VSフュンフュール
照裕くん視点です。
「紫苑!」
複数の頭を持つドラゴンの真ん中の頭――五本の角が生えている――が、大きく顎を開けた。ブレスの予備動作だ。しかし何故か紫苑は、ぼぅ、とした表情になって考え込んだ様子だった。
それを見てか、俺は迷うことなく紫苑を抱えて、その場を飛びのいた。
俺たちの背後に、すさまじい熱気を感じる。間一髪、避けきれたようだ。
振り返れば、俺たちを睨むようにブレスを吐いた頭が視線を向けている。俺は、反射的に壁際に向かって飛び退った。
すると。
「――ンGuァっ!?」
ワールドイーヴィルは、俺たちを追うように頭を動かして、迂闊にも穴の開いた建物の壁に思いっきり横っ面をぶつけた。
怯んだ隙に、俺は壁に開いた穴に、怯んだドラゴンの頭を潜ってから、ひょい、と飛び出した。たかだか博物館二階程度の高さだ。飛び降りた所で、今の俺にはどうと言うことはない。
が。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!?」
あ。
俺の抱えていた紫苑は、そうではなかった。思わず情けない声で叫び声を上げたのだ。
両腕がふさがっているので、耳元で叫ばれてしまい、少し耳がキーン、となったものの、俺は紫苑を落とさずに綺麗に着地を決めた。
「――ヒぅ……っ!照裕、走れ!」
紫苑の指示に、振り返ることもなく従う。紫苑が方向を指示しないなら、ただ真っすぐ、目の前だ。その直後、俺達の居た場所に火柱が立った。――魔法、か!?
そうか、見た目に騙されたけど、ドラゴンの攻撃はブレスだけじゃなかった。
俺には振り向く余裕のないものの、紫苑の適格な指示の元、回避目的で駆け回る。飛び退り、加速し、その度に背後で爆音が上がり、瓦礫や氷が突き刺さっていく。
そうこうしている内に、建物の間をすり抜けるように動く俺達の姿を見失ったか、気付けば攻撃が鳴りやみ、遠くに建物の崩れる音と、わずかな地響きだけになった。
ふぅ。もう大丈夫か。
俺はそう判断して、ようやく紫苑を地面に降ろしてあげることができた。紫苑は、地面に降りたと同時に、べしゃり、と崩れ落ちた。息も荒く、激しい消耗が見て取れた。
当然か。
俺は、異世界で身に着けた能力も、身体能力も引き継いでいる。しかし、紫苑は何故か向こうの世界の体のままで、しかも身体能力は異世界に行く前と同じ状態の据え置きだ。
とてもじゃないが、肩を並べて戦える感じじゃない。
「ここは任せて、どこかに隠れててくれ」
俺がそう言うと、紫苑は素直に頷いてくれた。
「お、おう……。
あ、向かって右の首に気を付けろ。できれば左の位置をキープしてくれ。わかってるだろうけど、正面からはマジで愚策。でも、真ん中の首が何してくるかわからないから、視線に気を付けて。
極力横を取るんだ。
右の首のツヴァイトが一番、攻撃パターンが多彩だ。他の首と、直線上に居れば、ブレスは対策できると思う。魔法も、無差別はコスパ悪いから使わないと思う。設置型発動ばかりだから、とにかく逃げ回って。
左のドライトは物理オンリーだから、ブレスさえ気を付けてれば何とかなるから」
「解った。さんきゅ」
紫苑からもらったアドバイスを胸に刻み、俺は隠れた地下鉄の階段を駆け上がり、奴の目の前に体を晒すため、走る。
まずは何とか、紫苑が隠れているところからは、ずっと引き離さないとな。
奴の目的はわからない。でも、どうにも俺や紫苑を目の敵にしているのはわかった。
そうなると、今この世界に居る、あのゲームのプレイヤーか、あるいは最後のゲームの世界で相対していた時の話を鑑みれば、人間全てか。
なんにせよ、俺たちに因縁があるおかげで、体のいい囮になれている。
この辺りで、被害を食い止めておきたい。
「爺ちゃん、ワールドイーヴィルは東京博物館近辺にいる!」
紫苑の声を尻目に、俺は地上に飛び出て、右手で紫苑の作ってくれた剣を一振り。
しっくりと手になじむ感触を返してくれるこの剣は、間違いなくあの異世界で、最後に使った剣だ。
なんだか材料とかはよくわからないが、とにかく紫苑が「奇跡的に最高傑作ができた」と、珍しく自信満々で渡してきた、幅広の両刃剣だ。
炎のように柄から伸びる、刃に刻まれた装飾がかっこいい。最後の戦いで、尾撃を受けた際に、刀身のど真ん中にひびが入ってしまったものの、しっかりとその後の戦闘をやり遂げた名刀だ。
この世界でも、また握ることになるとは思わなかった。
しばらく駆けて角を曲がれば、ちょうどビルの陰から五本の角を生やした頭が伸びて、俺を凝視した。……なんだか、ニヤついている気がする。
それは、俺が一人で立っているからか。
確かに、冷静に考えれば、現状の俺の行動は、狂気の沙汰だ。あの巨体もさることながら、そもそも戦闘能力が桁違いだ。
何せ地球に帰る際の戦いで、クランバインさんたち王国騎士団全員が束になっても勝てなさそうなメンバーでなお、有効打を与えられなかったお墨付きだ。
それに、単身で挑もうとしているようにしか見えないのだから、まるで俺が、玉砕覚悟のようにでも見えているのだろう。
俺は、右手に握る剣の峰を額に当て、目を閉じる。
――いくぞ、紫苑。
俺は、一人じゃない。
「うおぉぉぉぉぉっ!【スラッシュ】ぅ!」
俺は、真正面からワールドイーヴィルに突進した。
奴は、五本角の頭の口を開き、迎撃するつもりだ。しかし、俺の戦略には、紫苑のアドバイスがある。
真正面からとびかかったとして、真正面で戦うつもりはない。
「【目つぶし】」
俺は、タイミングを合わせて二つ目の【スキル】を【チェーンコンボ】で繋げる。瞬間、駆ける俺が踏み出した一歩から、俺の姿を覆いつくすほど砂が巻きあげられた。
『Guru!?』
何事か、と思ったんだろう。声を上げて、明らかに敵の動きが止まった。
その間に、俺は敵の右側の前足に回り込んでいる。ネモの見せてくれた、基本的だが奇襲には有効な【チェーンコンボ】だ。
「ぬんっ!」
肩に担ぐように剣を振り上げ、全力のフルスイングを爪の付け根に叩き込む。
『GawuUッ!!』
「んっ?」
ガイン、と甲高い音を立てて、攻撃がはじかれてしまった。――が、攻撃はうろこ一枚を剥いで、数化ながら傷を残した。微かに緑の血が巻きあがる。
攻撃が、通った?
正直、ターゲットを引く――ヘイトをためるための攻撃のつもりで、決して有効打を狙ったものではなかったのだけど。
しかし、俺の攻撃は確実に、通っていた。
一瞬、欲目が出た。攻撃が通るのであれば、同じところを続けて攻撃すれば確実にダメージが入る。
しかし、すぐにその誘惑を打ち消す。大きく飛び退って距離を取り、相手の出方をうかがう。
脳裏に浮かんだのは、ラルドさん。
――いいか。俺たち盾役の一番の仕事は、ダメージを与えることでも、とどめを刺すことでもない。俺たちの後ろに、攻撃を通さないことだ。
まだ、俺が駆け出しのころ。立ち回りの訓練で、ラルドさんの誘いに乗って武器をはじかれた時。跳ね上げられた盾に目を奪われ、追撃のチャンスだと踏み込んで、気が付けば喉元には模擬剣が添えられていた。
まさに、あの状況だ。
俺の目的は、こいつを倒すことじゃない。紫苑にターゲットが向かないよう、俺にくぎ付けにすることだ。
やはり誘いだったのか、三本角の頭がこちらを見て、面白くなさそうに鼻を鳴らした。なんだ、俺には興味ないってか?
でも、ここを通すわけにはいかない。
俺は、挑発するように両刃剣をクルリと回し、手甲を盾のようにして腰を落とした。
「さぁ、【ヘイトクライ】!俺が、相手だ!」
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もはや会うことができなくても、彼の中に生き続ける経験が、彼をWEと相対できるまでに成長させてくれたのでした。




