決断の刻
紫苑くんの謎が解かれます。
※当話内に、精神病に関する描写が含まれますが、内容に関してはフィクションです。実際の症状に基づくものではありません。ご了承ください。
ソウル・トーカーは、驚きで声の出ない俺の顔を――目を指した。
「元々生まれるはずのない、ただの願望だった"俺"は、あの事故で生まれた。お前が被った薬品は、爆発の熱反応で変質化し、眼球を通して脳に付着した。一見ただの残留色素としか判別つかない変質化した薬品の成分は、 ただの色素というだけじゃない。
常人の脳を構成する物質よりも電気信号――特にARグラスの信号と親和性が高く、結果、ARグラスの機能と脳を、深く直結させるに至ったんだ。
その処理能力に脳が適応するために、丸一年かかってしまったが、つまりお前の昏睡の原因は、そういうことだ。
もっとも、最適化した後に身についた処理応力、ってやつは、ARグラスの処理のほとんどを俺が含有してたがな。そのせいで、お前はARグラスの機能を半分も使えなくなっちまったのは、ちっとは悪いと思ってるぜ」
視線入力できなくなったのも、お前のせいだったのか。
「それはともかく、そうしてお前とは個別に処理能力ってやつを手に入れたことで、本来は願望程度で消えるはずの"俺"は、インターネットを通じて外の情報を取り込むことができるようになった。
存在――いや、自意識かな?そういったモノが確立されたわけだ。
それでも、一個の人格にも満たない、最小化された自意識――"根源"とも呼べるモノからここまで成長できたきっかけは――あの、照裕の庇ってくれた事件だな。
あの時、"紫苑"クンは自分の無力感をひどく感じただろう?それが、俺が確立した瞬間だった」
つまり、俺は。
「二重人格、ってやつなのか……?」
「後付けにしても、ARグラスを付けているときにしか起きていられない後付けパーツみたいなもんだけどな。
事故と、殺人未遂と、もろもろでバラバラになった自意識が長い期間を経てまとまった中、人格の自己再生の最中に、こぼれて余ったねじが勝手に動き出した、みたいなもんだ」
……いや、だとしたら、おかしいだろう。なんでソウル・トーカーの体をしているんだ?ソウル・トーカーを作った時には、存在していなかったわけだろう。
「じゃあ、その体は?
俺がSo-09を作ったのは、事故よりもっと前だったし、事故った後にRBDにログインしたのは、第5サーバーだった」
俺の疑問に、ソウル・トーカーはニヤリ、と笑う。
「そこだよ"紫苑"クン。
RBDに行く時が、もう一つの俺たちの転機だった」
……たち?
「なにせ、お前はRBDの中に、複数のアカウントを持っていた。お前が体から離れ、ゲームのアバターを体として手に入れたのと同様に、俺達もゲームアバターという体を手に入れるチャンスが生まれたわけだ。
そして、俺が入ったのが『ソウル・トーカー』のアバターだった、ってだけのことさ。ちなみに、他のアバターにも、ちゃ~んと入ってるぜ」
「ほ、他……?」
「おう。まさか俺一人と思ったか?
違うね。そもそも人は誰もがいくつもの面を持っている。もっとも、それらの"面"が"人格"に至るまでに成長できるのは、先天性の才能が必要だったり、環境が必要だったりする。
だが、俺は俺の経験でそれを"作る"ことができる。幸い、例の事故でトラウマとPTSDに塗れてた"紫苑"クンからこぼれた材料が、たんとあったしな。
……ああ、ちなみにさっきの薬品の話も俺が調べたわけじゃねえぜ。研究肌のヤツが調べた結果の丸コピペみたいな知識さ」
「な、何故、そんなことを」
「そんなこと!?何故!?
――はっは」
俺の質問に、驚いたように目を見開くと、彼女は破顔した。
「決まってんだろ!
意気地なしの宿主サマが、ちゃんと照裕ンとこにたどり着くようにだ!
他のアバターを潰せば、紫苑クンは必ず"シオ"にたどり着く!」
今度、目を見開くのは、俺だった。その様子に『ソウル・トーカー』はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「俺たちがお前の手助けをするのが不思議か?何もおかしいことないだろうが。
俺たちが、俺が、何のために生まれたと思う?誰をモデルに生まれたと思う?
俺たちは、ボロボロにひび割れた"お前"を助けるために生まれたんだ。自分の幸せを祈って、手助けて、何が悪い。
俺が、俺の幸せに動いて、何が悪いってんだ」
『ソウル・トーカー』は、そう言って俺から手を放した。
「――それも、ここまでだ。こっちの準備はできてるぜ。
後はお前次第だ。どうしたいか、何をしたいか。何を手に入れ、何を捨てるか。人生なんてそんなもんだろ」
彼女はそう言って、指を俺に指した。
「ほら、王子様のお通りだ」
振り向けば。
ぶわっ、と風が吹き、立ち込める砂埃が真っ二つに裂けた。その中から顔を出したのは――。
「照裕……!」
俺は、そこから、声が出なかった。
照裕は――血まみれで。その右腕が、なかった。
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紫苑くんは、事故のPTSDにより解離性人格障害を患い、ソウル・トーカーはそんな紫苑くんの人格の一つでした。
本来、「紫苑」という人格から分離してしまい、ともすれば暴走・破綻な行動をしかねない彼らは、ARグラスとインターネットに浮かぶ知識を取り入れることで一個の人格として確立し、密かに紫苑くんを助けてきたのでした。
この作品内で、手助けの最たるものが、シオのアバターに紫苑くんを誘導することだったのです。RBD世界でソウル・トーカーがアイネトを倒したのも、照裕くんを助けるためです。
ソウル・トーカーの話を研究していた人格は、たまねぎらっきょうクランメンバーの「ラヴィン」のアバターに入っています。
ちなみに、ソウル・トーカーの中に入っている人格は、モデルが照弘くんなので"男性"人格です。




