選手交代
攻撃しても、攻撃しても、有効打が与えられない。更には自己回復能力も強化されているのか、刻まれたキズが、気が付けば傷一つない表皮に戻っている。
その驚異的な耐久力で思い出すのは、ゲームの世界で最後に戦ったワールドEだ。初めに出てきた時は、三本首だったが、ひょっとしてこいつは、あの時戦ったWEだったんだろうか?
千日手に近しい――いや、実際にはジリ貧の現状、あの時の状態に酷似しすぎていたので、俺はそう思った。
こちらも、攻撃に比重を置くことができなくなってしまったので、どうしても立ち回りが慎重になっている。
それどころか、援護している魔法の威力が急に低下してしまい、弾幕を張っても煙幕すら上がらない。
おかげで、今までより前衛が回避に集中しないといけないのでダメージが減っている。攻撃力と回復力の差で、どうしてもワールドイーヴィルに軍配が上がる。
どうしたものか、と手をこまねいていると。
俺たちの後ろから、ぞろぞろと迷彩服の男たちがやってきているのに気づいた。
一人が一歩前へ出る。
「失礼します。フォトゥム王国大使、ジェノ=ベーゼ様とお見受けします」
「ぬ?そうじゃが、おぬしらは?」
「はっ。我々は日本国自衛部隊第二、陸戦自衛隊第8番大隊であります」
「おお、ご丁寧にどうも。フォトゥム王国日本大使、ジェノ=ベーゼです」
敬礼をし、自分の所属を名乗る自衛隊員に、笑みを浮かべて深々と頭を下げるジェノさん。
「これは、日本国からの援軍、ということかの」
「援軍、とは異なります――が、似たようなものと考えていただいても。
先ほど、日本政府は白竜を危険外来種と断定、現時点を以って、戦闘を我々日本国自衛部隊が主導で行う決定をいたしました。
先ほどの様子を見ておりましたが、あの黒竜は、元々の白竜である認識です」
「うむ、それは間違いないぞ」
確認を取る自衛隊の男性の質問に、ジェノさんは眉をひそめながら頷いた。どうしたのかと思ったが、続けた自衛隊の男性の言葉に、俺も思わず唸ってしまった。
「つきましては、大使殿には避難していただき、戦闘員の命令権を頂きたく」
「ぬぅ、命令権、のう……」
うん……それもそうか。自分の国で災害が起きてるんだから、それを納めるのは自国でありたいよな。そうなると、俺たちは自衛隊に組み込まれる?のか?
どういう扱いになるんだろう。
俺がそんなことを考えていると、ジェノさんは困ったような表情を浮かべて口を開いた。
「実はのう。今戦闘を行っているのは、わしの部下などではないのじゃ」
「……は?え、では、一体?」
ジェノさんの言葉に、俺も、話していた自衛隊の人も驚いて間抜けな声が漏れてしまった。
「ありゃ、フォトゥムからの留学生じゃよ。わしらの国は、ああいうのがべらぼーに居るんでな。
今回は、普通に害獣狩りのつもりで手を出しておったんじゃ。その時に年長者が指示を出すのは、まぁいわゆる通例じゃな。
そういうわけで、護衛とか戦闘員というわけじゃないんじゃよ。あれが、わしらの国では普通でな」
「ふ、普通で……が、害獣狩り、ですか。しかし、そうなるとあの武装は」
「フォトゥム展で運んできた武器を貸し出しておる。破損などの被害は全部こっち持ちじゃから、気にするな」
「え、えぇ……」
【アビリティ】を駆使した火力を期待していたのか、その実全員が民間人であるという事態に、目の前の隊員さんたちも困惑しているようだった。
……というか、俺も驚いていた。あれが、留学生……。
呆然としていると、自衛隊員は俺に気付いた。
「え、と。そちらの青年は日本人に見えますが」
「あっ、はい。日本人です」
反射的に、そうだと答えてしまって、「しまった」と思った。このままジェノさんの一味だと思ってくれてたら、ここを離れて紫苑の安否の確認ができたじゃないか。
そこで、再びジェノさんが口を挟んだ。
「彼はな、"帰還者"じゃよ」
その一言で、自衛隊員は目を見開いた。帰還者?なんだろう?
「帰還者!あの!」
「ニュースを見る限り、あのドラゴンは噂のゲームのサーバーの建物から出てきたじゃろ?この子は、わしのアドバイザーとして呼んでもらったんじゃ。万が一のために装備も貸してな。
もし、そちらで代わりに戦ってもらえるならこの子も避難させたいんじゃが」
「そ、そうですか……うむ……」
困ったように呻く隊員さん。
「隊長。ここはいったん上の判断を仰いだ方がいいかと。まずは、我々だけで白竜を攻撃しましょう」
脇に控えていた女性隊員さんが、困って唸っている隊員さん――やっぱり隊長だったらしい――に声をかけた。まぁ、このまま足を止めていても、状況が好転しないのは確かだ。
「うん……まぁ、そうだな。私だけで決めていい内容じゃあないなこれは。
……わかりました。それでは、一旦民間人の方々は退避してください。あとは我々が引き継ぎます」
「よかった。よろしく頼むぞい。
――皆の衆、撤退じゃ!この国の兵隊さんにお任せするぞ!」
「了解!」
ジェノさんの一喝に、そそくさと波が引くように逃げる面々。魔法使いは、煙幕を生み出す魔法でも使ったのか、WEがいる一帯に、濃い霧を発生させていた。
「ぬ?ほう、そういうことか」
その様子を見て、ジェノさんがつぶやいた。何事か、とWEのほうを見ると、WEの周囲だけ、霧が発生せず、WEを中心にしたドーナツ状に穴の開いた雲が出来上がっていた。
「おそらく、あやつの周囲には魔力の効果が反映されにくい効果が付与されていたんじゃろう。それで攻撃魔法の威力が下がり、流れ弾が地面に着弾しても、煙幕が発生するような威力にならなかったんじゃな」
なるほど。しかし、その範囲外までは当然フォローできず、結果前衛が隠れる煙幕は、ワールドイーヴィルの周囲に残ったわけだ。
「全軍、配置に着け!」
「了解!全軍、ミーティング通りに動け!」
「了解!」
隊長さんの掛け声に、やってきた部隊員が答えて、ばらばらに散らばっていく。
戦車などを使わないのは、俺が戦ってた時の反省点だろうか?ワールドイーヴィルとの戦いで大事なのは、被弾しないことだ。重装甲の戦車であっても、奴の攻撃力に耐えられない。
そうなると、戦車の機動力では攻撃をさばけないので、全員が歩兵なのだろう。
「爺さん、戻ったぜ」
「なんだなんだ、兵隊来たのか」
「ふー、しんど」
「ありゃ反則だぜ。なんだってあんな、急に防御力上がったんだ」
次々に戦っていた面々が帰ってくる。
「お疲れ様じゃ、皆の衆。まずはエスカペのところに行って、回復しておいてくれ」
「ん?まだ戦うのか?」
ジェノさんが、まだ戦闘の意思を解かないことに、機鋼種の一人が訝しげな声を上げた。
「さっきまでの防御力を見たじゃろ。豆鉄砲で何とかなる相手か。
ついでに、先ほど兵隊さんに徴兵されるところじゃったわ。今は免れておるが、進展次第だと、まだ出番が回ってくる可能性があるからの」
「げー、命令されるのは嫌なんだがなあ」
ジェノさんの予測に、ベロを出して嫌がるのは、弓使いの獣人種の女性だ。他の面々も、軍隊はごめんだ、という感じで不平を言いつつ、後方の救護部隊へと向かって行った。
一方で、俺とジェノさんが自衛隊の動向を見守っていると、近くに待機してた隊長さんと、先ほど意見を言っていた女性隊員さん――たぶん副隊長か何かだ――の話が聞こえてきた。。
「隊長。総員、配置につきました」
「よし、戦闘開始!」
「了解。総員、戦闘配置!」
掛け声と同時に、ワールドイーヴィルを囲む兵士たちの一斉射撃が始まった。
爆音と火花が飛び散る。銃声が鳴り響き、細い【火球】のような弾丸が、ワールドイーヴィルに群がっていく。
「ゴアァァァアアアッッッッ!!!」
……あれ?効いてる?
あっけにとられる俺たちの目の前で、細かく――しかし確実に傷に血を吹き出しながら苦しそうな声を上げるワールドイーヴィルの姿が、そこにあった。
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またもチートを発揮するワールドイーヴィルでしたが…?




