのノウハウがないのかもしれない。
ふむ。これは、サービス初期からある"アイエル"サーバープレイヤーの知識で資金稼ぎ、とかもできるだろうか。ちょっとテルヒロ、耳貸せ。
「ちょっと、耳よりの情報があるんですが」
テルヒロ経由で、俺はゲームのテクニックを小出しにして、おばちゃんに販売することにした。
結果、ロックリーチの出し方は2000 G、ロックワームの倒し方(これも認知された情報じゃなかった!)を1000 Gで買い取ってもらうことに成功。ついでに、ギルドランクのアップのための貢献度にも色を付けてもらうことに成功した。
これなら、護衛依頼が終わればフォウニーでは一気に青銅級へのランクアップもできるかもしれない。やったぜ!
とりあえず、公開した情報を周知してもらうことで、他の冒険者にロックリーチやロックワームの依頼に関しては後腐れが無くなるだろう。おかげで、俺たちは護衛依頼を受ける事に成功した。フォウニーへの出発は明日になるようだ。
「ところで、こんな依頼もあるんだけど」
ついでに、空いている今日の内に、というつもりなのか、他の実入りのいい依頼を回して来ようとするおばちゃん。ふむ……薬草の採取に、リーウルフの討伐か。それはいいけど。
読み勧めていく間に、俺の眉間にシワが寄っていくのを感じた。
採取する薬草はこの辺りであれば、めちゃくちゃレアリティの高い奴だ。確か、ここから遠いけど火山地帯の街"ヤイタイ"ならもっと簡単に採取できる代物だ。
つまり、逆に言えばそのくらいの街から輸入しないと、この辺りでは揃えることができないということだ。当然、相当な時間の浪費は確実である。
リーウルフの討伐の方は、というとこれがまた普通のように見えて、とんでもない採取依頼の内容が混じっている。『リーウルフの胆石』の採取も込みの依頼だったのだ。
もちろん、これもこの辺りではレア。通常のリーウルフよりも、『オールドツリーウルフ』という森の奥にいる種類の方がドロップ率が高い。当然、名前の通り老獪である分討伐難易度は高くなる。
……と言うことも知らないんだろうな。多分。
「――なぁ、シオ。この依頼」
依頼書に書いてある金額つられたか、目を輝かせるテルヒロ。……実入りが良くても割が良くないので、却下です。
ばっさり切り捨てると、ガタイのいい体でしょぼん、と肩を落とすテルヒロ。その様子を見て、同じく肩を落として残念そうに溜息を吐くおばちゃん。
……二人とも、そんな捨てられた犬のような目で見ても駄目です。
依頼を残しておいてくれると言っても、多分そもそも誰もクリアできないんじゃないかな、その依頼。
ついでに、残念だけど今の所ラカーマに戻ってくる気はないのだ。
加えて、依頼をこなすとしたら、ここよりも実入りがいいのは間違いなくフォウニーの街の依頼だ。
何よりも、ここでレベル上げをする意味が俺にとってはもうないのだ。それなら、他の街でアビリティを覚えてテルヒロに慣れさせた方が良い戦力アップにつながる。
と、言うことを馬鹿正直に言うわけにもいかないので。おばちゃんの要望を、やんわりと(テルヒロが)拒否しておく。第一、そんなことをやっている暇があったら可能な限り準備を整えておこう。
そういうことで、テルヒロの袖を引っ張って、まずは武具屋に向かうことにした。
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