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その先で待つ希望

 閃光が俺たちの視界を埋め尽くすのも一瞬だけだ。思わず(まぶた)を閉じたものの、光の圧を感じなくなって、薄らと見える周囲の後継に、俺は愕然とした。

 先ほどまで、なぜか明るく光って明かりいらずだった洞窟の岩壁は、明らかに世界観の違う金属の光沢になっている。

 耳鳴りがするように静かだったはずの周囲は、妙な駆動音が低く響いている。

 いや。いやいやいや。なんでだよ。

 

「シオ、大丈夫か?」

 

 いつの間にか、俺の背にはテルヒロの手が回っていた。震える体を、背をさすって(なだ)めてくれているようだ。

 しかし。それも無駄だ。

 最悪だ。なんでこうなっている。

 周囲も、あまりの風景の代わりっぷりに、ざわざわと混乱が隠しきれていない。

 

「そうか。ふーむ、こうなるのか。苦労のわりに楽はできないな」

 

 そこに。落ち着いた男の声が響いた。

 ざ、と音を立て、俺たちは声のする方向に構え、戦闘態勢に入る。

 黒い邪教団のローブを身に着けた何者かが、灰色に輝く金属の広間に立っていた。そのローブの(すそ)からは、金属光沢のガントレットが見えている。

 

「邪教団の教祖、で間違いないか」

「そうだね。間違いない。ついでに、スタンピードはワタシを殺さないと、止まらないよ」

 

 あっさりと。クランバインさんの威圧感たっぷりの言葉に、そいつは意にも介さないように気楽な口調で答えた。ついでに、と言わんばかりに、スタンピードのことにも言及して。

 

「お前は、プレイヤー、か?」

「そうだね。元、だけどね」

 

 続けるクランバインさんの言葉にも、答える。1対軍隊()の状態にもかかわらず、そいつの話す空気は、ずいぶんとリラックスしていた。

 

「……投降するつもりはないか?今なら、元の世界に帰る手立ても、いくつか候補に」

「元の世界ィ!?はーっはっはっは」

 

 クランバインさんも、彼の動向を奇妙に思ってはいるようだった。しかし、プレイヤーであるなら、と考えたのか、投降を促し、仲間に引き入れようとしたようだ。

 しかし、そいつは「元の世界」というキーワードに大げさに反応して、クランバインさんの言葉を遮って笑い出した。その様子に、クランバインさんだけじゃない。俺たちも、あっけにとられてしまった。

 

「はっはっは。――()()()、キミたちは元の世界に帰ろうとしているのか」

 

 笑っていたそいつは、急に笑い声を止めると、わざとらしく驚いたように尋ねてきた。急なテンションの変化に、クランバインさんはたじろいだものの、話を続ける。

 

「……そ、そうだ。君たちは、この世界が滅びた元の世界だと誤解しているかもしれない。しかし、それは違う。この世界は、あるゲームの世界で」

「誤解ィ!?はーっはっはっは」

 

 再び笑い出す教祖。わざとらしいリアクションや、話を(さえぎ)るように馬鹿にしてくる様子に、騎士団の一人がいら立ったように声を荒げた。

 

「何が可笑(おか)しい!」

「はっはっは……。いやいや、キミたちは……恵まれてたのかねぇ」

 

 何……?教祖の言いたいことが分からず、俺たちは首をひねった。

 

「……剣と魔法の世界だぞ。ここは。パラダイスじゃないか」

「は?」

 

 教祖は、両手を広げて、嬉しそうににっこりと笑いながらそう言った。クランバインさんは――いや、俺たちは。そいつの嬉しそうな言葉に、思わず言葉を失ってしまう。

 そんな、俺たちがドン引いてることに気づかないように、教祖は両手を広げて語りだした。

 

「だって、そうだろう!ここは実力主義の世界!

 敵を倒せばレベルが上がる!金がもらえる!魔法は使え、人を救えば英雄に(まつ)りたてられる!それでいて煩わしいおためごかしも何もない!

 そりゃあ、実力が足りなければ壁に阻まれもするだろうが、レベルを上げれば必ず乗り越えられる程度の壁だ。――元の世界よりも、イイ世界じゃあ、ないか?」

 

 こいつは……そういうやつ、か。

 そうだな。こいつの言うとおりだ。

 

「――し、死んだら、終わりじゃないか!こんな世界より、元の世界のほうが平和でいい!」

「もう、戦いはこりごりなんだよ、こっちは!」

 

 教祖の論弁に、騎士団の一部から怒りと悲壮の声が上がる。それもまた、一理ある。元の世界では――場所にもよるだろうが――少なくとも都会では魔物に襲われる脅威はない。命のやり取りに辟易(へきえき)している人間は、必ず一定数いる。

 何より、それで前線をリタイアしたプレイヤーも、騎士団の事務方のほうにたくさんいるんだ。

 この世界に来たみんながみんな、この世界に順応できているわけではない。

 

「ふぅむ、そうだね。確かに一度死んだら()()()()()は終わりだ」

 

 教祖は、反論が来ても――相も変わらず芝居じみた動作は変わらず――顎に手を当てて考えるそぶりをした。随分、含みのある言い方をしてくれる。

 

「ならば、こちらにくるといい。我々"教団"は、来るものを拒まない。

 教徒になれば、()()()()()()からね」

「何!?」

 

 え、マジで?

 教祖の言った、驚くべき内容に俺たちは震えた。

 ――復活できる?どうやって……?


「プレイヤーは、この世界ではリスポーンできない。蘇生ポイントがないからだ。この世界に住まう人間たちもだ。

 しかし、教団員は違う。設定上、教団員のカテゴリは"魔物"だ。つまり、教団の本拠地に、リポップポイントがあるのさ。だから、殺されても復活できる。寿命は――まぁ調べられるほど生きてはいないからわからないがね。

 少なくとも、魔物の脅威から逃れることができるよ」

 

 俺たちの反応に手ごたえを感じたのか、教祖はその手をこちらに向けた。

 

「さぁ、どうする?」

「――……お、俺は邪教団に入るぞ!」

「私も!」

「な、なに!?」

「俺もだ!」

「待て、行くな!隊列を乱すな!」

 

 先ほど、ワールドイーヴィルを倒した団結力はどこへやら。騎士団から武装を放りだし、我先にと教祖の方へ駆け出す騎士団員プレイヤーや、クランプレイヤーが現れた。一人抜ければ、タガも外れる。ぞろぞろと教祖の方へ向かうプレイヤー。

 

「おい、待てよ」

「うるせぇ、離せ!」

 

 引き留める者もいるが、移動するものはその手を振り払う。

 いや、そりゃそうだ。

 死ぬのは怖い。誰だって怖い。この世界で、それから逃れる方法があるなら、その手を取ってしまうのも、やぶさかではないだろう。

 地上でゼロゴが頑張ったのも報われない。そう言わざるを得ないほどに、騎士団側の人口は減ってしまった。半減と言わずとも、3割越えと言っても過言ではない。

 クランバインさんは、「ちっ」と苦々しげに舌打ちをするものの。

 

「残った者は防御陣形!隊列を崩すな!」

 

 すかさず号令を出す。決められたパートナーではないものの、ぞろぞろと歯抜けの陣形から密集陣形になった。もちろん、俺の前に立つのはテルヒロだ。

 

「そうか――……君たちは、あくまで戦うつもりかい?」

 

 教祖は、残念そうにそう言った。もはや、クランバインさんも何も言わない。

 

「お、お前らもこっちにこいよ!こっちでも、捜索はできるだろ!」

「そうよ!復活できるんだから、元の世界に戻るにもこっちのほうが便利じゃない!」

 

 教祖も、クランバインさんも、俺たちも口を開かない。その緊迫した空気に耐えられなかったのか、邪教団側に寝返ったプレイヤーが説得の声を上げる。

 でも、俺たちは――少しは戸惑うし、心揺れている表情をしている人もいるけど――その場を動くことはなかった。

 なんというかあれだ。

 

 ――()()()()()()のだ。

 

 そして、それは正しかった。

 

「そうだね。残念だよ」

 

 教祖はそう言って虚空に手を伸ばした。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 ここはどこでしょうね。

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