世界の危機は去り
「あー、もうへとへとだよ」「やり切った感あるなぁ」「これは書類が大変そうだ」「今はやめてくれ」「酒飲みたい」「イィヤッホゥ!」「おつかれー」「誰か担架ー!気絶してる奴いるぞー」
一大歓声のあとは、もうわちゃわちゃとした集団の出来上がりだ。
俺は、功労者としていろんな人に頭をガシガシと振り回された。
「助かった!お前のおかげだ!」「見た目以上の馬鹿力してるんだな!」「ありがとう……ありがとう……!」「君のおかげで助かった」「やるじゃないか!」
それだけのことをした、という自覚はある。犠牲はあったが……。
――……犠牲?
「ちょっとどいて!その子、ひどいことになってるんだから!」
人の輪を潜り抜けて、エスカペさんがやってきた。――それで、思い出した。
俺の、腕。
全員の視線が、未だ折れた剣の柄を握っている、俺の右腕に集中した。
……厳密には、握っているんじゃない。――指がめちゃくちゃに折れて動かないので、離せないだけだ。
「――痛」
「【麻痺】」
じわり、と思い出すかのように、痺れる様な痛みの予兆を感じた瞬間、腕にエスカペさんの手が触れて、黄色い膜のような光が、俺の腕を包んだ。
「……たくない?」
「間一髪だったかも。麻酔をしたわ。
ほらほら、治療するから解散して!傷のある人は、救護班に向かって!」
シッシッ、と追い払うようにエスカペさんが言う。
いかんせん、この場の全員がお世話になった人だ。誰も逆らわず、俺にねぎらいの言葉をかけながらそれぞれ解散していった。
残ったのは、俺の治療をしてくれているエスカペさんと、ジェノさんだけになった。
「ありがとうな、照裕君。君のおかげで、わし達はまた、生き残ることができたよ。本当に、ありがとう」
「いえ、皆さんあってのことですから。俺一人じゃ、攻撃力が足りなかったのは間違いないですし」
深々と頭を下げるジェノさんに、慌ててしまった。俺は、一人で戦っていたわけじゃない。
でも、そんな慌てる俺を、ジェノさんとエスカペさんは優しい笑みを浮かべて見てきた。なんだか、気恥ずかしくなってしまう。
「照裕さん、私たちのひ孫も、よろしくお願いしますね」
「あ、はい」
エスカペさんが、クスクスと笑いながらそう言ってきたので、俺も思わず頷いて返してしまった。
……そういえば、この二人にも、紫苑は女の子として見られてるんだよな。
紫苑……。
「そうだ、紫苑も無事か確認しなきゃ」
「そうじゃな。こちらの戦闘が終わったことを伝えにゃ。――ああ、ええよええよ。わしから連絡するから、今は治癒に専念して、動かないでいておくれ」
「は、はい。お願いします」
俺は、さっそく紫苑に連絡を取ろうとしたが、それをジェノさんに止められた。……まぁ、怪我しているところとか見られたら、心配させちゃうかな。
俺のことだから、間違えて画面通話とかしちゃいそうだし、そうなるとこの腕は、紫苑には目の毒だろう。
俺が腰を落として、エスカペさんの治療を受けていると、ジェノさんが虚空を指で触れては、首をひねっていた。
「……どうしました?」
「ん、いや……紫苑がコールに出ないんじゃ」
……なんだって?
俺が思わず、自分も紫苑にコールをかけようとした時だった。
「――……なんですと!」
自衛隊の隊長さんが、驚きの声を上げた。
その場の全員の注目が、そちらへと向く。しかし隊長さんは、視線など気にも留めてないのか、うつむいて体を硬直させている。
しばらくして、隊長さんはジェノさんにとぼとぼと近づいてきた。
「何事じゃ?」
「……すぐに、大使館にお戻りください。フォトゥム国の人間も、すべて」
「何があった?」
「……話は、大使館で。お急ぎください」
意見を固持する隊長さんに、ジェノさんは「ふむ」と一息つくと、フォトゥム国の留学生――つまりはジェノさんが引き連れてきた援軍を集めた。
「中途半端な治療になってしまってすみません」
「いえ、十分です」
救護班も大使館に向かうことになり、治療をしていた自衛隊員を救護班の区域から追い出してしまうことになってしまった。
そのことに、救護班で作業をしていた蛇頭の女性が心を痛めていたが、治療を受けていた自衛隊員は笑顔で包帯の巻かれた腕を上げて、気にしていないことをアピールしていた。
俺は、重症であることから、エスカペさんの治療が必要であると判断されたので、ジェノさんたちについていくことになった。
「では、いくぞ」
ジェノさんが、広げた時だった。
「全員、動くな!」
突如、白バイやパトカーが、自衛隊員をはさんで俺たちを囲んだ。なんだ?
目を白黒させていると、隊長さんが叫んだ。
「ジェノ殿!急いで!」
「ぬ、すまん!【転移】!」
「あ、ま――」
言葉に促されるまま、ジェノさんは不穏な空気を感じたのだろう、迷うことなく【転移】を発動し、警察の言葉を最後まで聞くことなく、俺たちを大使館まで連れてきた。
「なんだったんだろう?」
同行した俺たちは、何がなんだからわからない。目を白黒させていると、スーツを着た初老の男性が、俺っちが転移してきた部屋に飛び込んできた。
「ああ、ジェノ様!ご無事でしたか!」
「時田殿。何があったんじゃ?」
後から聞いたが、この時田という男性は外交官で、ジェノさん含めフォトゥム国とのやり取りを担当している方なんだそうだ。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。
……京都に、新しいフォトゥム国が現れました」
「……あ、新しい?」
機鋼種の銃使いが、そのセンサーランプを明滅させて驚いた声を上げた。
俺やジェノさんは、RBDの中にある別のフォトゥム国の存在を知っているので、幸い、そこまで突拍子もないことだと思わなかったが。
むしろジェノさんは、複数の時間軸のフォトゥム国が、今後地球に来る可能性すら考えていた、と紫苑が言っていた。
「それが、どういう騒ぎになっとるんじゃ?」
「はい。京都に出現したフォトゥム国は、周辺地域に攻撃を仕掛け、現在戦闘状態です。
彼らの出した声明は、「自分たちがいるのは日本国の敷地ではなく独立国である」と自治権を訴えています」
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まだ、物語は続きます。




