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監禁されて七日目のレモン味

今回、後半だけテルヒロ君視点です。前半はシオくん視点になります。

 ゼロゴの顔が急接近して、俺の顔に近づいてくる。彼が何をしようとしているのかは、明白だった。

 あるいは、それが俺を彼らの仲間とするために必要な行為だったりするのかもしれないが、それが何だというんだ。

 俺は男だ。男とキスをする趣味はない!

 しかし、俺の体は【捕縛】の影響でいうことを聞かない。体に力は入らず、口を開いて拒否する言葉すら(つむ)げない。

 嫌だ!嫌だ!

 首を振ることもできず、近づいてくるゼロゴの顔を、眺めることしかできなかった。

 その時。

 ゼロゴの肩越しで向こう側、このボス部屋の扉が開いたのが見えた。そこに並ぶのは、クランバインさん、ネモ、そして――テルヒロだった。

 

「……!!」

 

 途端に、拒否感()()()強く、羞恥心(しゅうちしん)を覚えた。

 俺が自分からゼロゴとこんな体制になったわけじゃない。しかし、まるで彼を裏切っているような感覚に襲われた。

 こんな姿、見せたくなかった。

 だが、俺は体を動かせず、ゼロゴを拒否する手段がなく。俺とゼロゴが立っている場所とテルヒロ達のいる入口は遠く離れており、ゼロゴの凶行を止められる距離ではない。

 ああ、やめてくれ。俺を見ないでくれ、照弘。

 目を見開いてこちらを見るテルヒロの姿が、スローモーションのように長く、俺の視界に焼き付いて。ゼロゴの体から立ち上る(もや)が、一瞬その姿を隠した。

 

「――【スラッシュ】」

「ぶぐぅあっ!?」

 

 次の瞬間。

 ゼロゴのうめき声と、テルヒロの無感情な――聞いたことのない声が被った。目の前の黒い靄が揺らめき、視界の端へと消えていく。

 急な浮遊感を感じたかと思ったら、ガシッ、と体が抱き留められた。

 俺の視界を埋め尽くすのは、ゼロゴではなくなっていた。心配そうな、悲しそうな、表情をゆがめたテルヒロの顔だった。

 

「大丈夫、か?」

「……ぅ、ぁ……」

 

 テルヒロから、心配の声が投げかけられた。しかし、俺はまだ呂律も回らず、それを返すこともできない。

 

「……あ、そうか」

 

 テルヒロは、何かに気づいた、という顔をすると、器用に俺を抱える腕を片腕にすると、空いた腕で(ふところ)から一つの小瓶を取り出した。

 蓋を口で抜くと、俺の口元に充てて少しずつ流し込んでくる。

 ……酸っぱい。これはフィジカル異常の回復薬か。ああ、そうか。俺が動けないことに気づいたのか。それでこの薬を取り出したのは、テルヒロも随分とRBD(ゲーム)に慣れたということだろうか。

 しかし、俺の体の麻痺は【麻痺】による状態異常ではなく【捕縛】によるものだ。そしてこれ(捕縛)を回復するのに必要なのは、状態異常の回復薬ではなくて単純にHPの回復薬だ。

 なぜなら、HPが減っていることで【捕縛】状態がついているからだ。

 とりあえず、ネモとクランバインさんが近づいてくるので、二人のどちらかが必要な薬については分かってくれることだろう。

 俺は、ようやく助かったんだ、という安心を実感した。はぁ、というため息の代わりに、力が抜けたことで口の端から、口内も溜まった『フィジカル回復薬』が零れ落ちた。

 

「シ、シオ!?」

 

 途端に、テルヒロが声を荒げた。視線を動かせば、明らかに狼狽(うろた)えるテルヒロの表情。うう、体が自由にならないというので随分と心配させてしまっているなぁ。

 まぁ、でも別に命に係わる状態という訳じゃない。周りに尋ねれば、すぐに解決するような状況だ。だから、テルヒロには悪いが俺はすっかり落ち着いていた。

 のだが。

 

「……よし」

 

 ……?ん?

 

「……んぅ?」

 

 ……?んん?

 

 ふと。すべての音がなくなった――気がした。

 少なくとも、駆け寄ってきたはずのクランバインさんとネモの足音はなくなった。

 なぜか?

 俺の視界はテルヒロの顔半分で埋まっている。

 

「……んく……?」

 

 舌は、なおも酸味を感じている。

 喉を、液体が通っていく。

 しかし、唇に当てられているのはガラスではなくて――。

 

「……――!?!?!?!?!?!」

 

 ちょっ、え、おま、え……!?

 

 *--

 

 俺は、焦った。抱き留めた紫苑の体はぐったりとしており、その服はボロボロだ。目線は動いて俺を見てくれるものの、呼吸もしていても声の一つも上げない状態。

 ようやく助けたというのに、無事五体満足で助けられるということがあってたまるか。

 俺はまず、期待を込めて体が毒などに犯されている可能性を考えた。両腕で抱き上げていた紫苑の体を片腕で抱えて、懐の『紫苑鞄』から『フィジカル回復薬』を取り出した。もどかしく(はや)る気持ちを抑えつつ、瓶の蓋を噛んで外すと、ゆっくりと紫苑の口に流し込んでいく。

 

「――こポっ」

「……し、紫苑!?」

 

 しかし、紫苑は流し込んだ回復薬を飲み込むことなく、口の端からこぼしてしまった。

 ひょっとして、本当にまずいんじゃないか?麻痺が喉まで広がっているのなら、危険だ。まずは、回復薬を何とか飲み込ませなければ――。

 

「……よし」

 

 俺は、自分を奮い立たせるように一つ、音を漏らすと、まずは『フィジカル回復薬』を一口、口に含んだ。レモンのような味が広がる。


 俺は、一滴も飲み込まないように気を付けながら、紫苑と唇を重ねた。


 舌を彼の口に滑り込ませ、彼の舌を抑えつける。自然と中の液体が彼の口の中に流れ込む。こぼさないように、深く。

 

「……んく……?」

 

 ……後で、謝らないとな。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 この作品を描く上で、個人的にやりたかったシーンの一つです。満足です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] テルヒロに見られていることに気づいた時のシオが感じたのが羞恥ってのが凄くいいですね……、ごちそうさまでした。 目の前で見せつけられたゼロゴ君はご愁傷さまでしたが。 [一言] やっ、やったッ…
[良い点] やったか
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