初めての狩り
私はインドアなので、シオくん側の人間です。
ファストトラベルが使えるのは、町中の施設に対してだけだ。街の外では普通に歩いていくしかない。
キャラクターのパラメータには、スタミナと言うものがある。キャラクターの体力を示す能力値だ。防御力に直結する数値であり、高ければ高いほどダメージを受けにくくなる。激しく行動することで一時的に減っていき、休憩することで回復する。
スタミナはキャラクターのパラメータ上は固定値100であり、レベルアップ等で上昇したりはしないのであるが、スタミナがどの程度の行動でどのくらい減るかは、別のパラメータ【フィジカル】で判定される。フィジカルはレベルアップ等で上昇できる、プレイヤーがいじれる能力値だ。つまり、【フィジカル】が高ければ、肉体的に強いからスタミナの消費も少なくなり、結果長い間激しい運動ができるようになる、となるわけだ。
ちなみに、フィジカルによるボーナスが付くのは前衛ジョブであり、俺の選択した【錬金】や【戦僧侶】にそんな補正はない。
つまり。
「はぁ……はぁ……げほぅ、つ、着いた……」
俺は山の目的地にたどり着くまでの間に、疲労困憊の状態になってしまっていた。ちなみに、この近辺にはノンアクティブな魔物しかいないので、戦闘は全回避している。
「だ、大丈夫か……?」
完全前衛職のテルヒロは、むろん俺みたいな失態もなく平然としている。くそう。余裕綽々か。
「だ、大丈夫……それに、この後はテルヒロに働いてもらうことになるし、俺のことは気にしないで」
とはいえ、目的はここからが本番。息を整えて周りを見てみると、いるわいるわ、ロックワームの擬態した岩が転がっている。ロックワームは、動いていることは少ない。近くを通れば擬態した岩の姿から岩肌の甲殻をしたダンゴムシの正体を現して襲い掛かってくる。
まずは、目的のアビリティを覚えよう。
「じゃあ、まずはテルヒロ、一匹行ってみようか」
「おう……」
街を出てからこの方、テルヒロの元気がない。さっきまでは俺がへばっていたから、その心配が先に来ていたようだが、いざ戦闘となると尻込みするようだった。
俺は、テルヒロを励ますことにした。
「大丈夫だよ。ロックワームは動きも遅いし、テルヒロならノーダメで行けるって」
「そうか……よし、がんばるぜ。普通にやっていいのか?」
「うん」
「っしゃぁ!おらァ!」
「え?」
先手必勝!とテルヒロが転がっている岩の一つに足で押し出すような蹴り――俗に言う所のヤクザキック――をぶちかました。のだが。
「……テルヒロ。それ普通の岩」
「え?マジ?」
「全体MAP見よ?」
ロックワームのみならず、『ラカーマ』近辺の敵は今後出てくる敵の前哨戦、練習相手のようなものだ。ロックワームの擬態で言えば、対応する後に出てくるモンスターの内、有名所では宝箱に擬態するミミックが挙げられるか。ミミックか、宝箱かの区別はそれなりに面倒な方法を取らないといけない、鍵開けに近づいた斥候職の天敵だ。
それに比べると、ロックワームは見た目で擬態していて見分けがつかなくても、全体MAPを見れば敵の位置のビーコンが光っているので、どこにいるのか一目瞭然だ。
つまりロックワームは、この世界のモンスターは擬態して待ち構えることがあるよ、という練習相手なのである。
というか、テルヒロ。お前さてはMAP見てないな?
早速、練習のお時間だ。テルヒロにARウィンドウを使ったMAPの開き方を教える。これで、視界の端に半透明のレーダー的な物が表示される。拡大縮小は思いのままだ。
「お、この赤い点がロックワーム?」
「そうそう。ここから一番近い奴だと……あれだ。あれに攻撃を仕掛けてくれ」
「わかった」
改めて、擬態したロックワームにヤクザキックをぶちかますテルヒロ。「ギィィ」と金属を擦ったような声を上げて、ロックワームが擬態を解いて吹き飛ぶ。
ロックワームは吹き飛んだあと、器用に回転して着地する。どこぞの腐った森にでも棲んでそうな見た目をしている、全高1mくらいの巨大な虫だ。背面の甲羅はごつごつした岩の見た目だが、あれは実際に鉱石を含んだ岩なんだ。
テルヒロは続けて坂の上に陣取って、ロックワームに攻撃を繰り出す。ロックワームの攻撃は、丸まってからの転がり攻撃くらいしかない。それもゲーム上の演出であって、実際は通常攻撃モーションでしかない。
逆に、それが現実に反映されたら?攻撃を仕掛けてきた相手にしか攻撃しないロックワームは、坂の上に陣取られたことで攻撃を仕掛けることができないようだ。まぁ、攻撃しようとしたら丸まるしかないわけだが、そうすると今度は坂を転げ落ちるしかない。
つまり、完全にハメることができたわけだ。これで安全に狩ることができる、が。
「くっそ、固い!全然倒せねえんだけど!」
30分ほど俺が買ってあげたブロードソードをガシガシ殴りつけて、ようやくテルヒロがヘルプを出してきた。
うん……わかってたけど。マジで真正面から大真面目に攻撃するだけか。
「こいつは背中の甲羅が固いから、目を攻撃するんだ。足の付け根に生えてるやつ!」
「そうか、なるほど!」
マジで気が付かなかったのか……。ひたすら同じところを攻撃してたけど、何か考えでもあるのかと思っていたぞ……。
だが、このアドバイスには不確定要素がある。初戦にロックワームを選んだのは、その確認も含めてだった。ロックワームは動きが遅いから、立ち回りさえ気にしていればノーダメージ討伐が安定だしね。
テルヒロは、ロックワームの側面に回り込むと、ロックワームの目にブロードソードを突き刺した。ロックワームは、びくり、と体を震わせるとそのまま動かなくなる。
そのまま様子を見ていると、ロックワームの体は紫のポリゴンを撒き散らして消えていった。
一撃死か……。
「お、おお!すげぇ!簡単に倒せた!」
先ほどまでの苦戦があっさり終わり、剣を上げて喜ぶテルヒロ。
「……じゃあ、その調子でロックワームを狩ってきてくれ。とりあえず依頼の5匹までで」
「わかった!」
テルヒロは喜び勇んで飛び出した。攻撃も、坂上を取ってからの奇襲だ。一度理解すれば早いんだよな、こいつ。
さて、そんなあいつの活躍を見ていると、恐れていた懸念が事実になっている事を確信して、冷や汗が一筋こぼれた。
今も、テルヒロはロックワームを見つけてはブロードソードの一撃で屠っている。
そう、一撃だ。
そして、ロックワームは、坂上にいる限りテルヒロを攻撃できない。動きの遅いロックワームでは、じわじわと登って近づいては、テルヒロに屠られるだけだ。
つまり、ゲームの要素にリアルの要素が含まれている。ロックワームが攻撃するには坂の斜面が必要だし、自慢の甲羅は目を攻撃すれば全く何の役にも立たない。
それはつまり、自分たちの体にも当てはまる。
どんな伝説級の防具を身に着けていても、どんなに高いHPであっても、首をはねられればおしまいと言うことだろう。
ロックワームは、ゲームの中では固い防御力とそれなりに高いHPを誇っている。動きも遅く、攻撃力も大したことがないので初心者が戦闘訓練をするにはもってこいだ。
しかし、だから、レベル1の前衛職の、たとえクリティカルヒットであっても一撃で死ぬことはなかった。攻撃手段がリアルに即しているだけなら、いくらでもやりようがあるし、妥協もできた。しかし、現実ならば当然である「急所を突けば即死する」仕様は、この世界においてかなりの仕様変更となる。
……うん。まずは、死なないことを心がけよう。
俺は、脳内のチャートの修正を始めた。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告ありがとうございます。
なんとまぁ、他の作品よりも速いペース……を超えて、
初めて評価100、ユニーク1,000 行きました。たくさんの方に見ていただいて、感無量でございます。
ご期待に添えるよう頑張って脳を絞って性癖さらけますので、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
……うーん、ひどい決意表明。