スタンピードの奥に待つモノ
20階層に到達。第4分隊が待機位置に残り、そのほか俺たちは先へと進むことになる。
28階層。入口に入った時点で、最初に比べるとすっかり灰色味の増した洞窟の中――闇界の洞窟は、赤茶けた岩肌から先に進むごとに黒味が増していくのだ――から、金属音――剣戟の音が聞こえた。
「団長!先遣隊、確認!」
「急ぎ、援護に向かう!第一、第二部隊の支援部隊は先行して、先遣隊を援護せよ!
軽装部隊は支援部隊を護衛!」
「了解!」
「テルヒロ、前は任せるぞ」
「応!」
俺は第二部隊の支援部隊、当然テルヒロも第二部隊だ。幸い、テルヒロは軽装部隊なので、一緒に向かうことができる。
俺たちを含めた速攻部隊は、聞こえてくる音を頼りに団長たちのいつ本隊を置いていって先に進む。
……あれ?敵とエンカウントしないな。一匹も逃してないのか?だとしたら、今まで俺たちが勝ったのはリポップしたやつか?
いや、それはない。スタンピードが発生した時には全部の階層のモンスターが一斉に発生する。しかし、その後の発生は階層に見合ったモンスターしか発生しないのだ。
この階層に辿りつく前に、スタンピード特有の発生階層の制約を無視したモンスターと戦闘している。
ってことは、先遣隊を突破したモンスターは、これまでで全て撃破したということか?いや、それにしても道中に発生なしはおかしい。
「――いたぞ!」
弓兵の部隊から声が上がった。長距離でも敵を確認できる【アビリティ】の恩恵だ。
「……」
……ん?
俺は、何も言わない弓兵部隊に視線を向けた。足こそ動かしているが、弓兵の誰もが表情をこわばらせている。
「――どうしました?」
「全員、戦闘準備だ。支援部隊は移動しつつ、護衛の後ろに回ってくれ」
俺の視線を辿ってか、テルヒロが弓兵部隊の一人に声をかけた。その弓兵のプレイヤーは、俺たちがまだ目視できていない状態にもかかわらず、すぐに戦闘準備に入っている。
ちなみに、戦闘準備――武器を取り出して装備することで、移動速度は少し落ちる。今すぐにも先行部隊と合流すべく速度を優先しないといけないはずだが――。
弓兵部隊のリーダーは、俺たちにも戦闘準備の指示をしてくる。なんだなんだ何事だ。
とりあえず、俺も覚えている【スキル】の中でも長射程を誇るものをチョイスして準備をする。俺はもちろん、他の支援部隊の面々も、若干戸惑いを隠せない。
……いや待て。この階層、こんなにストレートに道が続いていたか?
「射程内!弓兵、撃て!」
は!?
弓兵のリーダーの宣言に、俺は思わず目を見開いた。
弓兵たちの発動した【スキル】は一糸乱れず同じものだった。
RBD内では通称、「ICBM」と呼称されている【イクリプス・ビーム】だ。これは、威力の減退こそあるものの、弓を使用したアビリティの中でも効果がある射程範囲が長いものだ。
弓から放たれた青い残光は、全て未だ暗闇の中の"何か"に向かっていき――閃光とともに"それ"の姿を浮かび上がらせた。
「マジか……」
隣のテルヒロが思わず漏らした言葉は、ズバリ俺の心境と一致していた。だって、その姿は見覚えのある漆黒の姿――。
――ワールドイーヴィル……。早すぎるだろ。
「ご、50階層にいるんじゃないのか?ボスって」
「そのハズだ。スタンピードの最後に出るんだからな。ダンジョンの最奥で、スタンピード用のモンスターを生んでるはずなんだがな」
テルヒロの疑問に、俺は答える。とはいえ、俺も混乱している。知っている知識を口にして考えをまとめようとしないと、上手くモノが考えられない。
スタンピードは、自然現象として発生するイベントでもあるが、『春の宴』で発生するスタンピードは必ずワールドイーヴィルが関わっている。そのため、スタンピードのクライマックスで登場するボスキャラはワールドイーヴィルの化身、あるいは分体なのだ。
しかし、全てのスタンピードに共通している仕様がある。それは、必ずスタンピードのボスは動かない、ということだ。
スタンピードは、ボスが配下のモンスターを使ってプレイヤーに挑んでくるクラン戦のようなものだ。通常のクラン戦と違うのは、スタンピードはプレイヤーのために用意されたイベントであることだ。敗退すれば戦闘ごとイベントが終わってしまうボスモンスターは、イベントを続けさせるために必ず最深部から動かないの。
『春の宴』のスタンピードのボスキャラは、当然ワールドイーヴィルだ。闇界の洞窟は、50階層のダンジョンだ。51階層からは条件で解放される領域なので、このスタンピードのボスがいるのは50階層――のはずだ。
じゃあ……なんでここでワールドイーヴィルがいるんだ?
先遣隊は、ワールドイーヴィル戦に堪えうる戦力ではないが、だからと言って即負けるような戦力じゃない。むしろ、いつから戦いだしているのかはわからないが、ここまで抑えきっていることで彼らの実力を表している。
――ええい、スタンピードのことを考えるのは後だ。今は、目の前のヤベェ奴に集中しないといけない。
まず、あれは誰だ?アイネトか?――違う。角が三本――ドライト!?なんでだよ!
ああ、もう訳が分からん。とりあえずドライトなら……。
「テルヒロ。あれ、ドラゴンじゃないから、ブレスは気にしなくていい。
ただ、攻撃力はバカ高いから、可能な限り攻撃は避けろ」
「わかった」
テルヒロは、それだけ言うと他の前衛組と一緒にワールドイーヴィル――ドライトに向かっていった。
俺はテルヒロ達を援護すべく、準備していた【スキル】を放つ。
「【ワイドターゲット】【グラスシルエット】」
他の面々が攻撃魔法を用意していたが、俺はパラメータに影響しない強化魔法を発動した。
【ワイドターゲット】の効果は同時に発動するアビリティが自分以外を対象にする場合、その対象を複数のメンバーに増やすアビリティだ。その代わり、効果範囲に従って、効果時間が減っていくのだが。
そして【グラスシルエット】は、RBDでいえば物理攻撃に対する回避力を上げる、というものだった。実質的に意味のないフレーバーテキストでいうと「細かな残像が残るようになり、敵の目測を誤らせる」というものだった。
この世界でいえば、もちろん実際に残像を生み出すのだが。これを複数の対象にすることで、本来対象者の周辺にだけ生み出される残像が、縦横無尽に発生するのだ。
「――!?」
ちなみに、この残像。術者の仲間には見えない。
一方、明らかに戦力が倍増した――ように見えたのか。ドライトが目を見開いてきょろきょろと顔を動かしだした。
ドライトの攻撃は、先行隊を追うようなものから、虚空を切るものに変わった。
急に不審な動きをしだしたドライトの動きに、対峙していた先行隊が戸惑いを浮かべた。
「先行隊、下がって!交代だ!」
俺のサポートを理解してくれたのか、テルヒロの激が飛ぶ。ドライトの攻めが甘くなったことに気づいたか、先行隊がテルヒロ達と入れ替わるようにこちらへと向かってきた。
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イクリプスビームだったら"E"CBMですが、そこは日本語特有の言葉遊びで、イ(I)に合わせてICBMの略称で呼ばれています――ということでご了承ください。




