神に抗う者たち
ばしゃり、と盛大な音を立ってて、俺の体に液体が降りかかる。ARウィンドウのステータス欄から、【麻痺・ダメージ】も【怯み】も消えるが、俺の体を痛みが襲うことはなかった。
うむ、完全復活。
「間に合ってよかった。大丈夫か?」
「ああ……うん。テルヒロ、どうしてここに」
それにしても、現状が全く理解できない。だって、俺を助けに来たのは、まさかのテルヒロだった。でも、こいつは『未来の扉』の向こう側へ行ったはずだ。何がどうしてこの空間に?
「ああ、それが……まぁいろいろとあって」
そう言って、テルヒロは視線を外す。俺もその視線を追う。その先には。
「ひゃっはー!!見たことないWEだァーーーー!」
「レア素材かー!?見たことないやつかーー!?!?」
「つぶせつぶせ!タゲ振り分けろー!」
「火力はどんなだ?誰か当たりに行けない?」
「バカやろう死んじまうわ!」
「うわあぁ!?!?何なんだお前たちは!!」
「え、こいつ喋るの?」
俺の見ている前で、テルヒロがやってきた、空間に空いたガラスのひび割れ――まるで『未来の扉』の不格好なやつだ――の中からぞろぞろとやってきたプレイヤーたちが、【銃使】の職を十全に使って14本角を翻弄している光景がそこにあった。
その無駄にハイテンションな面々に、わいわいと騒がしい中で自称"神"の困惑したような声が響いた。WEが喋ったような感じにも見え、困惑の声も上がる。
――いや、よく見ると正確には14本角じゃなかった。俺がダメージで朦朧としてたし、見た目がおぼろげに変わっていなかったのもあって誤解していたが、新しく生み出されたのは10本角だった。
それを見て、理解した。14 - 10 = 4 、だ。
そもそも、WEには【自爆】なんていうリセットスキルはなかったはずなのだ。そうでなければ、RBDの名だたるボスの一角であるWEが、自爆で相打ち、なんてどうしようもない結果を連発しかねない。その光景は、ゲーム性を失った地獄絵図だ。間違いなく、クレーム案件だ。
そんなことを、RBDの運営がするはずはない。で、あればそれは間違いなく自称"神"の余計なテコ入れだろう。
それを踏まえて考えれば、あれは【自爆】ではなく、フィアット――正確には、メカフィアット、つまり『機鋼種』のスキル【最後の切り札】だろう。
効果は【自爆】と同じではあるが、そのダメージは消費HPの5割になっている代わりに、距離による威力減衰率が【自爆】より高く、また範囲も狭い。
つまり、本来の【自爆】より低威力になっていたので、俺たちは生き残れたわけだ。
そしてその代償として、メカフィアットの要素はしっかり死亡判定で失ったのだろう。再召喚されたWEもどきは、その角の数もさることながら、その身に生えた砲塔もなくなり、その姿からメカフィアットの要素を完全に失っているようだ。
そんなわけで、これ以降は突然の【自爆】で、今WEもどきの周囲でバカ騒ぎしている面々が全滅する恐れはないのだが。
それにしても、どうしてこんなことになってるんだ?
っていうか、バカ騒ぎしている面々に、見たことのあるメンバーがちらほら見える。
「"ラヴェン"。いいか?」
俺とテルヒロがそんなバカ騒ぎを見ていると、見覚えのある白衣の精霊種プレイヤーが話しかけてきた。
「ラヴェン?ええと、人違いだと思います。こいつはシオ、っていう」
「ああ、テルヒロ。いいんだ」
人違いをしているんじゃないか、と訂正を試みるテルヒロを手で制し、俺もその白衣の男にも声を答える。その様子に、テルヒロが驚いた表情を隠せないようだった。
すまん。詳しくは後で解説するよ。
「悪い、先にやっておきたいことがあるんだ。移動がてらでも構わん?」
「ああ、もちろん。伝えたいことがいっぱいあるんだ」
嬉々として答えてくれた白衣の男――大殺界縄文★菩薩★太郎――は移動しがてら、彼らとテルヒロが遭遇した事態、そして『未来の扉』で発覚した、おそらく自称"神"がやったであろう冒涜を再確認することになった。
……あの野郎。
デバッグしないだけじゃなくて、メンテナンスもしてなかったのか。ふざけんな。
テルヒロ達が、なんやかんやで『未来の扉』の向こう側の世界をぶち抜いて辿り着いたのは立体的に通路が交差する空間だったらしい。
大殺界の予想では、その空間は本来のゲームの移動ルートのみ取り出した座標情報のデータベースなのだとか。
その中で、道を外れたところから戦闘音が聞こえたので、何事か、と「次元貫通装置」――通称は「パイルバンカー」らしい――を使って入ってみたところ、ちょうどそこに10本角がいたらしい。
と、そこまで話したところで、テルヒロが俺の向かう先をみて眉を顰めた。
「あれは……アイネトか?生きているのか?」
「そのはずだ」
死亡判定を受けていれば、おそらくその姿は消え去るはずだ。イベント中でもない以上、死体が残るバグはおこらない。
俺は、アイネトの近くまで来ると、おもむろに回復薬を取り出してアイネトにかけた。その俺の行動に、大殺界とテルヒロはぎょっとした表情をする。
「お、おい!ラヴェン!?」
「シオ、何をしてるんだ!?」
大丈夫。今は仲間だよ。
「ぐrるrうぅu……」
ピクリともしなかったアイネトが、肌に回復薬がかかった瞬間、煩わし気に唸ると、ゆっくりと目を開いた。
『小さいの……生きていたか』
「おかげ様で。アイネトは」
『このくらいで死にはしない』
と、言いつつも。プレイヤーの使うHP回復薬では、たとえ最上級の【フィジカル】極振りプレイヤーのHP5割を瞬間回復する高級なものでも、アイネトの意識を浮上させることまでしかできないようだった。固定値しか回復しない仕様では、大きなダメージを受けたアイネトの流れ出る血は止められず、傷はふさがらず、そして千切れた手足は元に戻らない。
しかし。アイネトはその傷も何するものぞ、と立ち上がった。そして俺の姿を見た。
……そうだな。意識さえしっかりしているなら、いくらダメージを受けていたとしても大丈夫。
「俺はもう大丈夫。やってくれ」
『ぬ、そうするとしよう』
俺は、テルヒロと大殺界に頼んで、戦闘中のメンバーに周知してもらう。アイネトが今からすることを。
「なにぃ!助っ人がアイネトだと!」
「マジかよ!たまんねぇなおい!」
連絡を受けて、戦っていたプレイヤー各々が10本角から離れて、思い思いに防御態勢をとる。突然周囲から離れたプレイヤーたちに、困惑したのか足を止める10本角。
さらに俺や他の補助スキル持ちもまた、大殺界とテルヒロ、そして他のプレイヤーを守るべく、防御系の【スキル】を展開する。
10本角が、そんな俺たちに気づいたときには、もう遅かった。
死に体だったアイネトの、体中の傷が、白く光る。傷口からレーザーブレスと同じ光が迸り。
瞬間。
「ゴオォアアァーーーーーーーーーッ!!!!」
叫び声とともに、爆風が吹き荒れる。ドライトの時には石壁で何とかなったが、今回は全力で重ねた防御障壁だ――が、しかしミシミシと音を立てている。
――光が収まった。なんとか障壁は破壊されずに、無傷で生き残れた。
光の中からは、傷だらけのアイネトの体は影も形もなかった。そこには、なくなった手足を再生させた分なのか、それとも元々の仕様か。
先ほどまで元の体から二回りは小さな、白い体格のアイネトがそこにいた。
「……っふぅ!さすがに攻撃特化だ。変身時の衝撃波の威力が違う」
『ふん。よもや、強きモノと会う前に、この姿にならざるを得ないとはな』
俺の称賛の声に、まんざらでもない声音で答えるアイネト。
「なんだ……なんで、そうなっているんだ」
虚空から響く、自称"神"の声が、どこか力なく困惑したものになっていばって しかし、あれもこれも、自分で蒔いた種だ。
『未来の扉』がちゃんと動作していれば、俺たちは元の世界に戻れず、【銃使】になることしかできなかった。
大殺界さんの話によれば、コアダンプや紛れ込んだプレイヤーを排除するのにWEを使わなければ、テルヒロたちは『未来の扉』から抜け出すことはできなかった。
そして、俺を瀕死だからと後回しにして、アイネトを倒そうとした結果、抵抗で倒すこともできず、テルヒロ達が助っ人に入るまで時間稼ぎされてしまったのだ。
そんなわけで。
「さ、第二ラウンドだ」
俺たちは、再び自称"神"の先兵と戦うことになった。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
シオくんの昔のユーザーネームが出てきました。このあたりの裏話は、完結後の設定資料のような形で出していこうかと思っています。
5/24 盛大なコピペミス修正。報告してくださった方、本当にありがとうございました。




