VSテルヒロ
「さて、テルヒロ。ここに呼ばれた理由はわかるか?」
王都騎士団の訓練場。どうしてもここでしかできないのことがあったので、俺はテルヒロと共にこの場を訪れていた。
いつぞやも言った気がするが改めて説明すると、各町には一つ、戦闘系のアビリティを鍛えるための『訓練場』という施設が存在する。場所や形態こそ様々ではあるものの、その施設の利用目的は一つだけだ。
王都の訓練場は、まさしく王都騎士団の施設の中にある。その利用には、王都騎士団から発注された依頼をこなして、王都騎士団の好感度を上げる必要がある。だけど、今は騎士団の団長とクラン同盟を組んでいる立場だ。
そういったわけで、ヴォルテさんに使用を申請して今現在、快く使わせてもらっているわけだ。
さて、騎士団訓練所の模擬戦場に呼ばれたテルヒロは、首を捻りながら俺の質問に答えた。
「ええと……ひょっとして、昨日の大規模模擬戦のせいか?」
「うーん、半分は合ってる」
「そうか……いや、みっともない姿を見せちまったとは思ってた」
テルヒロはそう言って、反省している素振りを見せては後頭部を掻いた。
「いや、俺は怒っているんじゃないんだが。そもそも、ネモと二人がかりでもクランバインさんに勝てるとは思ってなかったし」
「え?いや、でも、それで、負けたわけ……だし?」
「負けは確定事項だから。そこじゃないから」
俺は、コホン、と一置きして説明を始めた。
「まずは、俺はテルヒロにパッシブアビリティを極力使うように言ってきたな」
「あ、ああ。そうだな。……そうか、確かに、最近の俺はスキルばっかり使っちゃってるな。
そうか、それで」
「違う違う」
俺は顔の前で手を振って、テルヒロの言葉を遮った。
「正直、想像以上にテルヒロはうまくなってたってことだ」
「へ?」
俺の感想に、テルヒロが驚いた声を出した。……そんなに驚くことか?まぁ、実際俺は素直に驚いた。何せ俺は、テルヒロは絶対にスキルを使うことができないと思っていたのだから。
それは、この世界が現実のような世界になったRBDだったとしても、RBDはRBD。ゲームのシステムに沿っている以上、照弘のセンスとは絶対に相いれないと思っていた。
しかしどうだ。訓練を受け、経験を積んだテルヒロは、見事チェーンコンボを組み立てて、流れるような連撃を見せてくれた。
少なくとも、俺の先入観は無事破壊されたわけだ。
「昨日のクラン対抗戦、テルヒロは俺の想像を超える成長を見せた。あれを見て、俺はテルヒロの戦い方に、俺の勝手な想像で押し付けることをやめようと思ったんだ」
「そうなのか……え、じゃあ今からどうするんだ?」
「そんなの決まってるだろ」
俺は、ARウィンドウから『対戦開始』のボタンを押した。
俺とテルヒロを中心に10m四方の青い光の壁が生まれた。
「俺と対戦するんだよ。真面目に鍛えてやる、ってことさ」
――各地の訓練所は、そのそれぞれに独自の機能を持った付加価値が存在する。王都の訓練所の機能はズバリ、『ダメージの可視化』だ。
アイネルなどではロマン砲研究のための大ダメージの検証作業や、チェーンコンボによるダメージの補正の検証に使われているこの場所は、元々は戦い方を実感させるために用意された施設だった。
RBDは、どうしてもゲームとしてシステマチックになっている部分もあるものの、妙にリアル指向なゲームだった。HPはプレイヤー自身のステータスでかろうじてわかるものの、他の人が誰かのHP値を確認する手段はなく、パーティであってもHPバーでどれだけ被害を受けているか、が見える程度だ。
まぁ、初期はこのHPバーすら存在しなかった。しかしそのせいで、あまりにも他者の状況を理解する手段に乏しく、パーティを回復するヒーラーが活躍するのが難しく、過回復は当たり前。あまりにもコスパが悪く、ゲームの難易度が跳ね上がる結果になった。
その後、有志の嘆願によってかろうじてパーティメンバーだけはHPバーだけは見えるようになったのだという。
閑話休題。
さて、そんなRBDのシステムでは、自分の攻撃の威力や、スキルによる効果を調べることは非常に難しい。
レベルアップの毎に確認作業をする、状況によって比較する、などの様々な検証を経て、自分が強くなっていくのを理解する。
なんてプレイをするプレイヤーがそういるわけもなく。しかし、何かを教えるにはそういった情報は不可欠だ。それを検証するために、固定ダメージで威力が産出されるわけでもないこの世界で、どれだけ正確なデータが用意できるのか。
そんな研究肌のプレイヤーの嘆願で実装された訓練所が、この王都騎士団の訓練所のシステム、『検証模擬戦』だ。
俺は、親指を立て、人差し指を伸ばして、テルヒロに狙いを付ける。
「テルヒロ、動くなよ。痛かったら、右手を上げてくれ」
「なんだその歯医者みたいな」
試しに、俺はテルヒロに【自然魔術・水】の基本魔法、【ドロップバレット】を発動した。伸ばした人差し指から一粒の水滴が放たれ、テルヒロのブレストアーマーに直撃した。
「……っ!?なんだ!?」
「どうだ?痛かったか?」
「え?いや……なんか、押されたような」
ふむ。
俺は、想定通りだったこと理解して、もう一つ試すためにテルヒロの傍に行く。その片手には、光の棒がある。
「よし、次はこいつの強度を確かめる。テルヒロ、ARウィンドウから『模擬剣』を選べるか?画面の左」
「え?……あ、ああ。これか」
システム的な話をすれば、照弘は訳が分からないままとりあえず従ってくれる。俺が立て続けに説明で依頼をすると、テルヒロは狼狽えながらも虚空に手をさまよわせる。
「――うおっ!?」
不意に、テルヒロの右腕に光の棒が生まれた。俺は握りこぶしの両端に同じくらいの長さの光が伸びているのと比べると、テルヒロの光の棒は棒の片端を握りこんでいるような状態だ。
俺は、自分の棒を両手で握り、体と平行になるように、地面と垂直になるような型で構えた。
「その剣で、この棒を振りぬいてみてくれ」
「え、大丈夫なのか?」
「へーきへーき。ステータス差では折れないよ」
「そ、そうか。それなら……」
テルヒロは、訝しげな表情ながらも、剣を肩に担いで振りかぶり、薙ぎ払うように俺の棒にたたきつけてきた。
俺は、その瞬間、棒を下ろしてテルヒロの剣を無防備な側頭部で受ける。
「ぬおっ」
「し、シオ!?」
痛みはない。痛みはないし衝撃もないのだが、なんだかよくわからない力が働いて、俺は吹き飛んで光の壁に激突した。もちろん、激突時も痛みもない。
俺の頭を振りぬいたテルヒロは、驚いた顔で、慌てて俺に駆け寄ってきた。俺は【スタン】も起きていないものの、視界が開店したことで頭を振って三半規管をリセットする。
俺は手を振ってテルヒロに無事をアピールする。
「だ、大丈夫、大丈夫。痛くないから」
「いや、でも吹き飛んで……!大丈夫なのか?」
「大丈夫だってば。俺は詳しいんだ」
俺は笑いながらそう言って、ARウィンドウをいじる。画面の右上、この空間だけで開ける『ログウィンドウ』には「テルヒロの【スウィング】 --> シオに 121のダメージ」の表記があった。
……100ちょっとか。王都にたどり着くダメージじゃないぜこれは。
俺は、予想通りの、それでいて想定以上の結果に苦笑を滲ませざるを得なかった。
「さて、検証は終わり。これからが本番だ。」
「お、おう?」
俺の言葉に、いまだに心配の表情を崩さないテルヒロは、困惑の声を上げる。
俺は、再び光の棒を生み出すと、地面に直径2mほどの円を描く。その間に、テルヒロにも『ログウィンドウ』の操作を教える。
「テルヒロ。ARウィンドウの右上に、吹き出しのアイコンあるだろ。それ、押してみてくれ」
「え、おう……ん?なんだこれ」
「さっき、俺がお前に攻撃したからな。ダメージが出てるだろ?でも、痛くなかったろ。それがこの場所の特性なのさ」
俺は円を描き終わると、その中央に立って、棒を構えた。
「まぁ、まずはストレートに理解してもらおうかな。俺をこの円から"攻撃して"外に出してみてくれ。目安は、そうだな……『20ダメージ』くらいかな」
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ついにシオくんがテルヒロくんに真面目に向き合うことになります。次回は、テルヒロ君視点になります。




