使える【スキル】、使えない【アビリティ】
話が終わったついでに、ふと気になったおかしなことを尋ねてみる。聞くのは照裕だが。
「ところでお二方、紫苑は男|だと思いますか?女だと思いますか?」
二人は、顔を見合わせて。
「おかしなことを聞くなぁ。どう見ても女だろ」
「そんな見た目で女じゃないなんてことあるのか」
さも当然、という体で放った言葉が、やはり二人は俺のことを"シオ"の姿で見ていることを理解する。
……おかしなことを言っている体になる自覚はあるが、今しか相談できる相手はいないだろう。俺は意を決して、自分の体が"RBDの世界へ行ったことで"性転換してしまっていることを伝えた。
前田さんは、しばらく考えた後。
「……今の時代、ARグラスを身に着けていない人間はほとんどいない。他に、Open Eyesの影響を受けていない人間を探して検証するのは、ほとんど不可能だろう。
だから、もし事件の後で同じく性転換した人間がいたとして、我々が認知できるかどうか」
ですよねー。
俺の体ってば、一体どうしてしまったのか。
もはや確認することもないか、と全員を一瞥した前田さんは、膝を叩いて立ち上がった。
「では、私はこれからOpen Eyesの製作者、及び発生源の調査に合流します」
前田さんはそう言って、この場はお開きとなった。何故Open Eyesを作ったのか、そしてこの世界の変貌は、製作者の目的通りなのか、の確認をするらしい。
何故なら現状で目的が達成されているのであれば、これ以上の変革の要素は存在しない。何より、【フレーバーズ】の存在価値は大きいのだ。
前田さんの組織としては、現状でOpen Eyesの機能がすべて明らかになった以上、これ以上RBDサーバーを検証する必要はない、と言う判断らしい。
もちろん、まだ昏睡状態から目覚めていない人間もいる以上、RBDサーバーは今もまだ稼働させ続けることになっている。
一方の俺としては、まだ性転換の謎は残っているが、現状に不満のようなものはなかった。なにせ少なくともOpen Eyesウィルスのおかげで、人々は【フレーバーズ】という技術を得たのだ。その利便性から生活が、以前よりもっとラクになったのは、この一週間の生活で嫌が応にも理解した。
ともすれば、かつて人類が停滞していた技術の確信要素にもなるだろうから、感謝こそすれど、恨む理由はない。これが、本当の目的だったのかは不明だが。
もちろん、RBDに取り込まれ、命を落とした人たちからすれば、歓迎される内容ではないが、今の所それは偶発的な事故であり、本来の用途に従ったものではないようだからだ。
――しかし、一つ気になることがある。
Open Eyes事件で、犯人を騙った男の目的は何だったのだろうか。前田さんの話によると、Open Eyes事件の後につかまった男は、結局Open Eyesを流した人間ではあるが、コンピュータウイルスとして仕上げた人間ではなかったらしい。
とりあえず、俺と照裕の体験からRBDサーバーに取り込まれた人間の助け方についての目途は立っている。これを元に、救出計画を立てるのだと言う。
pingを通すことでRBDの世界に行けるのは、端末の画面を通して、Open Eyesの眠るRBDサーバーと直接的につながることで、休眠状態の魔法陣に仕込まれた【召喚】が活性化するためなのだろう、という仮説も出た。
少なくとも、先に前田さんの言ったとおり、魔法陣はこの世界の誰もの目に転写されている。今からでも、問題なくあの世界に行けるはずだ。
せめて、RBDのメンバーと話ができれば、意見の交換なども煮詰めれるのだけど、現在RBDに関する書き込みなどは監視対象になっており、気軽に話題に挙げる事すらできないのだ。
困ったものだ。
「よし、難しい話はここまでにしようか!遊びに来ただろうに、長々引き留めてすまんかったな」
爺ちゃんが、パン、と柏手を打って、そう言った。
そう言えば、展覧会を回っている途中だった。
「ちょっと飯にしようか。ここの近くに、美味い蕎麦屋がある。かわいいひ孫のために、爺ちゃんが奢ってやろう」
「え、いいの?今日初めて知ったレベルなんだけど」
「なぁに、もう200年も生きてりゃ知り合いのひ々孫にも会うもんだ。しかも本当のひ孫とくれば、爺ちゃんにいいかっこさせろよ、なあ」
爺ちゃんはそう言って、カラカラと笑いながら、俺たちを連れて部屋を出ていった。
扉を出てしまえば、振り返って閉まる扉の向こうに見える光景は、やはりみすぼらしい控室にしか見えない。
「爺ちゃん、あの部屋、どうなってんの?」
「呵々、そりゃあ企業秘密だ」
「えぇ!そりゃないよ」
「これでも自力で鍛えた成果みたいなもんだからな。おいそれと奥義を教えるわけにはいかないなあ」
「奥義……?」
「おう。覚えるためには、弟子入りして、お使いイベントをこなしてもらわにゃ」
そう言ってからから笑われた。
――むぅ。いずれは俺もたどり着けるのだろうか、その域に。俺が不満そうな顔をしていると、照裕から口を挟まれた。
「紫苑、でもさ。そもそも、紫苑は【アビリティ】が使えなくなってたじゃないか」
うっ、痛いところを突く。
実は、俺はステータスでは使用可能になっていても、【アビリティ】を使うことができなかったのだ。それこそ、RBDの【香魔法】ですら。
一方の照裕は、試しに発動してみた【スラッシュ】も【チェーンコンボ】も問題なく発動した。爺ちゃんの言うとおり、世の中の【スキル】が【フレーバーズ】だけなのであれば、照裕の使うことのできる【スキル】は、比類ない威力を発揮することになるだろう。
もっとも、照裕はやたらめったら使うつもりはないようだが。
この差は一体何だろうか。爺ちゃんに連れられて入った店は、それなりに高級そうな雰囲気を醸し出していた。個室なので、周りの目を気にしなくていいのは、とても助かる。
爺ちゃんの奢りを待つ間、それとなく【アビリティ】の使える使えないの差を爺ちゃんに聞いてみたら、「単純な話だ」と一蹴された。
「紫苑は、片目からしか魔力を感じないからな。両目が揃ってないとダメなんじゃねえか」
「……目?」
「【魔力視】ってのを使えばある程度、魔力の発生元を探ることができるんだ。
この世界の人間が【フレーバーズ】を使えるのは、ARグラスからRBDの能力を【複写】されてるからだろう?
誰も誰も、目に魔力を宿しているやつばっかりだ。それが不思議だったんだが、今日の話で解決できて、謎が一つ解けたぜ」
――片目?
爺ちゃんが魔力を感じた、と指したのは、俺の無事な方の目だ。人工皮膚で隠している、色の変わった方の目からは、何も感じないのだという。
……ちょっとまた、病院行ってみるか。【フレーバーズ】があるこの世界で、俺の色だけ変質した"瞳"は、何か診断が変わるだろうか。
「ひょっとしたら、体が二種類あるのもその辺が影響してるのかもしれねえな。紫苑が魔法陣の【複写】がちゃんとうまくいってれば、そんな事態にならなかったかもな」
そうだったとすれば、俺があの事件に巻き込まれなければ、今も"シオ"で居れたんだろうか。
――……居れたんだろうか、ってなんだよ。
俺は、ふと沸き上がった謎の未練を首を振って振り払うと、やってきた蕎麦に舌鼓を打った。
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紫苑くんの中にこみ上げる気持ちとは。




