初めてのダメージ
痛々しい描写があります。ご注意ください。
なんだ、何が起こった?
腹が、ズン、と重くなって。
視界に青が混じり、白が混じり、茶色が混じった。ぐるぐると視界が回って、ふわふわと体の重さを感じない。
――かと思えば、背中に衝撃。
「ごあっ」
「シオ!」
思わず喉から声が漏れ、息が止まる。視界にチカチカと火花が散って眩しいのに、まぶたを閉じる事もできない。
頭も痛い。全身が痺れて、うまく体が動かない。自分の体勢が、どうなっているのかもわからない。
まるで魂が、半分出かかっているようだ。
「――がっは!――あ……ぐ……はぁっ!……はぁっ!はぁっ!」
体の硬直が解けた途端に、息を荒く吐き出すことができた。でも、その後、息ができない。思いっきり息を吸っているのに、酸素が全然腹の中に入ってこないようだ。
俺の体が反射的に、俺の体の中身を吐き出そうとしていた。
息が上手く吸えない。息が上手く吐けない。フワフワしている。ズン、としている。ビリビリしている――俺の体はどうなってしまっているんだ?
関節が熱い。全身が冷たい。目を開けているのに、目を閉じているように何も見えない。青空も白い雲も見えるのに、星空のようにチカチカと星が煌めいている気がする。止まっているはずの視界が回り、何が写っているのか、全然わからない。
何だ?何が起こった?混乱している俺と、冷静な俺がいる。どうしたんだ冷静な俺。
――ああ、そうだ。俺は、敵の攻撃を、直撃で受けてしまったんだ。
これが、この状態が、ダメージか。
「シオ!」
テルヒロの声がした。視界の端に、こちら向かってるマッチ棒が見えた。足音が近づいてくる。
……マッチ棒は、俺の方に駆け寄ろうとして来るテルヒロだ。表情は見えないけど、多分焦っているだろう。心配してくれるのは嬉しいが、だめだ。
俺は、手のひらをテルヒロに突き出した。
……よかった、体が動いた。いや、違う。ただ、腕がちょうどあいつに向いていて、握っていた掌を開くことができただけだ。
でもテルヒロには、ちゃんと「こっちに来るな」と俺が言いたいことは伝わったようだ。ザリ、と砂の音がして、こちらにやってくる足音が止まった。
今は、出てきた敵を足止めしておいてほしかった。俺に近づかれることで、ターゲットが俺に向いたら今度こそ死ねる。
「……ぁあっ!はぁっ!……はぁっ!」
ああ、くそ。苦しい。動けない。きつい。苦しい。
*--
突如、地面から生えてきたでかいミミズに紫苑が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
なんだ?地面から出てきて不意打ちなんて反則だろう。
俺は、紫苑の体が空中からワンバウンドした後、ゴロゴロと転がっていった姿を呆然と見ているしかなかった。
「紫苑!」
我に返ると、紫苑の元に駆け寄ろうとしたが、彼――いや、見た目が女の子になっちゃっているから、彼女でいいか?――彼女は、手の平を俺に向けてきた。
こっち来るな、のハンドサイン、だと思う。
何故だ?助けようとしたら真っ先に拒否されて、俺は戸惑った。しかし、何かを叩きつけるような音に振り向くと、紫苑を吹き飛ばしたミミズ野郎が体を地面に叩きつけては縦に裂けた牙の生えた口を開いて、紫苑の方を向いて、シューシューと音をたてていた。……多分、威嚇か何かだろう。
そうだ。俺が紫苑の所に行ったら、ミミズも間違いなく紫苑の方へ行く。紫苑は、間違いなく今動けない。どうなるかは火を見るより明らかだ。
今は、俺が魔物を引き受けなきゃいけない。
俺とミミズと紫苑は、三角形のような立ち位置になっている。ただ突っ立っているだけでは、ミミズは紫苑に向かっていくだろう。
そうだ。俺は、紫苑の『剣』であり、『盾』だ。そもそも、敵の攻撃を全て引き受けなきゃいけないのは、俺の仕事だ。この山に来るまでの間、紫苑に口を酸っぱくして言われたことだ。
さっきは、俺は役目を果たせなかった。幸運なことに、紫苑はまだ生きている。もう、こんな事をと繰り返すことはできない。
俺は、決意を新たに剣を握りしめると、踵を返して巨大ミミズに立ち向かう。今は、地面から頭を出しているから攻撃が狙える……はずだ。
「おらぁ!」
俺は肩に剣を担ぐように振りかぶると、全力で薙ぎ払ってその首を切り落とそうと一撃を繰り出した。
戦い方の流れは、紫苑から何度も教えてもらった。最初の一撃を敵より早く繰り出せるなら蹴り、そうでないなら剣。
何でも、不意打ちに蹴りで攻撃を始めると、『スタン』?と言うものが狙えるかららしい。何度も失敗しては、やり方を教えてくれていた紫苑には感謝しきりだ。
今は、既に敵さんがやる気になっているから、蹴りが狙えるかわからない。でも、悩みは敵だと紫苑は言っていた。
ここは直感だ。剣の攻撃でいいだろう。
幸い攻撃は当たって、首だか胴体だかわからない部分を撫で切りに切り裂く。切り口からは紫色の体液が迸った。
「ギュィイイイィィィ」
呻き声か、威嚇の鳴き声か、聞くに堪えない雑音を出して、ミミズは紫苑に向いていた鎌首を、ぐるりとこちらに向けた。よし、とりあえず注意を引けた。
後は倒れて動かない紫苑の容体だ。もし死んでるとか死にそうとかだったら、俺は俺の油断を悔やんでも悔やみきれない。
「……ぐ、ぐぅ……うぐぐ……」
そう思っていたら、紫苑の声が聞こえた。呻きながら身じろぎしている。よかった、生きてる。
チラ見たしたところ、地面に血が広がっていることもなく、出血もそこまでしていないようだ。後は、内臓とかに致命傷を負っていないかが気になる。
でも、まだ走り寄って確認するような余裕はない。今は、紫苑が復帰するまで耐えるんだ。
見たところ、たかだかでっかいミミズだ。そこまで苦戦するとは思えなかったし、上手く倒してしまえばいいだけだ。
――そう思っていた。
紫苑が来てから、俺の調子は右肩上がりだったから、少し緊張感が緩んでいたのは間違いない。紫苑が怪我をしたのも、多分そういった俺の油断が原因だ。
それもこれも、俺が上手く行っていたのは紫苑のアドバイスがあってこそだったことを、俺はもうちょっと、よく考えるべきだった。
気が付いたのは、打ち合いが10合を超えた頃だった。俺も攻撃を完全によけきれていないので、擦り傷や打ち身が増えていたが、相手にも傷が増えてきて、見た目中々にダメージを与えられている……と思っていた。
辺りにはミミズの体液だけがまき散らされ、所々が紫に変色している。しかし、相対している巨大ミミズの出血は少ないことに気づいた。
よくよく見れば、さっき切って出血しているところが、見る見る間に傷が無くなって、既に出ていた体液だけがべしゃり、と地面に落ちた。後は、特に傷跡のようなものも見えない。
「再生してるのか!?」
やばい!やばいやばい!
一気に焦りが噴き出した。
相手は攻撃しても回復してしまう。ひょっとしたら、真っ二つに切り裂くことができれば勝てるかもしれない。剣の長さ的にもギリギリ可能には見える。
しかし、よしんばやるにしても密着レベルで接近しないといけないのは間違いない。そこまで潜り込めるか?暴れるミミズの体をくぐり抜けて、上手く地面と水平に切り裂く――できるかどうかはわからない。一か八か、が過ぎる。
それに最悪の想定がある。真っ二つに切ったら、両方が再生して二匹になったりしないだろうか。なんにせよ、試すにはリスキーすぎる。この戦いは、どんなに上手く行っても今のままなら長期戦だ。
相対している俺は、攻撃をよけきれないからダメージが増える一方だ。このまま果たして長期戦ができるか、と言われれば、正直無理だ。このままではジリ貧で負ける!
しかも、それは俺だけの問題じゃない。俺の後ろには紫苑がいるんだ。
俺を助けに来てくれた紫苑を、俺のミスで危険に引き込んでしまっている。終いには共倒れで死ぬなんて、恩を仇で返すにもほどがある!
ああ、ちくしょう。全然うまく行かない。俺だけじゃ、やっぱりダメなんだ。やっぱり、俺には紫苑が必要だ。一昨日までも、こうだったから失敗したっていうのに!
俺は、攻撃を控えて防御に徹することにした。何とか、紫苑が回復するまでの時間だけでも引き伸ばさないと。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告ありがとうございます。
シオくんの反応は、かつて自分が車に轢かれた時の経験を思い出して描写しました。
個人的には、轢かれた時の痛みよりも、吹き飛ばされた後に一緒に吹き飛ばされたママチャリのかごが、うつ伏せに倒れる私の後頭部に降ってきた時のほうが痛かった気がします。笑われたし。