冒険者の洗礼(いつもの)
ゲームの中でキロとかメガで桁を理解した私が通りますよ。10kとか1Mとか、最初は?マークでした。当時、勉強で物理とかやってたから、分かって当然の意味合いではあったんですけど、世界が変わると知識の紐付けがあんなに難しくなるとは。
「まずは、リフル山に行くぞ」
口頭のやり取りも何とか終えて、冒険者登録が終わった。早速依頼書を探しに行こうとしたテルヒロを引き留めて、俺はそう提案した。
「リフル山?っていうと街の西の山だっけ?」
「ああ、ロックワームで金策とレベル上げをする」
俺の言葉に、テルヒロは嫌そうに眉をひそめた。まぁ、気持ちはわかる。
昨日話に聞いたところ、テルヒロの考えていた『突撃!RBD安定生活チャレンジ』的なやつの最初のつまづきがロックワームの討伐依頼だったらしい。
しかし、俺の考える『現実に戻る攻略チャート』では、ロックワームによるレベリングは必須なのだ。しかも、低レベルの内にやり遂げておきたい。
「大丈夫。俺に任せとけ」
代わりに、対人のやり取りは全任せだ。
そんな俺の内心は気にも留めずに、自信満々な俺の物言いにテルヒロも腹をくくってくれたようだ。早速、ギルドの空いている机に座り、テルヒロに持ってきてもらった依頼票の束を吟味して、ロックワームの討伐やリフル山で採取できる鉱石岩の採取依頼を受けることにする。
せっかくなので、同時に進めれるものは進めるのだ。なにせ、お金も足りない上に、依頼一つ一つはそこまで高い依頼ではない。足りない分は努力と数でカバーだ。
よし、とりあえずこの辺か。と、依頼書を粗方見終えた所で、俺に影が差した。
「嬢ちゃん、そいつはやめときな」
誰かが、俺の背後からダミ声で話しかけてきた。え?
声のする方に振り向いてみれば、いかにもな男が3人。話しかけてきたは中央にいるガタイのいい男だろう。頭頂部だけがハゲていて、動物の毛皮のベストを着ている。腰の手斧のおかげもあり、冒険者と言うより山賊と言う風体だ。
残りの二人は中肉中背の感じだが、一人は糸目のような細い目で、上の前歯が唇からはみ出ている。革鎧を身に着けていて、武器は長剣のようだ。
もう一人は、小ぶりの刃物――ダガーナイフを腰に巻いた隻眼の男だ。おでこから左の頬にかけて大きな傷が走っており、傷がある瞼の方の片目は閉じられている。それだけ言うとかっこよさそうだが、その見た目で山が登れるのか?と言うほどの巨漢だ。
というか、こういうことを避けるために俺はわざわざギルド備え付けの机の内、部屋の端にあるものを選んだのだが。わざわざ俺の後ろに回り込んで話しかけてきたのか?
どういうつもりだ?
訝しむ俺の様子など気にせず、その男は鼻息をピスピス鳴らしながら自慢げな顔でテルヒロを指差した。
「そいつはここに来てすぐ落ちぶれたダメ男だ。
依頼を受けるなら、俺たちみたいな強い奴らがお勧めだぜ」
そう言って、俺の後ろから手を伸ばして、俺の目の前に手を叩きつける。バン、という音と、ミシリ、という机の軋む音に驚いて、思わず「ひゃあ」と情けない声が漏れてしまった。
怯えた俺を見かねてか、机を挟んで向かい側にいたテルヒロは、素早く回り込んで俺とその男の間に入り込んできた。
「大丈夫か?」
俺は、こくこく、と頷くしかなかった。
その男がやった行動に関して、視線的というか、方向的には、どちらかと言うとテルヒロを脅すつもりでやった行為なんだろうけど、俺としてはとにかく不意打ちででかい音を鳴らされたのでアウトだ。ノドがきゅっ、と閉まって、肩に力が入ったまま動けなくなってしまったのだ。
そもそも、態度も誘い方もそうだが、一緒についていくにはこいつらの見た目はあり得ない。一緒に人里を離れようものなら、あっという間に奴隷落ちさせられそうだ。マジで怖い。
テルヒロは、顔を青くした俺を見て、山賊じみたおっさんたちを睨んだ。
「ボングさん。シオを怯えさせないでくれ」
「おいおい、言いがかりはよくねぇなぁ。お前が頼りなさすぎるから怯えてるんじゃねぇの?一緒に依頼行くのが怖い、ってな」
ダガーベルトのデブが難癖をつけてきた。
……これはあれか。俺、ナンパされてんのか?
テルヒロは、男どものバカにした口調をスルーして、あくまで冷静に受け答えをしている。
「俺がこいつを手伝うんじゃない。こいつが俺を手伝ってくれるんだ」
しかしテルヒロがそう言うと、一拍、無言になって、山賊どもが大笑いしだした。
「がっははは!お前、新人の嬢ちゃんにお守り頼むのかよ!情けねぇなぁ!」
「ぎゃはははは!」
むかっ。なんだこいつら。テルヒロが、どんなに苦労してたのも知らないだろうに。
なんだか、テルヒロをバカにしている感をひしひしと感じた。俺は、恐怖よりもムカムカとした気色の悪い黒い重りが、胃の中に生み出されているような、そんな苛立ちを自覚した。
正直、同じ空気も吸いたくない。
「……行こう」
俺は、苛立ちに任せてテルヒロの手をつかんで、そのまま街の入り口に移動した。
「――……はっ?」
気が付いたら街の入り口にいたことで、さっきまで剣呑な空気をしていたテルヒロが間の抜けた声を上げる。
「え、あれ?ギルドは?」
「あそこにいても気分悪いだけだろ。
依頼書には事後報告でもいい、って書いてあったから、先に狩って終わらせちまおうぜ」
「あ、おう。……いや、そうじゃなくて、なんだ、今の」
俺は、まだあの場の空気が周囲に纏わりついて残っているような気がして、思わず荒い声で答えてしまった。
そんな俺にすこし戸惑っているようなテルヒロ。――いや、なんか俺の口調というか周囲に驚いているような感じだ。
なんでこいつそんな驚いて――ああ、そうか。
「ファストトラベルだよ」
「ふぁすととらべる?」
やっぱりこいつ知らなかったのか。そういえば、ゲームの機能だからどちらかというとヘルプに書いてある機能か。世界観を壊す、ってチュートリアルで出てこなかったんだっけ、そういえば。
ファストトラベルとは、町中の施設に一瞬でワープできる、人里限定のシステムだ。
なにせ、最初の街とはいえ『ラカーマ』は広い街だ。しかも、後に出てくる街はもっと広い。一つ一つの店を回る移動にも、それなりの時間がかかってしまうのだ。
これに関して、不平不満が溜まって公式に対応を求める要望は多かった。
結果、バージョンアップで実装された機能の中に、街内の施設には一瞬でワープできる【ファストトラベル】が追加されたのだ。確か実装時期は version 3.系だったかな?
そう言ったことを伝えると、そんな便利な機能があったのかと驚かれた。うーん、ゲームシステムの情報は、こいつにまとめて教えると絶対混乱するからな。必要に応じて教えていくとして、気が付かないところをすぐ説明できるように、なるべく街中でも一緒に居る事を心がけるとしよう。
少なくとも、さっきの連中みたいなのが跋扈してたら一人じゃ対応できないし。
ちなみに、ファストトラベル機能の実装について、すんなりユーザーに受け入れられたかと言うと、実は批判意見は収まらなかったという――まぁユーザーとして同じユーザーの馬鹿な話として、今でも覚えている――混乱があった。
まずいきなり追加システムを実装したせいか、チュートリアル中にシステムメッセージの体をとって、ポップアップでいきなり話題が出てくるという、メタなシステム話で説明されてしまったのだ。
これがゲームの世界観を第一に考える奴らから「メタな話でシステムを解説するな」というバッシングがあったのだ。結果、次のマイナーバージョンアップでチュートリアルから説明が消えてしまったのだ。
後日、システムではなく世界観的な説明でチュートリアルの内容に実装予定だったらしいが、どうもテルヒロのようするからすると、結局チュートリアルの内容の更新はされていなかったようである。
当時の混乱とは、初心者の中にはしばらくファストトラベルの存在すら知らないで、待ち合わせなどで余計な手間をかける羽目になったプレイヤーが続出したのだ。初心者と熟練者の壁、なんて言われ方をしたこともあったか。
結果的に、初心者用SNSの基本的なQAに説明が乗ることになった。公式ではなく、同じプレイヤーの親切で、漸く事が落ち着いたという事件だった。
ちなみに、後から分かったことだが「移動に時間がかかる」と文句を言ったプレイヤーと、「ファストトラベルの機能の説明はシステムメッセージでするな」と文句を言ったのは、同じプレイヤーが結構いるということが判明した。とても、迷惑な奴らだったのだ。
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ゲーム内通貨の量は、経験者が言う桁と初心者の言う桁はアルファベット違いますよね。
シオくんの安い金額判定は、テルヒロくんの高い金額判定です。