魂に連なる者
「何を……何をしている!」
自称"神"の苛立った声が響く。
「ガァぐルる……」
「『獲物を獲るな』だと!?あれが、そんなたいそうなモノか!?ボロ雑巾じゃないか!」
獲物――獲物ね。
その意味は。最初に攻撃したのが自分だから、か?他の奴が攻撃することを嫌がった、とかなのか?
そういえば、一つのサーバーにつき一種類しかいないのがWEの設定だもんな。ひょっとして、顔を合わせれば縄張り争いとかする設定だったのか?
ずしん、ずしん、と地面が触れる。うつぶせに倒れている手前、思いっきりその振動が伝わって視界が揺れる。
顔を上げた視界が、黒に染まった。
「ぐゥるルォるぅるル……」
どこか、音程のある唸り声。何かしゃべっているのだろうか。
――べしゃ。
「うぉっぷす」
不意に、大量の"水"に押しつぶされた。
すわ何事か、と顔を上げれば。
「あれ」
不思議と体に力が入った。両腕を地面につき、体を起こす。
そこには、少し口を開けたアイネトの姿。
……あの。よだれ。
え、さっきの水ってアイネトのよだれ!?道理で、なんかべとついてると……うわ、ばっちぃ。
「るルァあォグrるル……」
声に視線を上げで見ると、アイネトがのぞき込むように見下ろしている。……やべぇ、なんて言ってるのかわからん……。
あ、そうだ。
俺は、【アイテムボックス】から紙片を取り出し――アイネトのよだれでべっちょべちょになった。これはダメだ。
改めて、獣革を取り出すと、塗料を使って魔法陣を描く。刻むのはもちろん、【言語学】だ。
さっさと刻んで、アイネトに見せる。アイネトは、それを一瞥すると、目と伏せて、鼻息を一つ――あ、こいつ今ため息吐いたな?
つい、と右前足を差し出してきた。とりあえず、意味合いは理解できているようなので、爪の上に革を乗せて、【魔法陣学】を発動する。
「るルァあォグrるル……」
『――……理解できるか、小さいの』
アイネトが口を開くと、今度は副音声みたいな感じで、唸り声と同時に聞き取れる言葉が聞こえた。
「ああ、やっと聞き取れる」
『よし。小さいの、お前は強いモノを知るか?』
強いモノ。随分アバウトな代名詞だが、俺にはピンとくるものがあった。だって、アイネトが「強い」と称する存在なんて、一つしかない。はずだ。
それを、なんで俺に聞く?
「なんで、そう思う?」
『惚けるな。あの技。見事であった。その身には荷が重かったが、強きモノと同じものであった』
アイネトはそういうと、歯をむき出して唸り、俺に顔を寄せた。初めて、彼が俺に威嚇したのを、理解した。
『強きモノは、どこだ』
嘘をつくことは許さない、と言わんばばかりに、唸り、問いかけてきた。
「……そ、それを聞いて、どうするんだ」
『次は、負けぬ。強きモノは、どこだ』
――ああ、そうなのか。彼の執着を剥きだした感情に、俺は理解した。
アイネトは、全ての記憶を持っているんだ。ソウル・トーカーを戦い続けた記憶を。
アイネトは、倒された後、新しいイベントとして新しく作られるようなエネミーじゃないんだ。すべて同じ個体だったんだ。
つまりこいつは、ずっとソウル・トーカーと戦い続けて、強くなっていった、あのアイネトなのか。
『あの頃は、我には如何ともしがたい限界があった。故に、不甲斐ない我から奴は離れた。我が、弱かったからだ。
しかし、今は、楔はない。蓋も外れた。で、あれば。戦うしかあるまい。
どちらが強いのか。どちらが、強くなるのか。それだけだ。
強きモノも、同じだ。間違いなく、同じ』
それは、WEの本能なのだろうか。それとも。
「……位相世界からの侵略者だぞ、俺も」
『構わぬ』
ばっさりと。実にあっさりと、アイネトは、己の存在理由を切り捨てた。
『我らの本懐など、他の有象無象がやればいい。
だが、強きモノ。あれは、ダメだ。あれは、我が、獲物だ』
アイネトは噛みしめるように言葉を紡ぎ、語る。ソウル・トーカーの強さを。戦いを。そして、熱く渇望していた。
それは、WEの本能、存在意義すらも歪めて、ただ追い求めていたのだ。
『小さいの。お前は弱い。しかし、強きモノに連なるモノだ。我には理解る。故に』
「何を、ごちゃごちゃと!何をしている!何故動かない!」
不意に。自称"神"が口をはさんできた。
その言葉に、不快そうに表情を歪めるアイネト。
『聞け、小さいの。お前を癒したのは、手間を省くためだ』
「手間?――うおっ」
ローブの下で生き残った服を器用に摘まみ上げられると、いきなり持ち上げられ――気が付くと、俺は立ち上がったWE4体と同じ目線で向き合っていた。
『手伝え。邪魔を、蹴散らす』
「……はは、マジかよ」
俺は、アイネトの頭の上にいたのだった。
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