日常の終わり
俺たちが、団欒の昼食を楽しみ始めて、しばらく。冷やし中華も3分の2が無くなったころ。
天気予報をやっていたニュースに、緊急速報が走った。
『番組の途中ですが、緊急ニュースです。
本日開始された救助作戦が、中断しました』
――……何!?
俺たちは食事の手を止めて、テレビを食い入るように見た。
『現在、南区では緊急避難警報が出ています。隣接する中央区、東区、南区にも、避難警報が出ています。
――今、現場の状態が確認できました。先取さん!現場はどうなっていますか!』
画面が切り替わる。
……?暗い?
切り替わった画面は、暗闇に包まれていた。微かに、そこに人がいるのが判る。パラパラと、砂埃が落ちている。
ここは、どこだ?
『……げ、現場の、先取です』
レポーターの蚊の鳴くような、細い声だった。先ほどまでの、はきはきした様子は、どこにもない。
『と、とつぜん、ビルが、倒壊しました。私たちは、がれきの下に居ます。
――ひっ』
突然。爆音と同時に画面がぶれた。
「……地震か?」
同時に、俺たちのほうでも、地面が揺れた。ガラスが微かにビリビリと音を立てる。
照裕が、訝し気に外を見る。視線につられた俺も見ると、はるか遠くに、一筋、黒煙が立ち上っていた。
「……えっ」
思わず、声が出た。
俺の反応に誘われてか、どうやら両親も同じ方向を見たようだ。
「まぁ……!」
「っ……!?」
二人も絶句する。
目の前で、はるか遠くのなにかが土煙を上げて、立ち上る煙の柱を増やしていく。更にはそれが、徐々に広がっていった。
『先取さん!大丈夫ですか!いったい何があったんですか!?』
『あくま、あくま、です……』
スタジオのアナウンサーが、焦った声でレポーターを呼ぶ。しかし、レポーターの方はそれが聞こえていないように、うわごとのように呟く。
『……っ!』
でろり、と。画面の半分が、赤くなった。
ひょっとして、このカメラを映している人は、もう。
『悪魔が、でました』
『『『GuRrrrrrrruuuuuuuuuuoooooooooooaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!』』』
聞き覚えのある雄叫びに、俺はその体を強張らせた。
その声を最後に、映像が途切れた。
『先取さん!先取さん!聞こえますか!?先取さん!』
画面は暗がりからスタジオに戻った。既に、画面が切り替わっているのに気づかないのか――いや、気付きたくないのか。途切れた音声の向こうに、スタジオのアナウンサーが焦ったように問いかけている。
その様子に、他のスタッフが読んだのか、もう一人アナウンサーがやって来た。
『――どいて。
近隣の皆様、焦らず、落ち着いて非難してください。
南区全域が、危険です。近隣の区域の皆様も、落ち着いて非難してください』
錯乱しているアナウンサーをどかして、新しくやって来たアナウンサーが避難報道を引き継いだ。しかし、その新しいアナウンサーも顔を青くしている。
俺は、ニュースを尻目に、外の黒煙の柱を睨む。南区――二つ隣の区ではあるが……。ここも危険区域に巻き込まれるのは間違いない。
「父さん、母さん。二人とも、避難の準備を」
「う、うむ」
「紫苑、貴方も手伝って」
「う、俺は……」
――俺は母親の言葉に、即答できなかった。
視線を彷徨わせた俺は、思わず困って、照裕を見た。照裕は、俺の視線に合わせると、こくり、と頷いた。
「すみません、おばさん。紫苑、借ります」
「えっ……でも、でも……」
俺の代わりに答えた照裕の言葉に、母親は驚いた表情で、俺と照裕に視線を彷徨わせる。どう、口を開いたものかと悩んでいるようだ。
俺の心配をしてくれているのだ。気持ちはありがたいが――。
そこで、親父が母親の肩を抱いた。その手を見て、母親は親父の方を見た。
「あなた……」
「紫苑、それは、お前が行かないといけないことか?」
親父は、何かを感じ取ったんだろう。今まで俺を思ってか、ほとんど目線を合わせていなかったのに、今はまっすぐに、俺を見ていた。
俺は――俺は、その言葉に、答えるべきだ。そう、感じた。だから俺も、親父の目線を、真っ向から迎え撃った。
「ああ、多分。俺達じゃないと、ダメそうだ」
「……そうか」
親父は、俺の言葉に、ふっ、と苦笑した。
「行ってきなさい。気を付けて。母さんは、俺に任せろ」
「あなた!?」
親父の言葉に、母親が驚いた表情で声を荒げた。しかし、親父は母親に笑いかけて、意見を曲げる気はない、と言わんばかりに、首を振った。
「……でも、せめて着替えていきなさい」
親父に言われて、自分の服装を見た。
……ジャージじゃ、ダメか。
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最終章は、謎解きだけで終わらせません。二人の行く末に、今しばらくおつきいただければと思います。




