黒幕の影
さっきから会話に参加していないと思っていたら、俺の近くにいなかったようだ。どこにいるのか、ときょろきょろ周囲を見てみれば。
……んなっ!?
後姿を見つけた場所に、俺は思わず目を見開かざるを得なかった。あいつ、よりにもよってメカフィアットの近くにいたのだ。何してんだあいつ!
「テ、テルヒロ!お前何を!」
「ん?……うおぉぉ!?」
俺が焦りの声とともに駆け出せば、当然その場の人間はそちらを向いて――同じく焦りの声を上げる。驚きは波及し、背後では即座に臨戦態勢がとられているのが音だけで分かった。
『――というわけで……ん?ベテランちゃんもこっちに来たのかい』
「へぇ~。あ、シオ」
「『あ、シオ』じゃねぇよ!何してんだお前!」
近くまでたどり着いてみれば、先ほどまでぎゃんぎゃん騒いでいたメカフィアットもテルヒロものんきな声で俺を呼ぶ。
え、何?井戸端会議でもしてたのか?
「シオ。このワールドイーヴィル、感覚的には人間の時と同じ感じで立ってるらしいぞ。どう見ても4本足なのに、どうなってるんだろうな」
「え、何してんのお前……いや、その話はちょっと気になるけど。気になるけど!何してんの!?」
「いや、みんなで話してるの聞いてても、何も思いつかなかったからさ。
そしたら後ろでずっと叫んでたから、ヒマだったし話し相手になろうかと」
『そうだよ。攻撃されないことには首しか動かせないし、ブレスも吐けないんだからせめておしゃべりくらいさせておくれよ』
テルヒロの一言目と二言目がつながらねぇ!なんでそれで話し相手になろうって発想が出てくるんだ!?
それでもって『メカフィアット』もこいつだ!ボスの風格も威厳もなくなって、駄々っ子みたいにテルヒロに同意する始末。随分この短時間で仲良くなったもんだ。
……ああ、いや。テルヒロだもんな。
「それに『せっかくクライマックスで盛り上がってきたところで、ずっと放置されてて寂しい』って言いだしたから」
「あー、それはマジですまん」
"ぼっちが辛そう"、と言われるとクるものがある。俺だって、伊達に1年引きこもっていない。でも、一人になりたくて引きこもってるわけでもないのだ。
だからこそ、テルヒロの存在がありがたかったわけで。テルヒロも会議で蚊帳の外の状態だったのもあって、涙ながらの言葉は、テルヒロには聞き捨てならない言葉だったんだろう。涙腺どころかモノアイですらねえけどなそのメカドラゴン。
いや、でも放置せざるを得ないだろう、今は。
「でも、相手しようにも対処法がないんだわ。このチート」
『そんなこと言われても、そう簡単に対処されても困るんだよねぇ。君たちを全滅させるために用意してもらったんだからさ』
「よく言うよ。せめてどっかわかりやすい弱点でも……――ちょ、ちょっと待て。テルヒロ。クランバインさん呼んできてくれ」
「お?おう」
テルヒロが戸惑いの表情をしながらも、クランバインさんたちの元へ向かう。
その間に、俺はメカフィアットに向き合う。目がないから、"視られてる"感覚がないのが助かるところだ。
「今、なんて?『用意してもらった』、って?」
『そうだよ?』
「誰に?」
『それは言えないなぁ』
「シオ、お待たせ」
ふふん、と上機嫌で俺の質問を断るメカフィアットにイラっとしていると、テルヒロがクランバインさんを連れて近くまでやってきた。
「クランバインさん。こいつ、ラスボスじゃないみたいだ」
「……なんと?」
「こいつの裏に、だれか――少なくとも、もう一人いる」
よくよく考えてみれば、当然の帰結だ。そもそもだ。
クランバインさんは、先達の騎士団長から引き継ぎ、国王に認められて騎士団長になった。しかし、その身はいまだプレイヤーだ。
この地に降り立った時点では、ゼロゴ達もただのプレイヤーだった。しかし、ゼロゴを初めとした邪教団プレイヤーは、その属性がモンスター――つまりNPC扱いとなっている、ゲーム的には完全なイレギュラーだ。
そしてゼロゴの話によれば、その転職には邪教団幹部、という"先人"が必要のようだった。
じゃあ、こいつの"先人"は、誰だ?
いくつか確認しないといけない。最初から完全に敵対こそしていたが、ひょっとしたらこいつもゼロゴと同じなのかもしれないのだ。
「確認したいんだけど、お前は元の世界に帰りたくはないんだな?」
『そうだよ。この世界のほうが、気楽だ』
「それって、どうしても俺たちを殺さないといけないのか?」
俺がメカフィアットと話をしていると、不意にテルヒロが口をはさんできた。
『ん?』
「いや、お前が帰りたくないのはわかったけど、だからと言って俺たちが帰りたいっていう行動を防がないといけないものなのか?」
『ふむ……確かに』
メカフィアットは、テルヒロの言葉にうなずくと、首をあげて上を見た。
『……私は、この世界を楽しみたかった。この世界を歩いて、未知の展開に進んでいって与えられた役割は、何から何までRBDでは経験したことのない、新しいことだった。
だから、スタンピードが起こったときも、色々試してみたかったんだ。
この洞窟をぶち抜いて策を弄したり、フィアットをこの身に召喚して、ワールドイーヴィルの体を手に入れたりしたわけだけど。
私のやりたかったことが、無理してどちらかが殲滅するまで争う必要があるかというと……』
おっと、マジか。メカフィアットは、テルヒロの言葉に絆されてきているようだった。
そもそもの話、こいつの目的はかなり刹那主義だ。自分が楽しめればいい、というわがままで危うく殺されかけはしたものの、その前提にはやはり「この世界がゲームである」という価値観があるのは間違いなかった。
あ、いや。フィアットの体、か。
「……そういや、フィアットの体なんだよな。こう……これたちに対する憎しみ的なものはないのか?」
『いいや、全然。どうして?』
「ドライトは、俺たちに対してすごく恨んでたからな。ワールドイーヴィルは、全員本能的にプレイヤーを恨んでるものかと」
『……ああ、あの世界観の話か。そうだね。私にはその気持ちはさっぱりだ。ひょっとして、「教祖」のロールプレイをバッチリやっていれば、恨みの一つや二つ浮かび上がるのかもしれないけども』
うーん?メカフィアットという存在自体がイレギュラーすぎて、システムの制約が働いてないのか?
クランバインさんが王都騎士団の団長として王都を守るのは、その役職自体の制約というよりは、過去のしがらみや後悔に基づいているわけだしなぁ。
しかもこいつに限って言えば、降ってわいた「邪教団教祖」という地位で遊んでいるだけだしなぁ。
『とはいえ、せっかくリソースをつぎ込んでこの体になったんだ。
ねぇ、キミたち。やっぱり私を一つ小突いてくれないか?』
「その話の流れでやるわけないだろ!」
前言撤回。やっぱりこいつを何とかせにゃ。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
「教祖」は、RBDガチプレイヤーの一人でした。そのため、この世界への転移は割と楽しんでいたようです。
彼の物語は描かれることはありませんが、ひょっとしたらスピンオフを描くことになったら、ワンチャンあるかもしれませんです。




