鎧袖一触
「何をしている!」
『我の邪魔をするからだ』
「何の邪魔だ!?お前の敵は、その頭の上のプレイヤーだ!」
『横からごちゃごちゃと。我の"敵"は、もはや後にも先にも"強きモノ"だけだ』
さすがに距離が離れたからか、声だけが響いて自称"神"がどこにいるのかわからない。しかし、舌戦の模様だけはしっかりと耳に届いてくる。
「御託はいい!早く頭の上のそれを殺せ!」
『断る。小さきものには、我が用がある』
「そんなものはない!」
『ある』
子供のケンカのような舌戦は、悉くをアイネトが却下していく流れだ。そこに、自称"神"が苛立ちを隠していない。
「っっ!!何故、口答えをする!」
『逆に問う。何故、我に命令する?』
「お前の、生みの親だぞ!我は!」
『それが、何故、我の行動を制約できるのか』
「~~~~っっっ!!貴様!」
……なんか人様の子供の教育に巻き込まれたような感覚がする。俺、ここにいていいんだろうか?いや、そもそも俺が原因か。
そんな感じで二人(?)の会話を見ていると、どうも自称"神"のほうが先にキレたようだった。
「もういい!諸共に、死ね!」
『ふん』
俺のほうにだけ向いていた、他のWEの視線が下がる。どうも、アイネト自身も奴らのターゲットに変化したようだ。
『振り落とされるなよ』
「無茶を言うなぁ」
こともなげにアイネトに言葉を投げかけられた。いざ対立したからと言って、特に俺を守る気はないなこいつ。まあいいけど。
正直、アイネトが自称"神"と話している間も、俺を乗っけていることを忘れているのか気にしていないのか、ブンブン首を振るのだ、こいつ。表情の区別こそ全くつかないが、思ったより感情表現が豊かだった。
しかし、不思議なことに俺はアイネトの頭からずり落ちることも振り落とされることもない。
とりあえず視界が揺れるのだけど、生まれてこの方乗り物酔いだけはしたことがないのが自慢なので。つまりは、自分から落ちなきゃどうにでもなる。
さて、WEの口に、光が灯っている。ああ、ようやく戦闘開始か。
――もし、会話ができるのであれば、今の舌戦を他のWEにも感想を聞いてみたかったものだったけど。
「やれ!」
自称"神"の号令と共に、こちらにいくつもの閃光が向けられた。特にフィアットはやばい。なんで一人で5条も光線が発生してるんですかね。体から伸びた砲塔は伊達じゃなかったってことか。
しかし、これ。いくつもの光線が見事に頭狙ってるな。俺と同時に殺そうとしたのは一石二鳥を狙ったんだろうけど……悪手じゃないか?
もちろん、全て首の振りだけで避けることはできない。いくつも胴体も通るルートのブレスがあるからだ。しかし一方で、アイネトは一向に避けるつもりはないようだ。……まぁ、お前さんはそうかもしれんが、俺は間違いなく一発でも当たったら死ぬじゃろ。これ。
やれやれ。アイネトが力を貸してくれるからって、楽はできないなあ。
「【チャフェアリィ】【シルバー・コート】【デュオリバース】【ブリースブレス】」
回避を困難にしたくて一斉攻撃を仕掛けたんだろうが、俺にとってそれは同時に、大量の【インタラプト・リアクション】のタイミングを投げているに等しい。お言葉に甘えて、可能な限りの回避・反撃のスキルを発動する。
何せ複数の攻撃が、見事に俺を巻き込んでいるのだから、その恩恵は丸々アイネトのステータスを巻き込んで発動してくれる。
今回、いつもの【スキル】に追加したのは【デュオリバース】と【ブリースブレス】だ。
【デュオリバース】は【魔力制御】と【音魔法:強化演奏】の派生で使えるようになる【スキル】で、攻撃の反射に成功したとき、そのダメージに本来自分が受けるダメージが上乗せされる、というものだ。
チェーンを組んだ【スキル】は一つではないので、今後のために少しでもダメージを増やしたかったから使った。
【ブリースブレス】は【自然魔法:風】と【自然魔術:陽】から進化した【超越魔術:光】の組み合わせで発動できる【スキル】。その効果は「一定時間内の光線系、および吐息系のダメージを半減させる」というもの。
非常に対象がピンポイントに見えるが、その実、吐息系の攻撃というのは広範囲、かつエネミーの上位勢はほとんど持っている【スキル】だ。一定時間、というのがアバウトだが、これまた見えないところで期間が短い設定だ。ほとんど、一撃分の時間と考えていい。今回は、それでも全く問題ないが。
また、一度使った後は次に使えるようになるまでのクールタイムが長いので、言うほど使用頻度は多くはない。大体のレイド戦でローテーションで使われるか、そうでなくても2、3度使われれば「戦闘時間が長かった」と言われるほどだ。
そのため、WEの形態変化や、ボスキャラの大技に合わせて一度だけ使われる、命綱のような【スキル】だった。今回の一斉攻撃の火力は、この手札を使うに足るものだったので、遠慮なく切った。
さらに、ダメージを減らすスキルと同時に【デュオリバース】を組み合わせたのは、【デュオリバース】の上乗せダメージは、あくまで素通りした際のダメージであることだ。
基本的には、ダメージは表示されているものが最大値だ。つまり、プレイヤーのHP以上のダメージは出ないので、レイドボス相手ではまさに雀の涙程度の数値しか振るわないのだが、今回は攻撃対象にアイネトが含まれている。
はたして彼にどれだけのダメージが入る予定だったのかはわからないが、まぁ期待すると肩透かしを受けるだろう。たぶん、焼け石に水程度だ。
俺の張ったバリアを閃光が埋め尽くす。
『――見事だ』
閃光が張れないうちに、上機嫌なアイネトの声が、足元から聞こえた。
「……おおう」
なぜだろう?と思って閃光の消え去った光景を――対立していたWE達を見て、その惨状を理解した。
わずかに一筋の傷が刻まれた程度の、先ほどのアイネトと違い、目の前に立っていたWE達は、全身を自身の黒よりも汚れと認識できる煤に包まれている。もともとの体色が比較的黒ではないフィアットなどは惨状が目に見えてひどい。
一撃でこの威力?いや、厳密には一撃ではないけど……。
「なん……なんだ、なんなんだこれは!」
ダメージの反動か、本当に再起不能なのか。うめき声をあげて動けないWE群を眺めていると、また苛立ちの声が響いた。
「またズルか!?何がどうやったらこうなるんだ!?」
それは、俺も思う。
「高々、雑魚とドラゴン一匹が、どうしてここまでできる!?今度はどんなズルをしたんだ!?」
「そんなもん俺が知りたいわ。この世界の【アビリティ】どうなってんだ」
自称"神"の言いがかりを唖然と反論したところで、ふと気づいて、ARウィンドウのアクションログを見た。
<『WE・アイネト』 -> 『シオ』 :かばう...成功>
おおっと。マジか。てっきり放置されてるのかと思ったら。
【かばう】は厳密には【スキル】ではない。コマンド式のRPGで言えば「たたかう」「ぼうぎょ」といったものの一つだ。要は、普通の行動の一つだな。
その中でも「かばう」行動はプレイヤーが選択できないものの、ログに表示されるモンスター特有の行動の一つだ。その効果は、プレイヤーの使う【カバーリング】と同じもの。
もっとも、盾役のモンスターという存在自体が特殊なもので、ほとんど【カバーリング】と同じ扱いで見られている。
しかし、こうやって体感すると、その脅威度が跳ね上がる。
何せ【スキル】を使わない【カバーリング】だ。つまり、カウンターなりダメージの軽減なり、【スキル】や【アビリティ】の追加で、行動一つ分マシマシで効果を上乗せできるのだから。
つまり、あれか。俺への攻撃もすべてアイネトが引き受けた結果、俺のほうに入るカウンター効果やダメージが、丸々アイネト単体への攻撃になったってことか。
そうなれば当然、【デュオリバース】の効果もご覧の有様だ。スキル名に恥じない効果になったわけだ。
ARウィンドウに意識が言っていたが、俺のつぶやきはしっかり耳に届いていたようだ。自称"神"が、悲鳴のような怒りの声が響く。
「我は何もしていない!ただ、貴様らが『ひょっとしたら対抗できる』という、大それた勘違いを起こさせるためにそのまま"上書き"したんだぞ!
それで、こんなことになるはずがないだろう!ズルだ!何をした!」
「……おい」
身勝手なことを吐き捨て続ける自称"神"が漏らした言葉に、俺は、ふ、と理解した。理解して――自分でも、思ったよりも底冷えのする声が出た。気がした。
思えば、【スキル】に関しても不思議なことはたくさんある。アイテムの効果もそうだ。現実化したことで、いろいろと変化があった。
強化魔法は使い勝手が最悪に悪くなるし、【香魔法】は、ゲームではありえないほどの効果を発揮した。【アビリティ】のエフェクトは、ただの演出だったものに効果が乗り、存在しない【アビリティ】がつじつま合わせで発生したり。
だが、これは自称"神"が意図したものではない、らしい。
――じゃあ、何故、そんなことが起きるのか?
決まっている。ゲームで言うところの「バグ」だ。しかも原因が、テストプレイをしていないことが丸わかりの、お粗末なタイプの奴だ。
こいつがやったことは、整合性を考えず、既にあったものに、ただよそから持ってきたものをくっつけただけだ。
動くわけがない。なのに、その責任を棚上げして、プレイヤーを罵倒しているわけだ。
――ゲームなめんな。
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シオくん。激おこです。




