クーデター
「ふむ?つまり日本は、その新しいフォトゥム国を、わしらのいたフォトゥム国と同じ国だと考えて居る、ということか?
わしらを、敵国だと認定したのか?」
「いえ、そこまでは断定しておりません。現に、ジェノ様のおられるフォトゥム国に連絡を取ったところ、声明を出している人間も知らないということです。
紛らわしいので、東欧フォトゥム国、とジェノ様の国を呼称させていただきますが、東欧フォトゥム国は『あくまで、自称フォトゥム国であり、関与していない』と発表しています」
「でも、さっき俺達警察に捕まりかけたぜ?それなら何で」
「それが……こちらでも情報が錯綜していまして」
……これ、俺、聞いてていいんだろうか。
俺の目の前で繰り広げられる情報の交換に、フォトゥム国民ではない俺は、若干戦々恐々としていたのだが。
「まだ動かないで。今治しているところだから」
と、エスカペさんが肩を押さえてくるので、どうにも動きづらい。
しかし、その会話でジェノさんがこちらに気付いた。
「時田殿。こちらで話そう。もうちょっと現状の情報が欲しい」
「あ、え?か、かしこまりました」
「皆の衆はそれぞれ大使館に待機しておくんじゃ。帰りたい奴は帰ってもええぞー」
「「はーい」」
まるで小学生の引率のような軽さで、ジェノさんと時田さんは、そのまま部屋を出ていった。
うーん、どうしたものか。
なんにせよ、今の俺は治療が終わらないと離してもらえないだろう。とりあえずやることは、紫苑の安否の確認だ。
俺は、ARウィンドウから紫苑の名前を選択してみる。通話、と……。
……。
つながらない。通話に出れない状態なのか?……心配だ。
「……よし、終わったわ」
そうこうしているうちに、エスカペさんが処置を終えたらしい。見ると、血まみれで関節が二つほど増えたように見えていた腕が元通りの姿になっていた。指も、半分くらいの直径になっていたのが、すっかりきれいなものだ。
えすかぺさんは、軟膏に見える何かを俺の右腕に塗りこみ、てきぱきと包帯を巻いていった。
「さ、軽く指を動かしてみて」
言われたとおりにする。指を曲げ、広げる。グー、パー、グー、パー。
「どう?」
「ちょっと先が痺れているような。あと、力が入らないです」
「うん、神経もちゃんと復活してるわね。じゃあ、今日から3日は無茶しないこと。明日には完治してるわ」
「ありがとうございます」
エスカペさんは、腰に手を当てて満足そうにうなずくと、他の面々の様子を見てくる、と足早に去っていった。
……さて、俺はどうしようか。
「照裕君、こっちに!」
突然、ジェノさんの声が聞こえた。チャットなどではなく、普通に遠くで声を張り上げたようだ。
何事だろうか。いやな予感がする。俺は、声の聞こえたほうへと小走りで向かった。
「お邪魔します」
たどり着いたのは、ひと際豪華な部屋だった。装飾品や模様などは、展覧会で見た空気に近い。おそらく、会合などに使われる部屋だと思う。
ドアがなかったので、柱にノックを三回、ひと声かけて部屋に入ると、ジェノさんと時田さんは壁に掛けられたテレビにくぎ付けのようだった。
「ジェノさん、どうしました……――っ!?」
俺が、二人の向いてる法に従って壁のモニターに視線を映して――その映像に息を呑んだ。
モニターからは、映っている人間が何かを喋っている。
『――我々は流れ着いた!この安住の地に!しかし、我々を排除しようとする勢力が存在する!
彼らは、我々の牙を抜き、爪を剥ぎ、我々を管理下に置こうとしている。……故に、我らは剣を取った!我々は、奴隷ではない!彼奴らが国であるならば、我々もまた一つの国である!
自由の旗の下、我々は断固戦う意思を捨てることはないだろう!
紹介しよう。この世界にとっては異物である我々を受け入れてくれる、この世界の協力者を』
『――ご紹介にあずかりました。私は、元国家電子対策本部部長、前田一久です。日本国との交渉の橋渡しをするため、こちらに馳せ参じました。
残念ながら我が日本国は、この「神聖フォトゥム帝国」が出現したのが日本国内である、という主張の下、「神聖フォトゥム帝国」を日本国の統治下であるというスタンスを崩すことがありませんでした。
一方、ヨーロッパに出現しているもう一つのフォトゥム国、こちらは神聖という冠がついていない、同姓同名の国でありますが、こちらは独立国として国際社会に認められております。
この差は、日本という国が、極めて狭量な態度であると考えております。
私は、当「神聖フォトゥム帝国」もまた、日本と陸続きの、独立国であるべきだと考えております。世界的にそれが認められるよう、協力を惜しまない所存です。
どうぞ、皆様もお力をお貸しくださるよう、お願いいたします』
『初めまして、皆様。私は世界破邪教の教祖、「ユーエスビィ・リヴァース」です。私共は、かつて欧州に生まれたフォトゥム国で生まれた宗教でございました。
彼の世界では、ワールドイーヴィルという世界範囲の災禍がありました。しかし、この世界に来ることでワールドイーヴィルから逃れ、その危機感を失ってしまったのです。
そして今、日本の首都圏にて恐れていたワールドイーヴィルの出現がありました。しかし、欧州フォトゥム国は、そのノウハウを日本に渡すことはなく、我関せずを貫いております。
また、日本も民間が力を持つことを恐れ、世界規模の災厄を止めることなく、この「神聖フォトゥム帝国」にも、力を振るうことを許さない腹積もりのようです。
このままでは、この世界が滅んでしまいます。しかし、我々だけでは力不足です。この世界には「神聖フォトゥム帝国」の力が必要なのです。どうか、皆様のお力をお貸しください。
そのために、我々、世界破邪教は、神聖フォトゥム帝国に全力の協力を惜しまないつもりです』
『……ありがとう。我々は、孤独ではない。右も左もわからぬこの世界で、我々にも協力してくれる人々がいる!なんと力強いことだろうか!
この放送を見ている世界各国の無垢なる人々よ!我々は、無垢なる人々を襲わない!我らが剣を向けるのは、我らに悪意を以って襲う者、世界を襲う悪鬼羅刹だ!
そして、今なお迫害され、枷を着けられている力ある者たちよ!我々は、君たちを歓迎する!我々は力を押さえつけることはしない!存分にその力を振るいたい者は、我らが旗の下に集え!』
俺のよく知る――邪教団のローブを身に着けた何者かと、顔見知りの前田さんが並び立つ光景が、テレビの中に映っていたのだ。
そして、何より俺の目をクギ付けにしたのは、彼らが演説する壇上ではなくその脇。
他の人々が拍手する中、ピクリとも動かない女性。目元が鉢巻のような布で覆われているし、服装は見たことのないローブではあるが、それは間違いなく、紫苑だった。
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なぜ京都に紫苑くんが?前田一久は、以前フォトゥム展で紫苑くんと照裕くんが面合わせした公務員の方です。
次回から紫苑くんの視点に戻ります。




