その後で現れる絶望
遅くなりまして、申し訳ございませんでした。
事の顛末は活動報告にて。
教祖の、カタチが、変わる。
さながら洋画の、車が変形するSFのように。機鋼種特有の金属の肌に亀裂が走り、はじける。どう考えても質量が割に合わない機材が中から飛び出て、新しい装甲に覆われる。
まさかの事態に呆然とする俺たちの前で、ガチャガチャと不可解に組みあがり、巨大化していく。
俺たちが周囲を囲んで閉じ込めていた、人間大のそれは、いつの間にか俺たちを見下ろすサイズまで膨れ上がっていた。
俺の知る黒の体表でも、白の体表でもなく、光源も見あたらないのに滑らかに輝く銀の体表に輝き、俺の知らない――機械の武装を身に纏った、4本角のドラゴンが、そこに鎮座していた。
『さぁ、ラストバトルといこうじゃないか』
……マジかよ。ただモンスター化しただけじゃなくて、自意識も残っているのか。とんでもないことをしやがった、と思っていたが、どうも自棄になったわけでも、暴走したわけでもないようだ。
『フィアット』から電子音声のような声――もはや、元の声もわからない加工音になってしまっているが――で喋った。その顔は、円錐状に尖ったペン先のような形になっており、もはや口という部位が存在するようには見えないのだけど。
まずい。非常にまずい。
『フィアット』に『教祖』の意識があるのであれば、最悪の想定としてプレイヤーの使うアビリティ、プレイヤーの使えない『教祖』のアビリティ、そして『フィアット』のアビリティを使う"プレイヤー"が相手だ。
モンスター故の、システムの穴をつくような戦い方はできない。そもそも、通常の『フィアット』よりも、明らかに強化されている見た目だ。銀の光沢のワールドイーヴィルなら、第二形態のようにも見えるし。
「……ずるくないか?最初から第二形態かよ」
そうであれ、という期待を込めて。
基本的に第二形態の変化タイミングは総HPの半分まで削った後だ。元々第二形態であれば、通常のWEの半分の戦闘時間の想定となる。今の戦力で、長期戦は無理だ。
周りもまた、その脅威を身に染みて理解しているのだろう。恐怖におののき、あるいは呆然と見上げるしかない中、俺がぼそり、と愚痴った。すると、『メカフィアット』はそれが聞こえているのか、首を震わせた。
『くくく……そうだね。でも、しょうがない。この体で第一形態を新しく召喚するには、洞窟のHPが足りないんだ。その半分じゃないと、召喚できなかったんだよ。
でも、どちらでもいいだろう?君たちは成す術もなく死に絶え、王都は滅びる。邪教団が席巻する、唯一のサーバーの出来上がりだ』
ってことは、この状態で普通のワールドイーヴィルの第一形態と同じくらいのHPがあるってことか?結局チートじゃねえか。だれかBANしてくれねえかな。
俺は、過去のワールドイーヴィルと、闇界の洞窟に設定されたHP、そして先ほど『教祖』が言っていたHPの変換効率を考察しながら、戦略を組む傍ら、いるかもわからないシステム管理者に愚痴る。
「なんだって、そうまでして、あの映像に従うんだ。別に邪教団らしくしなくても、王都は放っておいてもいいだろう?」
『くく……そうだね。でも、せっかくゲームではできない、「邪教団のトップ」になれたんだ。せっかくだから、ロールプレイもいいだろう?』
「うわぁ、めんどくせえ」
どういう論理かわからないが、奴は自分の意思で「邪教団の教祖」をやりきるつもりらしい。それに巻き込まれて死ぬ方は、たまったもんじゃないんだが。
「……なぁ、シオ」
「なんだ?」
俺とメカフィアットの掛け合いに、テルヒロが割り込んできた。
「これって、もう第二形態なのか?」
「ん?ああ、たぶん。向こうが嘘を言ってなければ、だけど」
「じゃあ、今って攻撃しなきゃ攻撃されないのか?」
……ん?
「……ん?」
『ん?』
俺と、メカフィアットがにらみ合う――どこに目があるのかわからないが、とりあえず頭を見る。
「……」『……』
メカフィアットが、ぐいぐい、と首を振る。しかし、首から下はびくとも動かない。頭が、きょろきょろと俺たちを俯瞰する。
『……えっ』
――えっ。
「えっ」
『……えっ』
えっ。なにそれ。
「ぜ、全軍集合ー!ワールドイーヴィルから離れろ!」
『ま、待て、君たち!せめて一撃試していきたまえ!』
「馬鹿言うな、戦闘始まるじゃねぇか!」
クランバインさんが慌てて号令を出し、俺たちはそれに従って集合する。放置されるような形になったメカフィアットが、焦ったような口調で提案するが、そんな馬鹿な話に乗るやつがあるか。
俺たちは、なおも首だけを動かしてぎゃんぎゃん喚くメカフィアットを放置してこれからの相談をすることにした。
もはや、この場で騎士団の上限関係などない。この会議は、全員が顔を突き合わせていた。
「とりあえず、これからどうしましょうか」
「この階層に来てから地上とは連絡が取れない。我々だけで何とかするしかないだろう」
「とりあえず、放置で地上帰れませんかね」
「インスタンスダンジョンのボス戦だ。敵を倒すか、全滅するか、二つに一つしかない」
「それこそ、今の戦力で行けるのか?」
今、この場にいるのは王都騎士団60余名とプレイヤーズクランが6組、計42名。
本来は最大100人態勢のレイド戦闘で挑むワールドイーヴィル、人数的には申し分ないのだが、それは各々がそれなりの戦闘力を持っている場合だ。
今の戦力は、本来50階層のボスレイドに足る面々。当然だが、100階層のボスレイド戦なんて、過半数、あるいはほぼほぼ戦力外通告されてもおかしくないのだ。
ドライトは、まだ表ダンジョン準拠の性能だった。前もって高レベルの先行隊が、4時間以上の戦闘で消耗させてあったこともある。
そして本隊の圧倒的防御力を前面に押し出しての攻撃一辺倒を強行、短期決戦を余儀なくされていたがゆえに10分で倒せたのだから。
今回は、戦力彼我が完全に逆転している。しかも、俺はフィアットの能力やパターンを知らない。加えて、邪教団の教祖はゲーム未登場。まったくもって未知数だ。
周りが、がやがやと意見にむせ返る中、俺は思考に没頭する。
――この状態でメカフィアットに勝つには、どうしたらいい?
まず、火力で押し切るのは不可能。
ダメージと回復が釣り合う構成で耐久……相手の攻撃力がわからないので、無理。
ボスキャラにデバフは効かない。半面、こちらへのバフ魔法は使い物にならない。つまり、強化弱体化で能力差を縮めるのは無理。
無理無理尽くしの中で、今俺たちが生き残っているのは、この世界がどうしようもなくゲームだから。第二形態の戦闘開始条件、という奇跡的な幸運だ。
しかし、ゲームの準拠で言えば、俺たちは絶対に勝てない。
だが、ゲームではない、現実化した影響もまた、存在する。『メカフィアット』という存在が、この上なく現実化したこの世界の、RBDのルールに生まれた抜け道の象徴だ。
つまり。
「――ゲームのギミック以外で、勝つ」
これまでもそうだ。俺もテルヒロも、これまでそうやって潜り抜けてきた。
ゲームの舞台で、ゲームのルールで、抜け道をくぐって無理やり王都までたどり着いてきたのだ。
今回もまた。
「テルヒロ。何か思いついたことあるか?」
俺は、ゲームを根本的にわかってない天才に問いかけた。
「……あれ?テルヒロ」
しかし、振り返った先。さっきまでいたはずのテルヒロの姿はそこにはなかった。
ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。
今までがゲームが現実化したメリットで戦ってきたシオ君ですが、ここにきて相手が同じメリットを使ってきた形ですね。
もっとも、完全な状態じゃなくていい妥協をした結果、足元をすくわれてしまいましたが。




