偉大なる女王
俺は、耳を疑った。正気か?
「ソウル・トーカーを、国王――女王にするってのか?」
「そうだとも。もっとも世界で有名な、最強の名にふさわしい存在だ」
「ソウル・トーカーは対アイネトに特化しているだけだろう!この世界に呼び出したとして、最強なわけが」
「はたして、そうかな?」
俺の反論に、表USB裏はニヤリ、と笑う。何かの根拠があるっていうのか?
「そうだ。彼女の驚異的な所は、確かにアイネト戦ばかりが有名だ。しかし、記録の中にはPvPの戦績にもある。
彼女の対人戦の勝率は、67%。一見、ランカークラスとはいえ、そこまで大したことがないようにも見える。
だが、ここに期間を限定すると、勝率が100%になる。――そう、アイネト戦を周回し、動画をアップロードしだしてから、だ」
「それは!」
「その強さは、アイネトに対してだけじゃない!」
それはアイネト戦で評価されて、PvP自体の参加が減り、名うてのプレイヤーとして名をはせた後は挑戦するよりもボスモンスターやレイド戦のソロクリアの光景を見たい、という期待に変化していったからだろうに、と言おうとしたが。
表USB裏は、勝ち誇ったように、俺の発言にかぶせてきた。いやいや、過剰評価だそれは。
「相手が誰であれ、決して負けない強さ。それは、単純なスペック差ではない。
その強さは、あの芸術的なカウンター捌き、【アビリティ】の使い方にある。そうそう、この世界で並び立てる者などいないのだ!
――もちろん、戦争になればその優位性は失われるだろうがね。だが、それを俺たちで補う。
彼女は、俺たちのアイドルだ。崇めるべき存在だ。俺たちは、彼女の国を作り、大きくしていく!
そのために、君にはこの世界からRBDの世界に帰ってもらう!」
「な、に……!?」
ようやく彼らがやろうとしていることが判明して、俺は瞬間、自分がどこに立っているのかを思い出した。
俺は慌てて周りを見た。魔法陣は、『魔法陣学』がアクティブになっていないので具体的にどこがどうと読むことはできない。
しかし、それでも見覚えのある柄はいくつかあった。これは……これは、フォウニーの街の魔法陣か?いや、ちょっと違う。『Open eyes』の魔法陣で見かけた構文も見える。これは……?
「アイネトほどの特大サイズでなければ、データ倉庫へ回線を繋げる魔法陣は、基本的に1対1のMP消費で交換ができるんだよ。
あの世界にいるソウル・トーカーを呼び出すために、君をあの世界に送り返す。
……なぁに、そんなにおびえるな。一人じゃない。王都に行けば王立騎士団が手助けしてくれるだろうし、何より君はあの世界なら【アビリティ】が使える。至れり尽くせりだろう?」
「ふざけんな!ここから出せ!」
「そうはいかない。何より、君は一度でも『Open eyes』の刻印から逃れることができたのだ。この先、どんなイレギュラーを作り出すかわからない。
俺たちの作る世界に、ベテランちゃんは不要なんだよ。なのに、ただ殺されるんじゃなくて、交換による転移だ。優しいと思わないか?なぁ」
何言ってやがる!要は、この世界で死んで、あっちの世界で生きろってことだろう!?
こいつらにとっては、俺は計画を無意識化で遮る障害でしかないのだろう。だから、その障害を取り除くついでに、自分たちのアイドルを呼ぼうっていうことだ。
冗談じゃない。そんな宗教じみた狂気に巻き込まれてたまるか!
それに、強制的にMPを失えば、その量によっては昏倒する。その調整を、こいつらがやっているとは思えない。
もしMPが無理やり0になった状態そのままで向こうの世界に行ったとして、果たして野ざらしになっている俺が一人で、無事でいられるとは思えない。
――何より、この世界には照裕がいる。
あっちの世界から帰れなくなったら、二度と照裕に会えなくなるじゃないか!
冗談じゃない!俺は、俺は――!
「よし、魔法陣を起動しろ」
「承知しました」
俺が、魔法陣に張られたバリアを、無駄だと知りながら叩いても、あいつらは気にも留めないようだった。
淡々と配置につき、魔法陣が淡い光を帯び始める。
「出して!出してくれ!帰らせて――……ぐっ!」
俺がいくら叫んでも、懇願しても、もはや奴らは俺を見ることはない。俺は、一縷の望みをかけて、バリアを叩き続けることしかできなかった。
不意に、立ち眩みがしてうずくまれば、ズキン、とこめかみが痛んだ。
膝をついた隙に、俺の顔からARグラスが零れ落ちる。
「……ぅえっ!?なんだこれ……!」
魔法陣の光を帯びた石の祭壇は、不思議と鏡のような光沢の表面になっていた。そこに映るのは、ARグラスを通していない、醜く太った、男の体だ。
しかし、気になるのはそんな体の造形じゃない。
――顔だ。
変り果てた、色の変わった俺の顔半分が、魔法陣の明滅に呼応するように、緑に光を放っていた。
*--
魔法陣が光を放ち、その光に紫苑が飲み込まれる光景を、無邪気に見ていた一同。
だが、紫苑が光の中に消え、10分、20分が経ち、やがて30分もそこらかに差し掛かって、表USB裏だけは、その表情が陰りだした。
「……妙だな」
「どうしましたか?」
魔法陣から放たれた光は、結界を通ることができないようだった。そのせいで、魔法陣から青い光の半球が顔をのぞかせているような光景が広がっていた。
その光景に、表USB裏は眉をひそめ、つぶやいた。言葉を返すのは、彼の隣でコンソールのように開いた事象の文字をタップしている邪教団の幹部の一人だった。
「本来、魔法陣の光はMPを吸収する処理をエフェクトで示したものだ。その輝きが、吸収するMPの量に比例する。
あそこまで光っていれば、中にいるキャラクターのMPは即座に枯渇してもおかしくない。
しかし、見ろ。光は強くなる一方で、収まる気配がない。つまり、『召喚』のプロセスに進む処理が、MP不足でできていないのだ。
これは、おかしい」
表USB裏の言葉に、他の面々が再び魔法陣の方へ向く。先ほどまで、自分たちの主を呼び出すための希望の光が、突然、得体のしれない現象に見えてきたのだ。
不安げに、手元の本の文字を操作する邪教団員。そして、入力結果がARウィンドウに表示され、驚きに目を見開いた。
「きょっ、教主様!」
「なんだ、トラブルか!?」
「ふ、増えてません!」
変化を見過ごすまい、と魔法陣を凝視していた表USB裏だったが、容量を得ない教徒の言葉に、ようやくそちらを見る。
「どういうことだ?何が増えていないんだ?」
「魔法陣です!魔法陣に、魔力が流れてません!」
「なんだと!?」
その言葉に驚いて、魔法陣のほうに視線を返した時、ふと気づいた。
あれは、あらゆる現象を遮断する結界だ。当然、中の様子などわからない。では、先ほどの団員は何をしてMPの状態を確認したのだ?
――気づいたときには、遅かった。
団員の操作は、魔法陣の状態を確認する行為だ。それは、外部と内部に何かしらのバイパスが生まれたということを意味する。
微かな強度の低下場所が発生していたのだ。それは、中の状態を調査するため、【鑑定】が通るように調整された、微かなバックドアだった。
すべての事象を遮断するバリアに充満した圧力は、わずかな穴も見逃さなかった。そこから猛烈な圧がかかり、一瞬で結界ははじけ飛び――。
彼らを、青い閃光が包んだ。
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次回。紫苑くんの秘密が明らかになります。




