謎の少年、その正体
少年に連れられて入ったのは、思いっきり「関係者以外立ち入り禁止」と書かれている扉の中だった。
俺たちが扉の前で足を止めて逡巡していると、少年がにこやかな笑みで手招きしている。
意を決して、俺は照裕の手を引っ張って、部屋の中に入った。
「うおっ……」
部屋に入って、俺たちは驚きを隠せなかった。照裕が思わず呻いたのも仕方がない。
その部屋は、部屋に入るまでは、従業員の控室のような打ちっぱなしのコンクリートの壁に、不愛想なデスク、いかにも無骨なパイプ椅子の様相だったのだ。
それが、入ってきたら白磁の壁に赤いカーペット。黒塗りのソファと、明らかに俺たち小市民には分不相応な様相を呈していたのだ。
「ほっほっほ。驚かせてすまんな」
まったく謝る気のない口調で、少年は「よっこらしょ」とソファに腰を下ろした。
「ほれ、座りなさい。時期に、茶と茶請けも来る」
「は、はぁ……」
言われるがまま、俺たちは少年と向かい合う形で、ソファに腰を下ろした。
……いったい何者なんだろう?少なくとも、RBDでは、彼のようなプレイヤーにもNPCにも会ったことがなかった。しかし、仮にも『フォトゥム王国秘宝展』なんて会場に、こんな隠し部屋を用意できる人間が、フォトゥム王国に関連する人間ではない、なんてことがあるだろうか?
そんな疑念を持っていると、少年が口を開いた。
「まぁ、まずは自己紹介といこうか。
わしの名前はジェノ=ベーゼ。フォトゥム王国の端、精霊の森に家を構えとる、精霊種のジジイじゃよ」
ジェノ!?さっきの司祭衣装の製作者じゃないか!
それに、精霊種といったか。精霊種は、RBDの一種族で、色人種――地球人とほとんど同じ生体の種族だ――の数十倍の寿命を誇る。
ただ、見た目もその寿命を人間換算にした姿になるので、もし目の前のジェノが本当に精霊種であれば、彼の見た目換算で考えれば少なく見積もっても200歳くらいだろう。
……いや確かに、色人種換算であれば爺も爺の年齢だろうが、彼の見た目の精霊種が爺と己を揶揄するのは奇妙だ。
――そんな、俺の疑問が表情に出てたのか。ジェノは、俺にを見てにっこりと笑って話を続けた。
「とはいえ、"知っている"人間からすると奇妙な自己紹介じゃろうな。わしの中身は、"元・地球人"じゃよ」
「地球人……?」
「ほっほ。地球に『フォトゥム王国』などという、魔法が使える文明はない。そうじゃろう?
わしはかつて地球人として生き、死んだあとはフォトゥム王国で精霊種として転生したのじゃ。まさかこうやって、再び地球の地に足をつけることになるとは思わなんだがなあ」
……その口ぶりだと、ひょっとしなくても、彼はフォトゥムの存在でありながら、今の日本――というよりはこの世界の異常を、認知している人間ってことか。
「あ、あの……あ、あっ。佐仁 照裕です。こっちは、俺の友人の咲森 紫苑」
あ。そういえば自己紹介中だったか。照裕が何か口にしようとして思い出したのか、俺の分も含めて自己紹介してくれた。
そこで、ジェノは突然、くわっ、と目を見開いた。
「なんと、"咲森"と言ったか!?」
「えっ!?は、はい」
ジェノの雰囲気の変化に、驚く照裕。俺も、たぶんかなり驚いてる。
そんな俺たちの様子も気にせずに、彼は俺を見て声をかけてきた。
「……"咲森 レイコ"、という名前に、聞き覚えはあるか?」
……えっ?彼の口にした名前は、俺にとって記憶にない名前で――いや。
「レイコ……れいこ……?玲子ばあちゃん?」
「ほう……ほう、そうか。そのレイコ、弓かなにか、嗜んでなかったか」
ジェノのいう咲森レイコなる人物と同じかはわからないが、確か父方のばあちゃんは名前がレイコだった。
玲子ばあちゃんは、言わば俺のゲーム好きの原点だ。田舎に似つかわしくない、最新ゲーム機を揃えていたので、長期休暇の度に遊びに行っては、大人げなくぼっこぼこにされたもんだ。
そんなゲーマーの玲子ばあちゃんだったが、昔はアーチェリーのオリンピック選手として名前を連ねていた、というのは親父の自慢の一つだった。
玲子ばあちゃんは、3年前、寿命を迎えていた。病室で親父達に見守られて、眠るように死んだ。だから、玲子ばあちゃんのことを思い出すのも久しぶりだった。
そんな話をしていると、ジェノの目から、ほろり、と涙がこぼれた。
「えぇっ!な、何か……?」
元・地球人という話だったし、ひょっとして、この人。昔、レイコばあちゃんと関係があった人だったのかな。
「……ならば、どこの何者だったか、というのも隠すこともなかろうな。
わしはな――玲子の祖父じゃ」
……は!?
俺が呆然とその単語に驚いていると、ジェノは懐かしい、と話を始めた。それは確かに俺の知る玲子ばあちゃんのエピソードで、俺の知らない玲子ばあちゃんの姿だった。
その話を聞いてしまえば、疑うべくもなくなってしまった。ええ、玲子ばあちゃんの爺ちゃん、ってことは――。
「ひ、ひいひいじいちゃん?」
「ほほ、長ったらしいから"爺ちゃん"でもええぞ。しかし、そうか。玲子の、孫か。あいつも、いい人生を歩いたようで、何よりじゃ」
ジェノ――ジェノじいちゃんは、そう、しみじみと口にして、一口お茶をすすった。
……ん?
え、このお茶、いつ出てきた?
俺が、ジェノじいちゃんが手にしたお茶を見て驚いて手元を見ると、いつの間にかテーブルの上には、湯気を立たせた緑茶と、和菓子のような黄色いブロック状のお茶請けらしきものが小皿に乗っていた。
俺の視線に気づいたか、照裕も自分の手元のテーブルの上に、同じものが載っているのに気づいて驚いていた。
「ん?ああ、すまんな。この展覧会の手伝いに地精霊を召喚しておるのでな。この辺を用意してくれたのも、地精霊よ」
召喚……【召喚】!?それって、【魔法陣学】を利用して邪教団が使ってた、プレイヤーが覚えられない【アビリティ】じゃないか!
「【召喚】が使えるの!?」
「んぉ?おう、使えるぞ。【魔導知識】系統の【時】【空間】を重ねれば使えるようになるんじゃよ」
……聞き捨てならない単語が出てきたぞ。
「ま、【魔導知識】?【魔法知識】じゃなくて?」
なんだ、その【アビリティ】。聞いたことないぞ。
俺の発言に、今度はジェノ爺ちゃんが首をひねった。
「……ん?紫苑は、フォトゥム王国に行ったことがあるんじゃよね?」
「うん、ブーンカッケーまで」
「……ん?んんん?ぶ、ブンカ……なんじゃそこ」
「え?フォトゥム王国の首都だけど」
「ほっ?首都は王都ルーシックじゃろ」
「えっ」
え?
俺と爺ちゃんは顔を見合わせた。――そして気付く。
……そういえば、ジェノ爺ちゃんとは視線合わせても、あの空間がねじ曲がるような兆候がでないな。
言ってしまえば、ラルドさんたちと一緒だ。両親とも顔が合わせられない俺だけど、俺の中では、ジェノ爺ちゃんはフォトゥムの人間だから、NPC扱いなのかな。
と、そこで照裕が口をはさんできた。
「そうだ。それでちょっと聞きたいことがあったんです」
「ん?おお、なんじゃ?」
「俺、というか、俺たち、フォトゥム王国を冒険したときに、『精霊の森』っていうところに行ったことなかったんです。どこにあったのかと思って」
……そうだ。確かに。
『精霊の森』と揶揄される場所はあったものの、明確に『精霊の森』と命名された場所は、少なくとも俺は知らない。
その照裕の言葉に、ジェノじいちゃんは「むむむ」と唸ると。
「その前に、確認したことがある。すまんのう。
どうも、お互いに知っている知識に齟齬があるようじゃ。まずは、紫苑たちが知っている『フォトゥム王国』について教えてくれんかな」
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
紫苑くんと照裕くんの苗字。覚えてらっしゃる人がどれだけいるのか…と書きながら思ってました。




