Open Eyes
しばらく、無言で二人で抱き合って。
ゴォン、と地面が揺れて、砂埃が舞った。
……あ、忘れてた。
「照裕、とりあえず今の状況!」
「あ、そ、そうだった。
今、外でジェノさんと自衛隊がアイネトと戦ってる!……あれ、でもジェノさんが戦闘を止めようとしているはずなんだけど。アイネトって、話できたよな?」
「うあー……いま、アイネトは俺が付与した【言語学】外れてんだよ。普通に会話できない」
「ええっ」
「照裕、爺ちゃんと連絡――あ、そうか。俺がすればいいのか」
ARグラスを着けてない状態だとARウィンドウが開けない、という状態が癖になってる。もうグラス要らないんだった。
俺は自分のARウィンドウを展開し、爺ちゃんと連絡を取る。たのむ、かかってくれよ。――繋がった!
「爺ちゃん!」
『ぬ、おお!紫苑!無事じゃったか!』
爺ちゃんの映像は、つながった途端、爆音と砂埃に覆われ、ノイズが走った。しかし、それでも元気そうな爺ちゃんの声がしたので、俺はひとまずほっと息を吐けた。
「俺は、無事。――……あ、照裕も」
『そうか。よかった』
そう言えば、ここに来るまでの照裕の惨状を見る限り、絶対爺ちゃんたちも心配してたんじゃないかな、と思って照裕の容体も伝える。向こうも、かなりホッとしたであろう空気が伝わった。
「それで、今どんな状態?」
『うむ。それが、ドラゴンと交戦中じゃ。照裕君からは、会話が通じるということじゃったんだが、一向に耳を傾ける気配もなくてな。
さっきまで大人しくしてくれてたんじゃが、さっきからいきなりまた暴れ始めてな』
うあー。これは、俺か、照裕の状況でも確認してたってことか?もう心配ないから暴れてる、ってこと?こと?
ぬぅん……とはいえ多分、今のアイネトに【言語学】を着けて説得、なんて生ぬるいことはできないよなぁ。
仕方ない。まずは力づくで抑えよう。
「爺ちゃんとこの戦況は?」
『芳しくないの。なんじゃあのバカ力。膂力だけで盾役がぽんぽこ飛んどるわ。しかも、先日の戦いで、こちらも戦力が消耗しきっとるし、いつまで耐えられるかわからんぞ。
なんとか、こっちに合流できんか?一旦引くぞ』
「いや、援軍は何とかする。ここで止めないと、次どこで暴れられるかわからない」
下手にアメリカとかで暴れられたら、核ミサイルの誘爆、なんてシャレにならないことも起きかねない。今の内に、ここで食い止める。
「でも、紫苑。援軍なんて、どこに」
「任せとけ」
戸惑う照裕に、俺はサムズアップで応える。何せ、もう俺は【スキル】が使えるんだ。
そして、この場が使える。
あの時は、ゲームの中からゲームの中しか見えなかった。
でも、今は同じ環境で、ゲームの外からアクセスできる。
それなら、あの世界から、こちら側へのトンネルだって可能だろう?
魔力なら、足りている。
「照裕。ありったけのMP回復薬並べといてくれ」
「わかった」
具体的な説明をしなくても、照裕は俺の指示に従ってくれた。話が早くて助かるぜ、相棒。
「【魔法陣学:召喚】【転移:ブーンカッケー】」
俺は、フォウニーの街で使った【魔法陣学】アビリティを組み合わせて【スキル】を発動した。魔法陣を通って、任意の場所にアクセスする方法だ。
「紫苑!?」
「ん?どうした?」
「目……というか、右。顔の右」
「ん?」
要領を得ないので、ARウィンドウで自分の状態を表示してみる。……なんもない?よな?
「顔、光ってる」
「は?」
照裕に、その辺に落ちてる金属片――多分、折れた剣――を使って顔を見せてもらえば、確かに右半分に青だか緑だかの光が走っている。ヒビのような、紋章のような。しかし、それに俺は思い当たる節があった。
元の体の俺の、右半分を覆う変色部分。その部分が、何故か光を放っているのだ。
これが、ソウル・トーカーを生み出したあの薬品の結果であり、本来、俺は【スキル】を発動する度に光っていたのか。
……うわ。俺、結局、人前で【スキル】使えないわ。目立つし、恥ずかしい。
それはともかく。余計なことをさておいて、だ。
俺は目の前の【スキル】の処理に集中することにした。
フォウニーの時は、接続先が固定されていたが、ここの魔方陣は、あの世界のどこかにいるソウル・トーカーを呼ぶためか、呼べる対象範囲が広大だった。
それで、大量の魔力が必要になり、生贄まで必要になったんだろう。しかし、そこをソウル・トーカーより先にアイネトに割り込まれてこちらの世界に呼び込んでしまったわけだ。
逆に、範囲を絞ることで目的の対象を呼び込むことだってできる。
とはいえ、大規模な人数を召喚する関係か、それなりの負担になるようだ。ぐんぐんとMPが減り、くらり、と頭が揺れた。
「紫苑!?」
「大丈夫。回復薬くれ」
ゲームと違って、詠唱タイム中に回復薬でブーストできるのは、現実のいいところだ。普通はコストが途中で供給できなくなった時点で発動失敗するからな。
システム的に、一気に消費分枯渇するんじゃなくて、成功するまでの時間――つまり詠唱時間中コストが一定値減っていくので、足りなそうなら後付けで補強できる。
そうしているうちに俺のスキルの発動が完了した。それとともに、魔法陣の中央に『未来の扉』を思わせる空間の穴が開いた。
そして、間を置かずして一人の白銀の鎧を身に着けた壮年の男性が顔をのぞかせた。
「久しぶりだな。シオ、テルヒロ」
「クランバインさん!」
それが誰か、分かったときに照裕が驚きの声を上げた。
そう。顔を出したのは、王都騎士団団長のクランバインさんだ。俺は、この召喚ゲートを、ブーンカッケーにつないだのだ。
俺は、クランバインさんに話しかけた。
「来て早々ですみません。戦力は?」
「準備は万全だ。問題は【スキル】だが」
「大丈夫です。色々ありますが、こちらでも【アビリティ】から使用できます」
「それは重畳。総員、こちらへ集合せよ!」
俺の回答で、クランバインさんは満足そうな笑みを浮かべて、俺の開けた召喚ゲートに声をかけた。
すると中からぞろぞろと王都騎士団やプレイヤークランの面々がこちらの世界へと抜け出してきたのだ。その光景に、目を丸くする照裕。
しかし、これは俺の想定内だ。
ソウル・トーカーの「こっちの準備はできている」と言う言葉。彼女が――彼女たちが本当に存在するなら。つまり、俺ならどうするか。
あの世界から抜け出した直後を考えれば、あの後フュンフュールの脅威は世界中を駆けめぐり、そしてこちらの世界に飛び出るまで、アイネトと戦いを繰り広げていただろう。
王都騎士団は、あの世界最大規模の戦力であり、プレイヤー・NPCを問わず集う団体になっていた。そして、この世界にアイネトが現れた――つまり、向こうの世界からアイネトが消失したことを考えれば、こちらの世界で再び矛を構える可能性が高いということ。
一足先に、元の世界に戻った俺たちの存在を鑑みれば、戦力の用意は間違いなく王都騎士団の本部に集うことは明白だったのだ。もし、他の街に集まっていれば、兵站や準備が十分に整わないだろうからな。
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さぁ、ここから怒涛のクライマックスです!最後のジェットコースターをお楽しみください。




