産まれ出でよ恐怖
ARウィンドウか?教祖が何かを操作した。同時に、視界の端に移していた周辺マップの、プレイヤーの色が変わっていく。青から赤――教団側のパーティに移動した、ってことか。
「できればもう少し欲しかった」
「何?」
教祖のつぶやきに、近くにいたプレイヤーが尋ねる。
「【スキル】のコストが少し足りないんだ」
"何か"が、発動する。
瞬間、教団側に移動したプレイヤーの足元が光りだす。なんだ、あれ。
「お、おい!なんだこれ!どういうことだ!」
「い、いやぁあーーー!!」
「なんだ、HPが、0に……!?」
そう。教団側に移動したプレイヤーのHPが、全員0になっているのだ。しかし、普通の死亡とは違う。プレイヤーが死んだからといって、足元から光にはならない。
通常は、他のプレイヤーに救助してもらうまで、グレーアウトした死体が転がっているか、瞬間で消えてリスポーンポイントに移動するかだ。
「【サクリファイス】。ワタシの部下のHPを、別のキャラのHPに移動させる【スキル】だ。残念なことに、移動できるのは発動時の100%しか選べなくてね。
しかも、移動した先は消費HPの3割程度しか回復してくれないんだ。なんとも効率が悪いけど、必要なことなんだ」
「て、てめぇ!だましたのか!?」
怒りの声を上げ掴みかかるプレイヤー。しかし、その手は教祖の体をすり抜けた。その手が、既に粒子化していたからだ。
「そんなことはない。だましたなんて人聞きの悪いね。魔物に転生してもらうために、なんにせよ教団員として一度死んでもらう必要があるから、一石二鳥なだけさ。
いい経験だと思ってくれ」
怨嗟の声が、広間に響く。その様子を、教祖は笑いながら、俺たちは……愕然としながら見守るしかなかった。
やがて、教祖側には、教祖一人しか立っていない光景に戻ってしまった。
「HPを移動する……と言ってたな。あいつ、瀕死だったのか?」
テルヒロが、教祖から目を離さずに、そうつぶやいた。それは、かろうじて俺が聞き取れる程度でもあったのだけど。
「そうだね。いい質問だ」
教祖は――確実にこちらを見ていた。テルヒロを見て、そう答えていた。聞こえるのか……?
待てよ。あの腕。ガントレットじゃないのか?まさか、この教祖。ひょっとして。
「ワタシがHPを移動させた対象は、ワタシじゃないんだ。……このダンジョンさ」
「!?」
おい……おいおいおい、なんかやべえこと言ってないかあいつ。
一瞬で考察が吹き飛んだ。今の状況を考えざるを得ない。この場所、教祖の言ってること、移動させたHPの総量。
「まったく、この世界で一つだけ文句を言いたいのは変換効率だね。大体が半分以下というのは、ロスが大きすぎる」
「っていうか……」
教祖の愚痴に口をはさむ。ボソッ、と。教祖の耳の良さを試すように。。
「どうやってここに呼び込んだんだ」
その言葉に。教祖はにんまりと笑みを浮かべた。こちらを見ている。やっぱりそうだ。聞こえている。
そういう設定があるのかは知らないが、そういうスペックを持っていても、おかしくはない。
精霊種ならワンチャンあるが、身長が足りてない。あいつにはケモノ耳がついていない。しかし色人種には無理だ。
「ふ……はっはっは。後発組のように見えたけど。知ってる、知ってるんだね。この場所が、どこなのか。ひょっとして、2ndか、3rdか」
4thだよ。
「シオ、知っているのか。この場所を」
「ああ。普通ならこんなあっさりと到着はしないんだがな。あと、風通りが良すぎる。何をどうしてこうしたんだか」
こちらに視線が向いているのはわかっているのだろう。俺を背に隠しながら、テルヒロが聞いてきた。
ああ、知ってるさ。
ここが、俺の目的地なんだから。
「簡単なことさ。天井をぶち抜いたんだ」
……予想より力技だった。
俺は、テルヒロの背に隠れながら、質問を続ける。
「いやいや。ダンジョンマスターならダンジョンの構造変えるとか、最下層を上に持ってくるとか、そういうテクニックじゃないのか」
「そうだね。ダンジョンマスター、というクラスが本当にあればね。
でも、残念ながら、ワタシはダンジョンマスターではなくてスタンピードの主にしかなれなかったんだよ。おかげで下準備をするまで、無駄にダンジョンのHPを削る羽目になってしまった。
……失敗したからネタ晴らしをすると、天井を開けたのは、自分の火力の確認と、あわよくば落下死を期待していたのだけどね。50階層と51階層の間はどうやっても影響を与えられなかったし、50階層からの移動が51階層ではなく、設置している場所、というのも残念な結果だった。
――おかげで、プランBに移動せざるを得ない、ね」
やっこさん、どうしても俺たちを全滅させたいらしい。……なぜだ?
「それも、ワールドイーヴィルの信仰しているからなのか?どうして俺たちを、王都を、滅ぼそうとするんだ?」
「決まっているだろう」
教祖は、ばさり、とそのローブを脱ぎ捨てる。
その服の下から出てきたのは、鎧――じゃない。明らかに、機械を身に纏った体!背中から、腰から、金属の筒――銃口がこちらを向いている。
やはり、機鋼種!
「君たちが、このゲームを終わらせるつもりだからだよ。マルチのゲームで、一人は寂しいだろう」
「全員、散開!」
銃口から光が放たれるが、既にそこに俺たちはいない。着弾し、爆風と爆炎が巻き起こる。俺たちの姿を隠す黒煙に紛れて、全員が教祖を囲むように回り込む。
周囲を囲まれているにもかかわらず、教祖の表情は余裕そうだ。……そりゃそうだ。
「――ベテランちゃん。不思議に思わないかい?」
ふいに。教祖が口を開いた。誰に――俺か?
「なぜ、この階層にモンスターがいないのか。なぜ、ダンジョンのHPを回復しても、モンスターを召喚しないのか」
そうだ。この階層の敵は、なぜか一体もいない。コイツがスタンピードの主ならば、少なくとも50階層まで、あるいは現在到達している階層のモンスターを用意できるはずだ。少なくとも、ゲームではダンジョンで待つスタンピードの主は、滞在する階層に出現するモンスターを、次々とリポップさせていた。
加えて、俺たちの分は悪い。バグのせいでドライトの討伐経験値は入っておらず、それ以降の戦闘もないので、少なくとも俺とテルヒロの能力は30階層レベルで止まっている。
騎士団も、闇界の洞窟の制覇をしていない以上、高く見積もってもフルメンバーで90階層到達程度。99階層レベルが並んでしまえばひとたまりもない。
俺たちを倒すつもりなら、この階層に飛ばされた時点で99階層モンスターを並べていればいいはずだ。
こいつの目的は――?
「君はこう思っている。『こいつは何を考えているんだ』とね」
のんきに話す教祖に、3組の騎士団が切りかかる。後衛は、一斉にデバフと攻撃魔法を放つ。
「そうだね。私には、託された使命があるんだ。そして、そのためにこの状況を作り出した」
しかし、教祖に触れることなく刃は止まり、魔法は霧散する。
……これは……演出の無敵タイム!?いまさらここでどんなイベントがあるっていうんだ?
攻撃を仕掛けていた面々も、明らかに防御行動以外の"何か"による攻撃の妨害に、すぐさま距離をとる。
「そう、これが、私の至る最果て!」
教祖の足元に魔法陣が光となって浮かび上がる。俺の【魔法陣学】が、勝手にその内容を俺にたたきつけてくる。
――ワールドイーヴィルの召還!
「産まれ出でよ『フィアット』」
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来ちゃいました。100階層。




