VSワールドイーヴィル
これが、高レベルの戦い方か。
俺は、目の前で繰り広げられる、戦争の前線のような光景を、ジェノさんの傍で見ていた。
「全く、危なっかしいったらないのう!ほれ、【回収】じゃ!」
目の前で、緑地に金の刺繍のはいったローブを身に纏ったジェノさんがその手に持ったいかにもな杖を振るうと、ワールドイーヴィルの尾に叩き落とされた鳥の獣人が一人前線から消えた。
「――おぐっ!」
瞬間、ずしゃり、と後ろから音がして、同時に呻き声がした。振り返ってみれば、先ほど消失した鳥の獣人が、地面に横たわっている。
彼の身を守るブレストプレートは、べっこりと大きくひしゃげており、明らかに肋骨は折れ、内臓にダメージが入っているのが見て取れる。
「立ち位置ミスったからじゃ。エスカペ、頼んだぞい」
「はいはい」
ジェノさんが愚痴りながら、後ろで作業している女性の精霊種の名前を呼んだ。彼女の名はエスカペ。ジェノさんの奥さんだそうだ。
彼女は、鳥の獣人を軽々と持ち上げて、同じく負傷した面々の所へ運んでいく。
俺たちの後ろで呻いているのは、いずれもワールドイーヴィルとの戦闘で負傷して、まだ命がある面々だ。
――すでに、ジェノさん達が到着して、軽く30分は経っている。
かつてゲームの世界でクランバインさん達と肩を並べた時以上の人数で援軍に来たジェノさんは、後方支援として負傷者の回収と、前衛組の支援に集中していた。
その作業量は、何もわからないなりにすごかった。
「……む、【詠唱加速】【筋力強化】【知性強化】【反応強化】【魔力操作】【射出】【誘導】」
ジェノさんは、瞬間的に何かを詠唱しては、前衛の面々に白い球をぶつけていく。これは、シオが使うのを諦めていた強化魔法のジャンルらしい。それにしても複数の要素が絡み合って何をしているのか全く分からない。
ジェノさんが言うには、例えば【筋力強化】だけであれば、自分の認識よりも強い力は扱えないので、体の操作が上手くいかなくなるのだとか。
そこで、【知性強化】と【反応強化】で、脳が強化された体を十全に動かせるようにするのが大事らしい。
その分、詠唱は長くなるし、コストも増える、らしいのだけど、ジェノさんはその辺りが特別なのだとか。
「またか。【自然魔法:風】【障壁強化】【反射】【凝縮】からの、【魔力操作】【射出】じゃっ」
時折、前衛の隙をついてワールドイーヴィルはその口から様々な色の靄を吹きかけてくる。しかし、その兆候を見て取るや、ジェノさんはワールドイーヴィルの吐く息をまとめて、更にワールドイーヴィルのどてっ腹にぶつける。
何か良くないモノなのだろうとは思うが、自分の体からできた者は影響を受けないのか、ひるみはするものの、意に介さず暴れるワールドイーヴィル。
しかし、有効打をちょくちょく邪魔していることもあって、ストレスからか行動が俺と対峙していた時よりも荒い。その隙を突かれ、着実にダメージが積みあがっている。
現に、既に満身創痍の様相を呈している。
赤い両手剣を持った戦士が剣を振るえば、その軌跡が燃え上がり、俺ではかすり傷一つつけることが不可能だったワールドイーヴィルの体に、深く、赤い傷が刻まれる。
苦しそうに身をよじるワールドイーヴィルの隙を、ジェノさんが連れてきた魔法使いたちは見逃さない。
「【魔力操作】【自然魔術・火】【射出】【拡散】【威力強化】」「【魔力操作】【自然魔術・氷】【拡散】【射出】【自然魔術・蔓】」「【魔力操作】【自然魔術・雷】【射出】【回転】【狙撃】」「【魔力操作】【自然魔術・風】【射出】【切断】【二重発動】」「【魔力操作】【自然魔術・陽】【放射】【集中】」
魔法使いは後方から、絶えず色とりどりの光球や光線を生み出しては、ワールドイーヴィルに絨毯爆撃を行っている。
更には、それによる砂埃で、ワールドイーヴィルは攻撃している面々の姿をかき消されて、攻撃目標が定まっていないようだった。
首や尾を振りまわし周囲を警戒しているが、砂埃の中のプレイヤー達を確認できているわけではない。
攻撃に手ごたえはなく、四方八方から攻撃され、ずいぶんと苛立っているのが見て取れる。大技を準備しては潰され、攻撃の隙を突かれては体の傷を増やしているからだ。
そして、また性懲りもなく大技を準備するためか大きく首の一つをのけぞらせた。
「ッシャアーーーッ!その首もらったァーー!」
雄たけびと共に、残った二本の首のうち、二本角の頭が刈り取られた。
「Guウォアァァァァァアッッ!!!」
体液を首の切断面から噴き出して、雄たけびを上げて暴れまわるワールドイーヴィル。最初、三本角がなくなった時も、同じことが起きた。
その時には、その巨体で駄々っ子のように暴れまわり、転がりまわると思わなかったので、ずいぶんと援軍のメンバーが負傷してしまった。
しかし、今は違う。首が駆られた時点で、ジェノさんが近くに、逃げきれないくらい近づいてしまっている面々をワープさせていたからだ。
「うーい、おつかれー!」
「ういー!」
相当痛かったのか、ゴロゴロと転がっているワールドイーヴィルを尻目に、俺の後ろで二本角を狩った功労者の獣人の戦士と、そのパートナーらしい、機鋼種の銃使いがハイタッチを交わしていた。
「うむうむ。ようやったのう。あと一息じゃ」
元気な二人と違って、他の面々は疲れがたまっているのか、大きく息を吐きながら腰を落としている。そんな俺たちに、ジェノさんは満足そうな笑みを浮かべて発破をかけてくる。
「待て、様子が変だ」
と、一人の斧使いがワールドイーヴィルを指して警告してくる。
瞬時に緊迫した気配を纏わせて、全員が暴れるワールドイーヴィルを睨んでいると、じたばたと暴れていたワールドイーヴィルの動きが止まった。
仰向けに寝転び、四肢を投げ出している。
「……死んだのか?」
誰かが呟いた刹那。ワールドイーヴィルの腹が真っ二つに裂けた。すわ何事か、と睨んでいると、その傷から、ぬぅ、と真新しいドラゴンの首が出てきたのだ。
その頭には、五本の角が生えていた。しかし、なぜかその体色は黒に戻っていた。黒い体表から白い体表になって、が本番じゃなかったか?
俺がその光景に疑問を感じていると、ジェノさんがWEを見て、面倒くさそうな表情を隠さず溜息を吐いた。
「ふぅむ。脱皮してHP全回復、かのう。厄介な能力じゃ」
「物理法則も何もあったもんじゃねえな」
「今更それ言うか~?」
周りの面々が、思い思いに愚痴を述べるが、その表情は戦意に満ちており、言うほど嫌気がさしているわけではなさそうだった。
「残りの首は一本。これがラストじゃろう。
全員、総攻撃じゃ!」
「「「「「「応!」」」」」」
ジェノさんの掛け声に、再びワールドイーヴィルを包囲するように陣形を組み、思い思いに――それでいて連携しやすいように周囲に気を使いながら、前衛陣が飛びかかり、後方陣が魔法を放つ――が。
「ぐ、何だ!?」
「魔法の効きが悪い……?」
それまで優勢だった勢いはなく、攻撃は微かな傷しか与えられず、一部の魔法に至っては弾かれる始末だ。更に悪いことに、魔法が外れて地面に着弾しても、ガレキこそ巻き上がるが、なぜか砂埃が起きない。
煙に紛れてのゲリラ戦を封じられ、遠距離からの有効打はなくなってしまったのだ。
前衛は必然、回避行動を余儀なくされて攻め手にあぐねる。後衛も、様々な魔法を繰り出すものの、それらはダメ押しにすらならない。
何だ、一体どうなっているんだ。
相も変わらずブレスを吐いては、ジェノさんの【スキル】で反撃されているが、こちらも効果は芳しくない。その様子に、顎に手を当てて唸るジェノさん。
彼にも、何が起こっているのかわからないようだった。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
フュンフュールはWE複数の力を持っていますが、使い方も分からずスペックでゴリ押ししているだけです。おお、無様無様。




