禁断の手段
「闇霞の一閃」をカウンターで弾けるものの、俺がゼロゴに特効能力を持っているとか、特に有利という訳ではないのだ。俺は、あくまでゼロゴの攻撃の最底辺をしのげるようになっているだけなのだ。
ゼロゴの「闇霞の一閃」が、どれだけ彼のリソースを削っているかわからないが、少なくとも俺はこのペースであれば、良くて300発……今の連発を考えれば、実際の時間で1分持たない。
なぜなら、ゼロゴは攻撃一つしか使っていないのに対して、俺は【ジャストガード】タイミングで消費量が減っているとはいえ、【アブソーブドパリィ】は二つのアビリティを発動している【スキル】だ。
俺の自然回復するスタミナと比較すれば、明らかに赤字……!
スタミナが減ることで意識が朦朧とするデメリットは、日ごとの訓練で極限までスタミナを消費し続けて吐き気と戦うことで覚えた【被虐体質】と、万が一に備えてダメージに対するスタン耐性となる【痛覚耐性】で、万が一のミスはない。
ないものの、スタミナがなくなることでの昏倒は、どうしたって免れない。スタミナが切れたときが俺の運の切れ目だ。
何より、回避ができない。
そう、俺は回避することで、スタミナを温存できないのだ。俺は、戦闘が始まってしまえばその場から動くことができない。それは、覚えた【アビリティ】や【アブソーブドパリィ】のデメリットという訳ではない。
そもそも。俺はテルヒロのサポートのために【補助系魔法使い】の構成をしていた。当然だが、物理的なパラメータは伸ばしていない。
一方、【スパイラル・パリィング】の構成する【長物】アビリティは【戦巫女】の職業で覚える武器系の【アビリティ】だ。
いくらアビリティの取得をレベルアップのボーナスポイントで賄っても、使用するために最低限のパラメータが必要になるのだ。
たとえば、魔法が使えない設定の【機鋼種】という種族では、基本的には魔法系のアビリティを覚えても使用することができない。魔法の【アビリティ】は、使用するために最低限の【スピリット】値が必要だが、機鋼種はボーナスポイントを使えるだけ使っても、基礎スペックだけではこの最低ラインを超えるほどスピリット値を伸ばすことができない制限があるからだ。
それを踏まえて。今のレベルの基礎パラメータだけでは【スパイラル・パリィング】が発動できるフィジカル値は用意できないのだが、それでも俺は【アブソーブドパリィ】を発動できている。
そう、俺は"禁断の手段"に手を出したのだ。
それは、基礎パラメータにボーナスポイントを振る、という行為。
レベルアップによって自然と伸びるパラメータでは、体の感覚に大きな変化はない。ただ、バフ効果などで自然なレベルアップから少しでも逸脱すると、途端に体をうまく動かせなくなってしまう。これは、テルヒロと合流して早々に発覚した世界のシステムだった。
このせいで、レベルアップで手に入るボーナスポイントを、パラメータの補強に使うことをあきらめていたわけだが、今回、は已むに已まれずこの仕様を解禁した。
一応、細心の注意は払った。いざパラメータを上げて、動けなくなればただ助けを待つことしかできなくなるばかりか、助けられた後も役立たずになってしまうからだ。
幸い、フィジカル値を増やすことで拳を握るだけで掌の骨が複雑骨折するようなことはなかったけれど、ただ歩くだけでもバランスを崩すようになってしまっていた。パラメータを1点伸ばしては慣れるまで訓練するのでは時間がない
それを、無理やり解消した。俺は一度にパラメータが倍になるほどに【フィジカル】を上げたのだ。そして先ほど逃げている最中――というより日がなの生活は自分にデバフをかけることで解消したのだ。
【自然魔術・土】【自然魔術・木】の複合で発動する【プレッシャールート】により、俺の【敏捷】と【器用さ】は半減するのだ。
パラメータに補正が入ったことで、倍増した体の性能についていけない体の感覚を、体の性能を半減させることで補正したのだ。
しかし、その効果は高々3分程度しか継続しない。既にデバフは抜けきっており、今の俺の体はスペックが倍増したものになっている。
【スパイラル・パリィング】の動き自体は【スキル】によって決められた動作とタイミングだ。タイミング自体は体の感覚に左右されないので、今でも【ジャストガード】は決められている。しかし、もし回避が必要になったら、俺はうまく体を動かせない手前、甘んじてその攻撃を受けざるを得ないだろう。
もしそうなってしまえば、俺のHPでは一撃で【捕縛】範囲内だろう。ゲームオーバーだ。
「く、ならこれはどうだ!?」
ああ、いつか来ると思ってたよ。そりゃ、元々『クルーエルマージ』が持っていない、プレイヤースキルもあるよな。
苛立ちの声を上げたゼロゴの輪郭が一瞬ぶれると、輪郭だけのゼロゴが元々のゼロゴの両端に現れると、全く同じ動きで腕を振るった。
あれは…魔法系スキルの【ミラージュサーヴァント】だ。エフェクトこそ、まるで三連撃のように見えるエフェクトではあるが、その実効果は命中力のアップでしかない。攻撃力にもダメージにも何の補正も入らない。
しかし、それはゲームの話だ。現実的な話でいえば、攻撃の手が3倍になれば、当然攻撃回数も3発になる。対して、俺の使えるスキルは一つの攻撃しか弾けない。
やむを得ない…!
「これで!【チャフェアリィ】!」
俺は【アブソーブドパリィ】の前に、一つのスキルを発動した。【自然魔術・光】【自然魔術・火】で発動できる【チャフェアリィ】は、複数回数の攻撃に対する回避力を上げる魔法だ。
魔法の対象者の周辺に、攻撃回数と同じ光球が生まれ、守るように周囲をくるくる回るエフェクトが発生する。
【ミラージュサーヴァント】が攻撃の数を増やす魔法であれば、【チャフェアリィ】はそれに対する紛れもないカウンターだ。
予想通り、俺の生み出した二つの光球は、ゼロゴの放つ追加の攻撃にぶつかり、その攻撃を相殺した。残った一撃を、今までの通りに【アブソーブドパリィ】で打ち返す。
「っっ――!!なんでだよ!どうしてそこまで【アビリティ】を持っているんだ!?そのレベルで!」
一方のゼロゴは一向に思い通りにいかない事態に怒りの声を荒げた。
……もうちょっと揺さぶるか?
「……お前のおかげだよ」
「何……?」
「お前が作ってくれた料理のレベルが高かったからな。鑑定するだけで上限レベルを引き上げることができたよ。アビリティの最低ラインは、ため込んだレベルアップポイントで賄わせてもらったよ」
「な……っ!?」
そう。
俺がこの能力まで鍛え上げることができたのは、とにもかくにも起点として経験値を稼げる要素として、ゼロゴが用意した「未鑑定の料理」のおかげだった。
俺は必要な【アビリティ】だけを吟味して取得し、取得した【アビリティ】は満遍なく上げてきた。RBDの厄介なレベル制約の存在も、新規で取得した【アビリティ】の底上げだけで済んだのが幸いだった。
……パラメータもな。体に関係する【フィジカル】だけで間に合ってよかった。精神性に影響する【スピリット】を底上げすると、俺の精神にどんな影響が出るかわからないので、極力手をかけたくなかった。幸い、手を加えることはなかったが。
元々レベルが一番低いものもアビリティの複合で無駄にスキルを使い続けることで、わずかでも経験値が入っていった。
この塔で提供されるものは軒並みレベルが高いので、わずかしか経験値が入らないものであっても、俺のレベルであれば十分すぎる稼ぎどころだったのだ。
もっと――そのため、今までため込んできたポイントは完全に使い切り、今まで立ててきたチャートもパァだ。
しかし、これでいい。
俺の考えるチャートは、あくまでRBDを進めるのに通用するチャートだ。予定通り歩を進めていても、いずれはゲームと現実化した仕様のズレに巻き込まれて、破綻していたのは間違いない。
今まで通用していたのは、これまでの相手がほぼほぼゲーム準拠の相手ばかりだったからだ。順当にチャートを進めていたとして、万が一ゼロゴと遭遇していたら。
それがチャートの終盤だったとしても、はたしてテルヒロは勝てただろうか…?
逆に今だからこそ対抗ができる。それに、ここに向かっているのはテルヒロだけじゃない。
塔の入り口でテルヒロの手の他に映っていたのは、王国の紋章が刻まれた金のラインと白い下地の鎧。おそらくクランバインさんがいる。
まぁ、どう鍛えてもテルヒロが一人でここにたどり着けるわけないしな。
ゼロゴの親切につけこむのも申し訳ないが、今はそんな余裕ないしな。ゼロゴはうつむいてこちらを見ようともしない。悔しさに震えているのか…?
今がチャンスか。会話の間にスタミナの回復をして、ついでに改めて自分に【プレッシャールート】のデバフをかける。
……よし、なんとかこれで少しは回避もできる。もうちょっと時間が稼げるぞ。
と、ゼロゴが顔を上げた。
「そうか」
「――……!?」
ぞわり、と背筋に悪寒が走った。それほど、壮絶な笑みだった。
「じゃあ容赦はいらないな」
げ。
ゼロゴが両腕を、何かを持ち上げるように上がると、その服から、足元から、闇の触手が伸びてこちらに向いた。
……あれ、クルーエルマージのやつじゃないよな。もっと別の……!
「いくよ、シオちゃん」
その触手の先全てに、魔法陣が浮かんだ。
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レベルや経験値、パラメータの実測値について。実際の値は、調整しながらバランスが取れる頭がないのでかなりぼかしてます。ご了承ください。