スタンピードの攻略
10階層に到達。ここまでは特に障害もなく到達することができた。モンスターも、先遣隊がほとんど殲滅しているので、俺たちのいるところまでたどり着くことができなかったのか、ほとんど戦闘が発生せず、全く消耗がないままだ。
11階層への入り口前で、一旦俺たちは進行を停止した。クランバインさんの声が響く。
「第5分隊はここで待機!他隊は、このまま前進せよ!」
10階層毎に、能力ごとに分けられた分隊が、以後の階層から撃ち漏らしたスタンピードのモンスターを確実に討伐する壁の役割をもって待機することになる。
闇界の洞窟の攻略こそ最終的な目的ではあるが、今のこの同盟クランの目的はスタンピードの完全攻略だ。
そのため、洞窟内のモンスターを一匹も漏らさない態勢が必要になってくるわけだ。
ちなみに、俺たちは第二分隊。スタンピードイベントのラストである、第50階層の手前、45階層で待機の予定だ。
最終戦に参加しないとはいえ、現在の隊列でいえば最前線の二層目。油断できる位置ではない。通常の状態であれば階層ごとにモンスターの強さが強化されていく。
目安として、10階層まではラカーマ近郊に出没するモンスター、11階層から20階層はフォウニー近郊に出没するモンスター……というように、これまでの道程のおさらいという感じだ。
しかしスタンピード中のダンジョンは、段階的に出てくるモンスターが一斉に押し寄せてくる。これまでは大体、規定通りラカーマ近郊のモンスター――リーウルフやロックワームを始めとしたモンスターが襲ってきていた。
「気を付けろ!カウンターディアだ!」
「フレイムシーブもいるぞ!」
「第二魔法隊も詠唱準備!」
第一部隊の方から、警告の声が上がる。さーて、おいでなすった。
カウンターディアは牛の角が凶悪に枝分かれしたような一対の角を持つ鹿だ。ブーンカッケーに来る前、キンブシの近くの森で出没するモンスターで、見た目の通り、角を敵に向けて突進してくる脳筋系だ。
一方、フレイムシーブは名前の通り、全身が燃え上がる炎に包まれた羊だ。こいつはヤイタイの近くの火山の中に生息しているモンスターで、王都近くのものよりも強い――50階層近辺のモンスターだ。
つまるところ、どちらも20階層までの範囲で出てきていいモンスターではないということだ。
俺は、指示の通り【フリージングアイヴィ】を準備する。動物系は熱系――熱気や冷気の攻撃の通りがいい。フレイムシーブは熱気に対して耐性を獲得しているものの、逆に冷気の攻撃は倍のダメージが入る。動物系の特性と合わせれば、さらに倍率ドン、さらに倍、ってなもんだ。
俺の周りの魔法使いも、同じ考えのようで、次々【スキル】の準備をしていく。
「前衛、キばれっ!」
「「ォ応うっ!」」
ドン、と大きな音がして、第一部隊の前衛とモンスターたちが激突する。
しかし、その隙間を縫って貫通力の高いカウンターディアが潜り抜けてこちらに迫ってくる!
「うぉっと……」
「待て待て。まずこっちだ」
慌てたように武器を構えるテルヒロを、手を伸ばして抑える。
何せ、あの突進力は、受け止められるにして安全というわけではない。カウンターディアの攻撃力は、同じ地域のモンスターと比べると特殊な能力がない分高めに設定されているのだ。
もう一つ上の、王都のレベルの武具を装備していたとしても、決して軽いダメージじゃない。
だから、先に俺たち遠距離部隊が牽制するのだ。
「【アイスバレット】」
「【ブリザードレイン】」
「「【フリージングアイヴィ】」」
放たれた氷のつぶてや、大地から伸びる氷の茨がカウンターディアたちの足を絡めとる。悲壮な声を上げて、カウンターディアたちが転げ倒れる。
「そら、行け!」
「お、おう!」
テルヒロは呆気にとられた表情こそしていたが、俺がテルヒロにけしかけると、武器を構えて他の前衛部隊とともにとびかかっていった。
ちなみに、第一部隊の盾役がカウンターディアの突進をいくつかスルーしたのは訳がある。
先ほど言った通り、フレイムシーブは50階層級のモンスターだ。一方のカウンターディアは30階層のモンスター。第一部隊は全力をフレイムシーブに向け、火力は高いものの対処可能レベルの低いカウンターディアを、実力の低い第二部隊に回すことで余力を残しつつ処理を確実にしたのだ。
俺たち前衛の遠距離部隊は、カウンターディアの持ち味を殺すために効果的なダメージを与えつつも妨害を優先したスキルを発動して近接組の被害を減らした、というわけだ。
「残敵、0!」
「よし、第一部隊の損害を確認!回復しつつ、先に進むぞ!」
予定通り、テルヒロ達近接部隊の被害は皆無のまま、今回のWAVEを処理しきることができた。
「グッジョブ、テルヒロ。この調子でいこう」
「お、おう……」
テルヒロの肩を叩いて健闘を称えると、当のテルヒロは戸惑ったような声を上げた。なんだ?
「どうした?」
「いや、なんというか……ちょっとテンパちゃったからな。悪い、手間かけさせた」
……?――ああ、そういうことか。
つまり、カウンターディアが向かってきたときに、俺たち後方支援部隊の攻撃を差し置いて飛び出そうとしたことを謝ってるのか。
「ドンマイ。こういうのは慣れてないだろ。
クラン戦は任せろ。その代わり、俺のことは頼むぜ」
「……ああ。そうだな。任せろ」
適材適所だ。まだ、集団戦はテルヒロには経験不足な面が目立つ。おそらく、40階層にたどり着くくらいには慣れて、上手い具合に肩の力も抜けると思うんだよな。テルヒロなら、きっとやってくれることだろう。
とりあえず、周囲を警戒しつつ部隊とともに先に進もう。
「……ん?」
ふと、俺に向けて何か――……?
「あの二人、なんか仲良さそうだな」
「新しく入ったクランのリーダーらしいぞ」
「かわいい娘だな」
「元の世界でもカップルなのか」
「胸でかいな」
「イチャイチャするなら、後でにしてくれねえかな」
……はぁ。俺の口から、思わずため息をが漏れた。
――元の世界の方が、イチャつけねぇよ。
……ん?
いやいや。いちゃついてねえんですけど。そもそも何言ってんだあいつら。いや、でもそんなしょうもないことで諍いを作ることもないだろ。うん。
俺は、周りからコソコソと聞こえてくる雑音を無視して、周囲の気配を探る。と。
誰かにぶつかってしまった。
「シオ、どうした?」
「んぇ?」
ふと。気が付くとテルヒロが真ん前に立っていた。
「え、何が?」
「いや、背中にぶつかってきたから。バランスでも崩したか?」
「ふぁ!?い、いや、何でもない!
ちょっと、モンスター探してて、前見てなかった」
「……そ、そうか。気を付けてな」
「お、おう」
テルヒロは、首をかしげながら再び俺に背を向けた。
……く、迂闊。いくら何でもさっきの今でテルヒロの近くに、何で足が伸びちまったんだか。
気合い入れなおせ、俺。今、呆けてたら死活問題だぞ!
俺は、頭を振って雑念を振り払うと、再び索敵に集中することにしたのだった。
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余談ですが、カウ(牛)ンターディア(鹿)で、牛の角を持つ鹿、というデザインになっています。別に反撃を得意としたモンスターではありません。




