"世界"の真相
少し時間が巻き戻ります。照裕くんと別れてすぐの紫苑くんです。
照裕を見送って、ジェノ爺ちゃんに連絡をして、俺のできることがなくなった。
――なくなってしまったのだ。俺は、戦えないから。
【アビリティ】の使えない俺は、今や無事を祈ることしかできない。……俺は、無力だ。
「よう。シケた面してるな」
懐かしい声に、顔を上げる。地下鉄のホームの奥からやってきたのは、見覚えのある黒いローブの男だった。
……邪教団?
「その声は……『表USB裏』さん?」
「お、分かったか。顔は――見せてなかったと思うけどな。そうか、声を変えるのは忘れてた」
それは、闇界の洞窟100階で再開した、俺にRBD世界への行き方を示してくれた友人だった。
「どうしてこっちの世界へ?」
「そうだな。それは、上で暴れている盟主殿に言ってくれ」
その言葉で、はっ、と気がついた。
邪教団の、本当の主。プレイヤーを、エネミー側のNPCに仕立て上げる方法。レイドボスの能力を付与する、ゲームに存在しないボスキャラへの転職――それは、プレイヤーには、NPCには、シナリオでは、絶対に起こりえない事象だ。
じゃあ、誰が、どうやって、何をしたのか。
「……あの世界の邪教団を管理していたのは、フュンフュールだったのか」
「そういうことだ」
だとしたら、今目の前にいる『表USB裏』さんも、フュンフュールの手先か?
俺が瞬時に警戒の意思を出したことに気付いたか、表USB裏さんは苦笑した。
「そう、警戒するな。他の奴の目的はわからないが、俺の目的は一つだ。
……『スミレ』。お前、今【アビリティ】が使えないんだろ」
表USB裏さんは、俺の悩みの確信を突く。
なぜ、分かった?俺の動揺を見て取って、彼は話を続けた。
「なぜか。それは、お前は『目覚めていない』からだ。この世界で、唯一だ。お前だけが、俺の望みに触れていない」
「……何を、言っているんだ?」
「教えてやろう、って言ってるんだ。お前は、何故か理解できていないから、【アビリティ】が使えない、ってことをな。
どうして、この世界で【アビリティ】が使えるようになったのか。それを理解すれば、きっとお前も【アビリティ】が身に着く」
不思議だ。彼は、何を知っているんだ?まるで、この世界で起こっている全てを、認知しているようだ。
「そう、ああ、そうだ。一つ、勘違いをしているようなら前提を教えておこう。この地球は、『ゲーム』じゃあない」
「……それは、安心できる話だな」
正直、不安ではあった。RBDから帰ってきたら、現実の地球の風景で【アビリティ】が飛び交っているんだ。地球を模したゲームの世界なんじゃないか、と不安になったのは、一度や二度じゃなかった。
「そうだ。しかし、同時に『ゲーム』のようなもの、ともいえる」
「どういうことだ?」
俺の疑問には答えず、彼はニヤリ、と笑って両手を広げた。
「不思議には思わないか。この体。人間の体。生物の体ってやつは」
何が言いたいのかわからない。俺は首を捻るだけにとどめておいた。そうすると、表USB裏さんは、まるで出来の悪い生徒を見る教師のように、鼻で笑った。
「クローン人間には意志が生まれない。生理本能だけに従った、反射行動だけのナマモノが出来上がるのに、そのオリジナルである俺達には、考え、本能に逆らう"理性"を持っている。
この理性、ってやつはどこにあるのか?赤ん坊の時にはないそれは、意識内だけで進化し、定着していく。本能も、理性も、その両方は脳と言うたんぱく質に化学物質と電気信号だけで生成されるのに、だ。
それ故に、かつての神秘学者たちは、『魂』という概念をでっち上げたりもした。かつて、アリストテレスが酸素を見つけられずに、燃える分子"燃素"をでっち上げたようにな。
俺たち人間は、その意識の進化で様々な物を生み出してきた」
彼はそう言って、自分の頭を指さす。
「そして、その内に脳を走る電気信号は、俺達の体を動かし、新しく外部に『世界』を生み出すことに成功した。脳の中身で動いているモノと同じものでな」
「……同じもの、ってのは、電気、ってことか」
「そうだ」
俺が口を挟むと、彼は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「この世界は、全て電気信号で賄っている。色の判別も、味の理解も、世界の構成は全て体の感覚神経が受信した刺激を電気信号に置き換え、脳がそれを知覚した結果だ。
だが、お前も知っているだろう。世界を作る、電気で動くものを」
「コンピューター、だな」
正解だ、と言葉にせず、俺を指さして笑みを浮かべる表USB裏。その表情には、恍惚とした陶酔感が見えた。
「コンピュータの中の世界は、そのコンピュータの性能という限界がある。もし、その上限が存在しなければ、もう一つの地球すら作れる。そこに生きる生き物全てに独自の動作を与えることもできる。
電気の力で構成された全ては、現実に存在する全てと同一のものだとも言えるだろう」
「――お前の話は、まるでこの世界もコンピュータの中の世界、って言ってるみたいだな。第4の壁でも破壊したのか?」
俺は、彼の話に口を挟んだ。
第4の壁と言うのは、演劇の用語だ。演者と観客を隔てる壁。俺たちが演者だとして、彼は観客の立場から、この舞台に降り立ったか、あるいは観客を見てしまったのか。
しかし、彼は首を振る。
「さぁて。そうなら話は簡単だが、残念だがそうじゃない。
――さっき言ったな。この世界は『ゲームではない』が、『ゲームのようなもの』ではある。簡単に言うと、この世界は、俺たちの知覚できるモノよりも、はるかに高次元なサーバーで運用されているものではある、ということだ。
そして、サーバーは、世界を管理するだけじゃない。ユーザーに、管理者に、この世界とつなげる役割もある。だから、当然だが、『外側の世界』が存在するということだ。
そして、その世界と世界をつなげる術式こそが、『Open eyes』なのさ」
「なん……え?そこにつながるのか?」
突然、知っている用語が表れた。俺は驚きに目を見開いたが、彼は嬉しそうにうなずいた。
「ああ、そうとも。【アビリティ】の存在しなかった世界で、俺たちは不自由だった。妄想の中の技術は、何一つとして実現化しなかった。
お前も考えたことはなかったか?かつて創作の中で出てきた技術が、次々と現実化していくのに、自分が望んた技術だけは、一向に実現しなかった」
それが【アビリティ】だったってことか?科学技術が発展しても、魔法の実現は不可能だった。それは、間違いない。
でも、彼はそれを良しとしなかった。地球上で、魔法を現実化させる為に、ずっとこいつは動いていた、ってことか。
研究していたころの彼は――無念、だったのか?悔しそうに語る表USB裏さんは――『表USB裏』は、まるで。
「……だから作ったんだよ」
「お前が、『Open eyes』を作ったのか」
「そうだよ。……ああ、1からじゃないぞ。そもそも、次元を超えるなんてこと、あの世界でできるわけがないだろう」
ふいに、何か言い訳するように、手のひらをこちらに向けて俺の発言を止めてきた。
「たまたま。本当にたまたまだった。噛み合った、と言ってもいい。
俺が就職していた『株式会社ドリームランド』には、逃亡してきた『異世界人』がいた。何をしたかは知らないが、彼らは追われていた。そしてこの世界からもまた逃げ出すために、様々な技術を残したんだ。
その一つが、こいつさ」
『表USB裏』は、そう言ってARグラスを指で叩いた。
「そう。もう薄々感づいているだろうが、こいつは元々、ただのAR機器じゃない。AR映像を表示させるだけじゃなく、本来であればこの世界の人間が持っていない機能を、拡張パーツとして付与する機材なんだよ、こいつは。
人間の脳の働きが解明され、未知の能力すらないと証明された俺の絶望感が判るか?俺の期待する何もかもは、人間には実現不可能であるとわかって。
そんな中で、『異世界人』が外付けパーツで、この世界でも人外の能力を発揮できるツールを作った。俺は、それに乗っかったんだ」
陶酔しているように、呆けた彼の表情は、もはや俺を見ていない。砂埃が振動と共に落ちてくるトンネルの中で、彼は暗闇の向こうに何かを見ていた。
「まずは、映像。次に、ゲームの世界を、ARグラスを通じてこちらの世界に呼び込んだ。ほころんだ次元の壁は、やがて一つの世界をこの地球に召喚した。いや、たまたま吸い込んだ、と言ってもいい」
「……それが、フォトゥム王国か」
「そう。そして、繋がりやすくなった世界に、移動するための『魔法陣』を作り、世界中のARグラスに感染させ、身に着けている人間全員に知覚させたんだ。
全員が"そこにある"と認識してしまえば話は早い。まぁ、存在する異世界に酷似しているゲームのサーバーに接続した場合、その"魂"を逆に酷似している世界に呼び込んでしまうのは誤算だったが」
全ては、この世界で異能を使うため、か。文章にすれば短いものだが、ずいぶんと世界を賑やかにさせてくれやがったものだ。そのとばっちりに、照裕が巻き込まれたのか。
……ん?待て待て。そうなると、疑問が残る。
「それなら、この世界に居れば【アビリティ】が使えるようになったんだろう?
俺に残したあのメッセージは何だ?なんで俺をRBDに呼んだんだ?」
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真相が少し明らかになりました。
表USB裏は、魔法を使う夢を秘めつつ、人生を過ごしてきました。ひょんなことから手に入れた異世界の技術を使って、その夢をかなえる計画を立てました。その一環がOpen Eyesウィルスだったのです。




