ラストスタンディング
……しくじった。
確たる根拠はないものの、ジェノはそう思った。
目の前で繰り広げられる止まない攻撃。手札こそ豊富だが、その実、攻撃手段をあまり持たないが故に、フォトゥム国大使なんぞに選ばれたわけで、ジェノのこの場においてのポジションは強化役である。
それ故に、苛烈な攻撃に身もだえするワールドイーヴィルの姿を、この場の誰よりも冷静に見ることができたのだろう。
ワールドイーヴィルは、圧倒的な防御力と回復能力で、日本とフォトゥム国の連合部隊の攻撃をしのいで見せた。ジリ貧で負けるのが目に見えたからこそ、余力を使い果たしての最大火力で押し切る想定だった。
――しかし、足りない。
目の前のワールドイーヴィルは、焼け、爆ぜ、穿たれ、体はどう見てもボロボロだ。首長竜のような長い首も、両端から虫食いのように穴が開いており、その巨大な体躯も大小さまざまな傷が刻まれていた。
――しかし、圧倒的に、足りない。
それでもなお、ワールドイーヴィルはその四肢を大地に根差し、立っているのだ。
首の切断ができない。
体の切断ができない。
四肢の破壊ができない。
それはすなわち、脱皮して本体が出るだけのスペースが存在しているということだ。脱皮直後の攻撃も、脱皮中の攻撃も、"中"まで攻撃が通ることがなかった。それは、今なおだ。
明らかに、核たる何かにダメージが通っていないのだ。灰色の体は、体液に赤く染められ、それでもなお、最後の一線だけは守りぬいている。
これほどまでに防御に極振りしたようなモンスターは、見たことがなかった。
とにかく生き抜くことを是としたような、それでいて火力はこの世界を容易く滅ぼしそうな。ゲームの世界であれば、世界の危機としてプレイヤーが立ち向かうべき、最後の壁に立ちふさがるのも納得の能力だ。
ゲームならいい。何度でもやり直せる。しかし、現実はそうはいかない。
全力で周囲の支援をしているおかげで、残された魔法コストの残量が、みるみる減っていく。今の内だ。今の内に何としてでもあれを倒さねばならない。
しかし、先ほども言ったが、これが最大火力なのだ。
「撃て撃て、撃ちまくれ!」
「可能な限りの弾を撃て!後先を考えるな!」
「【自然魔法・火】【自然魔法・火】【自然魔法・火】【自然魔法・火】【自然魔法・火】【射出】」
「【魔力操作】【自然魔術・雷】【放射】」
「うおお!【剣風貫刺】!」
「【拳圧波】!【拳圧波】!」
ワールドイーヴィルの胴体が抉れ、爆ぜる。しかし、そこには傷こそあるが、血こそ流れているが、一定以上深く掘り進めているように思えなかった。
しかし、それでも……もはや、後には引けない。
「再生の隙間を与えるな!」
「次!」
「残弾、切れました!」
「なにぃ!」
ついに、一角から絶望的な報告が上がった。
――終わった。
ジェノの魔法コストも、間もなく切れる。そうなれば、飽和攻撃は徐々に収束してしまう。一瞬の時間があれば、再生に入るだろう。
「……エスカペ。おるか」
「はい、あなた」
「転移の術式の準備を。逃がせるだけ、逃がす」
「……わかりました」
ジェノの傍に控えていたエスカペが、悲しそうに一礼すると、保管していた術式スクロールを取りに向かう――為に、駆けだそうとした、その時。
「……っっ!?なんじゃ!?」
突如。
ワールドイーヴィルの腹の下から、鮮烈な光がほとばしった。
「……照裕君!」
あそこにいるのは、誰であろう――一人しかいない。力不足を感じ取り、自ら攻撃の隙を作るべく囮に志願した、ひい孫娘の思い人だ。
何事か、と全員の手が止まった。瞬間である。
「――――!!!」
喉はもはや背骨しか残っていないようなワールドイーヴィルから、断末魔のような音が出た、気がした。
ドン、と腹に響くような音の後、2kmは離れているジェノの前髪を、思い切り噴き上げるような衝撃波が走り抜けた。
そして。ワールドイーヴィルが、跳んだ。
腹を曲げてくの時になり、空中にかちあげられていた。
その中心には、逆手に剣――すでに刀身が破壊され、柄だけになっていた――を持ち、その拳を振り上げた照裕がいた。
「――撃てぇ!」
照裕の咆哮に、その場の全員が理解した。
――あそこが、弱点だ。
「――ぐ、【回収】!」
ジェノがすかさず【回収】で手元まで照裕を逃がした次の瞬間。
武技が。魔法が。銃弾が。
先ほどまで照裕がいた空間を打ち貫いた。
「――」
もはや声もなく。
放たれた攻撃は、その体を"貫通"した。
たっぷり、20秒かけて、ワールドイーヴィルの体が地面に背中から着地する。
ズン、という音とともに、ワールドイーヴィルの横たわる地面から放射状に、大地にひびが走る。
段々に地面が陥没し、砂埃とがれきと岩が跳ね上がり、巻き起こった。
「……」
ワールドイーヴィルが倒れ伏し。
一秒。
二秒。
十秒。
一分。
五分。
十分。
「……やったか?」
誰かが、我慢できずに口にする、そのつぶやきにも、ワールドイーヴィルが応えることはない。
その後、いくらその場の全員が不安で凝視を続けても、ワールドイーヴィルが動くことはなかった。
「……勝った」
ジェノの隣で呟かれたその言葉に、ジェノは視線を向けた。
ぐしゃぐしゃにひしゃげ、ボロボロの風体ではあるが、真っ赤な血に濡れたその手に、剣の柄だけを握りしめて。
照裕は、立ち上がり、手を上に掲げた。
「俺たちの――勝ちだ!」
その時。
間違いなく、ワールドイーヴィルの産声よりも、大きな声で、歓声が上がった。
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さらば、RBDの神。




