俺は女の子
今回、お手洗いの中で葛藤する話があります。ご注意ください。
俺のアバターは見た目は幼いが、このアバターはゲーム内の設定的には成人している。そもそも、この世界に来る異邦人は等しく20歳以上だ。
見た目が明らかに小学生なキャラもいるが、それは種族特性によるものだから、実際には成人済みだ。何も問題がない。
見た目が高校生以下の俺の姿でも、成人扱いなのでちょっとお酒なんぞを飲んでみたのである。何を隠そう、リアルの体ももちろん20歳を超え、アルコールを嗜んでいる。だから、この世界のお酒に結構興味があったのだ。
なお、生誕して10年しか経っていないようなNPCもいるが、人間年齢換算で20歳超えているので、何も問題ない。このゲームに出てくるお酒を飲んでいるキャラクターは、みんな成人しています。
だから、俺も成人しているのです。QED。
それはともかく、テルヒロの無事を確認してホッとしたのもあるし、テルヒロが空腹を蹴散らすがごとくモリモリ食べているので、代わりに俺はぐびぐびと呑んでいたのだ。
すっかり窓の外も暗くなり、街灯のない街は仄かにうす寒い。アルコールが抜けたのと合わせて、催してしまったのだ。千鳥足でもなく、確固たる足取りでトイレへと向かった。俺は酒に強いんだ。
トイレは、なんと水洗だ。T●T●だ。
宿屋にトイレがわざわざ個室で用意されている事に、芸の細かさを評価される一方で、王道ファンタジーの中世ヨーロッパ然とした街並みに水洗トイレとは何事か、と声を荒げる連中もいた。気持ちはわからないでもない。
しかし、これには理由がある。スポンサーの一つに、トイレの機材メーカーがあったのだ。
おわり。
それはともかく、公式としては世界観に会った説明はされている。
曰く、機械の代わりに魔法がある世界でも、トイレが未発達のまま文明が進んでいるのはおかしい。よしんば、洋式トイレの形に進化していても不思議ではない。
と言うのが、公式の回答である。
追記で、誰もリアルな風景と言って、汚物塗れの街なんて見たくもないでしょ?と言われればぐうの音も出なかった。
とはいえ、そんな屁理屈合戦の経緯はともかく、何より今は、そう言った事情がありがたい。和式便器だったり、道端でするとか、桶にして窓から捨てるなどでは、羞恥心やら何やらがやばい。トイレの度に街を出てはモンスターが出る森にお邪魔せざるを得ない。
だから、洋式便器で座って用を足すファンタジーも許される背景があるということだ。
――現実逃避、ここまで。
女の体になっていたことでこういう自体になるのは当然である。古事記にも書いてある。
違う。いや、違わない。
気付くのが遅い?いや、俺酔っ払いなので。いやー、わすれてたわー。こまったわー。ついうっかりしてたわー。
……う……うおぉ……。ど、どうしよう。
正直に言おう。今、俺はテンパっている。具体的に言うと、昔幼い頃、たまたま土手に落ちていたエロ本を発見してしまった時にそれを開くかどうか、を悩んでいるとき並みにテンパっている。
え、いいのか?見ちゃっていいのか?童貞と言う名の紳士としてそれは許されるの?そんな感じだ。だって、映像では見たことある女性の裸は、ちゃんとモザイクかかっていたし。
でも、今から見るのは初のモザイク無しだ。
それは、健全な一男子として問題ない行動なのか……?
いや、いいのか……だって、俺の体だもんな。誰に憚るわけでもないし。
ああ、でも自分のものではない股間何ぞを見たら、なんか取り返しのつかないことになるかもしれない。いや、でも現に今催してるし、やむを得ないわけで。恥ずかしいからと言って漏らしたくはないわけで。
そんな感じで、特に理由のない不安を抱えた葛藤は、体感時間で軽く10分はかかった気がする。実際の所ほんの一分くらいだったろうけど。
ぶっちゃけ、二度目の尿意から来るタイプの震えが来て、自分の膀胱が限界であることを悟ったのだ。ええい、ままよ!男は度胸!
意を決してスカートを降ろして、色気のない無地のパンツを脱いだ。
……うわぁ。うわぁ。……あっ。
――その後、拭くのにも手間取った。いや。どことか聞かないでほしい。
*--
「ふぅ」
いやいや。致してませんよ?苦労の末、ようやくお手洗いが済んだだけですとも。
さて、とりあえず明日も忙しくなる。俺も寝なきゃ。寝なきゃ……。
いや、だからさ。俺、今女の体じゃん!?
なんで二人一部屋とか取っちゃったかなぁ!お金ないからですけどぉ!
この部屋にある唯一のベッドには、今盛大に手足を伸ばしてテルヒロが眠っている。ベッドのサイズはセミダブル程度の大きさだ。ダブルベッドなんてたいそうな物はない。
何せ、俺はここに来たばかりだし、テルヒロはお金持ってないしで、とにかく金がないのだ。宿なんて、俺に言わせてもらえばたかがHP回復場所だよ。ついでにバッドステータス解除部屋だよ。特に気にしてもなかったわ。
いや、そもそもを考えよう。別にテルヒロを信用していないわけじゃない。俺が寝たとして、襲い掛かってくるなんてことはないだろうさ。そもそも、こいつは俺のリアルを知ってるんだし、ホモでもない限りは襲ってくるなんて気まずくなるような暴挙は侵さないだろう。ホモでもなければ……。
……いや、こいつの性癖とか知らないけどさ。
なんだろう。体が女になったせいか、ずいぶんと細かい所を気にするようになっている気がする。
ええい、うじうじと考えてもしょうがない!体は女だけど、心は男だよ。もっと大雑把に気にしないで、俺もごろんと寝転べばいいんだよ。男は度胸!なんでもやってみるもんさ!
――あ、いかん。なんかヤバイフラグ立てかけた気がする。いや、もういい!俺は眠いんだ!
よし、いくぞう!
「……お、おじゃましまーす」
俺は、こそこそと近づいて、ぼそりと呟き、ベッドの端にチョン、と寝ころんだ。
……だって、恥ずかしいじゃないか。
そもそも、同じベッドに誰かが寝るなんて言うことも初体験だ。兄弟なんていない上に、キャンプやらで同世代とどこかに泊まった経験もないのだ。
誰かが、俺と同じベッドで隣に寝ている、と言う環境が、もはや何か気恥ずかしい。
先に腹いっぱいになって酔っ払って、満足そうに寝ているテルヒロの横着さが羨ましいよ。
「……わひゃっ!」
がばり、と背中から何かがのしかかってきた。――いや、何かって一人しかいないわ。
背中を向けて寝ていたはずのテルヒロが、寝相で転がってきて俺に覆いかぶさって来たのだ。
うぐぐ、重い……。いや、それよりも!
吐息が!テルヒロの顔が、ちょうど俺の耳の後ろにあって、寝息が当たる!くすぐったい!!
「ひえぇ」
体が硬直して、情けない声が漏れる。寝ている、寝ているのはわかってるけど、眠姦って寝ている側が襲われることだよなぁ!何で寝てるやつが襲ってくるのかなぁ!?
などと盛大に混乱していると、テルヒロから言葉が漏れた。
「むにゃむにゃ」
「マジかこいつ」
ストン、と自分が無表情になったのが判った。ムードも何もあったもんじゃない。まさかの寝言で「むにゃむにゃ」いうやつをこの目で見るとは思わなかったよ。
「ふ、はは」
何だか、一人で慌てたのだバカみたいだ。俺はそう思うと、何だかさっきまでの葛藤とか、慌てていた気恥ずかしさとか、全部がどうでもよくなってきた。
くるり、と体を逆に反転させる。そうすると、今度は俺がすっぽりテルヒロに包まれているような体勢になる。なにせ、もはやベッドの端にいるような状態なのだ。背中向けていると、テルヒロに押し出されかねない。と思ったのだ。それだけだ。
誤算だったのは、回転する時に体が少し浮いて、その瞬間に枕が弾き飛ばされてしまったのだ。今、俺の頭の下にはテルヒロの腕がある。
……うわぁ、人生初の腕枕が、よりによってされる方かよ。しかも、相手は同性。
まったく、とんだ人生だぜ。ははは。
とりあえず、起きた時のこいつの反応を楽しみにして、俺も目を閉じた。お前もせいぜい慌てるがいいさ。
おやすみなさい。
なお、その後。夜も開けぬ頃に、驚いたテルヒロに突き飛ばされてベッドから叩き落されるという最悪の目覚ましを喰らった。解せぬ。
ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。
うーん。ついにここまで来たぞ、って感覚です。楽しんでもらえたら嬉しいですね。
なお、先日に活動報告に記載したとおり、次話から週二更新にさせていただきます。ご了承ください。
次回更新は月曜日です。