仮想敵国・神聖フォトゥム国
時間が戻ります。照裕くんのターンです。
「照裕くん、あの娘、どう思う」
「紫苑です。間違いない。なんで……?」
喝采に沸く映像を見ながら、ジェノさんが俺に尋ねてきた。俺は、というと――確信をもって頷いて答えた。それは、紫苑だ。間違いない。
問題は、何故紫苑が遠く離れた京都にいるのか、ということだ。――いや、考えるまでもない。
さらわれたんだ。俺と離れた、あの後に。
「俺が気になるのは、紫苑に全然動きが見られないことだ。死んでいるわけじゃねえはずだ。幻影、じゃねえとすると、体の自由を奪われているんだろう」
「ジェノさん、紫苑を助けに」
「応「ダメよ」よ……」
勇む俺たちを諫めたのは、後から入ってきたエスカペさんだった。
「照裕くん、さっき言ったわね。少なくとも、今から24時間は無茶しないで。今、あなたの腕は危険な状態なのよ」
そう言われれば、ぐうの音も出ない。確かに、さっき言われたばっかりだ。
エスカペさんは、俺が反論もなく黙ったことで、うん、と一つうなずくと、肩越しにジェノさんを見据えた。
「あなたも!まだ回復しきってないでしょう。そんな状態で、何ができるというの」
「なぁに。ひ孫を助けてとんずらくらい、今の俺でもできるさ」
なぁ、と時田さんに顔を向けると、時田さんは渋い顔で首を横に振った。
「ジェノさんの実力は知っていますが、今のところ、この事態は日本国内の問題にとどまっています。ジェノさんが動くというのは、内政干渉になってしまうので、私としてはとても肯定できません」
「なに?でも、あそこにいるのは俺のひ孫だぞ」
「あの……ジェノさんのひ孫があそこにいるわけないじゃないですか。向こうにいるのは、異世界から転移してきた謎の国家で、よしんば異世界の人間じゃないにしても日本人しかいませんよ。
何がどうして、ジェノさんのひ孫さんがあの場にいるんですか」
「ぐっ、ぐぬぬ」
思わず口をつぐむジェノさん。しかし、ふと気づいたように口をはさんだ。
「……時田君。アレが、"異世界"人だと?」
「ええ。たまたまとはいえ、まさかこの世界と同じ国名の国が、異世界から来るとは想定しておりませんでしたが。
まったく同じ国の名前なんて、この世界にはないのですから」
「――んん?」
時田さんの口調に、思わず腕を組んで首をひねるジェノさん。
気持ちはわかる。
ジェノさんのいるフォトゥム国は、元々地球に存在した国家だと認識しているのに、京都に生まれたフォトゥム国は、異世界からやってきた謎の国家である、ということを言っているのだから。
俺やジェノさんからすれば、どちらも元々地球上には存在しなかった国なのに。
ジェノさんはしばらく考えて、埒が明かないと思ったのか、頭を振って話を打ち切った。
「……なんか、のぼせちまってたようだ。悪い。
時田君。国の対応が決まったら教えてくれ」
「承知しました」
ジェノさんがクールダウンした口調でそう言って、この場はお開きになった。
ほどなくして、京都に出現した自称『神聖フォトゥム国』は独立を宣言し、前田さんを通じて日本に宣戦布告を行った、とニュースで報道された。
しかし、その攻撃を迎え受ったのは在日米軍であり日本はその後方支援をするに留まるらしい。先のフュンフュール戦の被害も大きいのが原因だとジェノさんは考察していた。
後方支援に回った自衛隊により、既に民間人は京都近辺から避難し、京都は戦火に包まれる――ことにはならなかった。
「籠城?」
翌日。在日フォトゥム領事館に停めてもらった俺は、エスカペさんに包帯を変えてもらいながら、朝食をジェノさんと囲んでいた。
その時、現状をジェノさんに聞いたところ、想像だにしていない戦況になっていることを教わった。
「ああ。今日の早朝、神聖フォトゥム帝国軍を名乗る集団と、在日米軍の科学戦機隊と魔術戦機隊、及び自衛隊の陸戦部隊が衝突した。
結果は、神聖フォトゥム帝国軍の惨敗だ。現在、奴らは昨日出現した王城に引きこもっている」
「昨日、電子ジャックしてまであんなに啖呵切ってたのに……?」
「ああ、それなんだがなぁ」
あまりにお粗末な結果に、ジェノさんも頭を抱えているようだった。――いや、違うな。何だか歯切れの悪い内容を口にし難い。そんな感じだ。
「まず、一つ話をしよう。俺は、奴らの正体に心当たりがある」
ジェノさんは、そんなことを口にした。
「なぁ、照裕くん。お前さんと紫苑は、ゲームの世界に行ってきたと言っていたな」
「は、はい」
俺が驚いていると、ジェノさんは突然、この前話した内容を確認してきた。
「……実はな。俺の居るフォトゥム王国も、そうなんだ」
ジェノさんが口にしたのは、彼もまた、俺や紫苑と同じような――いや、それでいて少し違う境遇の話だった。
ジェノさんの住んでいた、地球とは異なる世界のフォトゥム王国は、ジェノさんが前世で遊んでいたゲームの世界に酷似した世界だったのだと言う。
元々ジェノさんは、地球で生まれる前――つまり、今の前世の前世が、その異世界――ヒプノシア、というらしい――の住人だったのだとか。その異世界から地球に転生し、自分の居た世界と酷似したゲームに地球で出会い、そして寿命を迎えて元の世界に戻って来たのだと言う。
何ともややこしい話だ。
「俺は、そういう経験をしているから思うんだ。照裕くん。君たちが訪れた世界も、俺の居た世界【ヒプノシア】の一時代だったんじゃないかとね」
「そんな。でも、あれはゲームの世界だと、紫苑が」
「そう、多分それも正しいんじゃないか」
「――……どういうことですか?」
ジェノさんは、時折考え込みながら、その考えを口にしていく。俺には難解な内容で、きっと紫苑なら理解できたのかもしれない。
でも、なんとか自分の中に落とし込んだ結論は、こうだ。
この世界は、ゲームサーバーのようなものだ。ただ、世界毎にサーバーが存在するのではなく、一つのサーバーの中に、いくつもの世界――ゲームが存在しているようなものなのだと。
いくつかのAR、もしくはVRゲームは、そんな異世界へのゲートだったのではないか。
そして、ジェノさんの居るフォトゥム王国がそんな異世界から離れ、地球の一国家として生まれたのは、クラウドの中で区別がついていたデータが、何らかの要因――おそらく『Open eyes』の影響だ――で混ざってしまった結果じゃないかと。
あの神聖フォトゥム帝国が出現したのは、本来ジェノさんのいるフォトゥム王国を取り出したことで達成する予定だった目的が、達成できなかった結果、次の策を使った結果ではないのか、と。
そして、その話をしたのは、単純に思いついただけと言うことではないようだった。
「神聖フォトゥム帝国、ってのは『ヒプノシア2』に出てくる国家だ」
ジェノさんの記憶によると、彼のプレイしてきた『ヒプノシア』シリーズは、いくつかのナンバリングが出てくるそうだ。『ヒプノシア2 ~堕ちた王国~』は、前作『ヒプノシア』の主要国家、フォトゥム王国建立の話らしい。
世界中のはみ出し者が集まり、国が一つ生まれた。それが、かつて存在したその地の国の王族を騙っており、国の名前もかつて存在した国の名前にあやかったものが名づけられたのだという。
それが「神聖フォトゥム帝国」という名前だったのだとか。
ゲームの中では、主人公らが周辺地域の平定のため、諸悪の根源である「神聖フォトゥム帝国」を倒し、真の「フォトゥム王国」を作る、というのが『ヒプノシア2 ~堕ちた王国~』の大まかなストーリーだ。
この時、神聖フォトゥム帝国の国王こそ倒しているものの、その一部は生き延びてしまうのだとか。それが、『ヒプノシア2 ~堕ちた王国~』から未来の話であることが明らかになる、処女作『ヒプノシア』でも中ボスキャラクターとして登場するらしい。
しかも、以後の『ヒプノシア』シリーズでも、その残党はボスキャラクターやキーキャラクターとして暗躍しているのだとか。『ヒプノシア4』では、彼らをまとめて『邪教団』と呼ぶようになったのだとか。
そう――『邪教団』だ。まさか、ここでRBDに絡んでくるとは思わなかった。
今、神聖ヒプノシア王国で暗躍しているのは、間違いなく俺と紫苑が、あのゲームの世界で対立した『邪教団』の一人だった。
つまり今、京都で騒ぎの発端となっているのは、この『ヒプノシア2』に出てきた神聖フォトゥム帝国の残党と言うことか。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
ジェノじいちゃんは、異世界人->地球人->異世界人という転生を経由した存在でした。彼の住む異世界のフォトゥム王国は、「神聖フォトゥム帝国」というならずもの国家を倒して生まれた歴史があったのでした。
それにしても、「神聖フォトゥム帝国」は弱かったようです。
ジェノじいちゃんの前世については、拙作「如何にして爺がショタになったのか ~Closed Hypnosia~」で描写しております。
特にOpen Eyesに絡む話ではないので、とくに必読ではありません。ですが、お手すきの際に、いかがでしょうか。
URLは以下、もしくは作者名から飛んでいただければと存じます。
https://ncode.syosetu.com/n3650fz/




