熟練者殺しの初心者テクニック
仕事の関係で、アップロードが遅くなりました。申し訳ありません。
「……は?」
自信満々で逃げ切ったと思ったのだけど。瞬きした後、俺の視界に広がるのはメンバー――テルヒロ達の姿ではなく、広い空間に、一つの椅子だった。
椅子には誰も座っておらず、部屋には何も装飾もない。石煉瓦で作られた円形の空間だ。
……いやいや。なんでだよ。
「残念だったね」
椅子の足元から、黒い靄が竜巻のように巻き起こり、一瞬で吹き消された後、その椅子――玉座にはゼロゴが肘立てに肘をついて座っていた。
これは『クルーエルマージ』のエンカウント演出だ。
つまり、……嘘だろ?外れボタンの三連打が正解ルート?そんな馬鹿な。
「今は、君が有識者であったことを感謝するべきなのかな。僕が大雑把な調整をしていたことが、こんなところで役立つなんてね」
「大雑把な調整……?」
「ふふっ……簡単なことさ。どのボタンをどう押しても、この部屋にワープするようにしたのさ」
こっ……こいつ……!謎解きギミックを全放棄しやがったのか!?
こいつはこのダンジョンの管理者だ。なんとなく察知はしていたが、こいつはしょせんこのダンジョンのボスの座にいるだけ、というわけではないようだ。
この塔のシステムの管理者の座についているようで、この塔のギミックを自在に操ることができる能力を持っている。
その方法や、変更にかかる時間とかはわからないが、少なくともゲームシステムの制約からは離れられないのは間違いない。それは、さっきのテルヒロのリアルチートを阻止できなかったことからもわかる。
だから、あのボタンのギミックも当たりはずれのルール自体は変わっていないと思っていた。思っていたのだが……ワープする場合のワープ先を変えることができたとしても、それが一か所同じ部屋のみ、ということができるとは思っていなかった。
これは……やられた。
「さぁ、改めて宣言しようか。もう、逃げられないよ。シオちゃん」
ゼロゴはそういって玉座から立ち上がった。戦闘開始だ。
……はー。仕方ない。
「君に勝ち目はない。おとなしくしておくれ。
【捕縛】するだけだ。痛みはない」
ゼロゴはそう言って、右腕を上げてこちらに向けてきた。
そして、闇の靄が鋭く鞭のように撓りこちらに襲い掛かってきて――俺はそれを右上で払った。
「……は?」
俺の行動に、ゼロゴはきょとんとした表情で、そんな声を上げた。
俺は、ゼロゴの攻撃を振り払った右腕――に持った杖をゼロゴに向けた。
「悪いけど、そう簡単に捕まえられると思うなよ」
「――杖?いったいどこから!?」
そんなもん、この塔で拾ったに決まってるだろうに。
この塔は難易度の高いインスタンスダンジョンだ。そして、この塔のボスがプレイヤーであることから、現在作成されているマップを攻略したプレイヤーはいないのは間違いない。
つまり、この塔で手に入るアイテムはそのまますべて存在しているわけだ。
万が一、ゼロゴと相対することになった時に備えて、最低限のアイテム採取は済ませていたのだよ。そりゃ、抜け目ないよ。こちとら命かかってるんでね。
俺の職業は、王都へのスキップ券を手に入れたこともあってまだまだランクも低い上に戦闘に不向きな学者系ではあるが、サブ職業は【戦僧侶】だ。
これは、名前の通り戦闘に特化する形の回復職だ。主武装は鈍器・格闘だだが、この鈍器の中にはメイスやモーニングスターのといった名だたるもののほかに、魔法職向けの杖や辞書も含まれるのだ。
この塔の中で手に入れた『骨燐の錫杖』は、魔法スキルによる効果の補正が入る代わりに、直接攻撃力はそこまで高くない。だが、この魔法スキルの補正という部分が肝だ。
そもそも。
相手はメインシナリオの最後くらいのレベルのコンテンツのラスボス、一方の俺は駆け出しからちょっと過ぎた程度のシナリオ進捗しかしていないレベルだ。たとえ、ワールドイーヴィルを倒した経験点やらボーナスがあるとしても、根本的に実力差は甚だしい。
ゼロゴの言うとおり、パラメータからアビリティの数から、到底勝ち目がないのは想定内だ。
だからこその『骨燐の錫杖』であり、余剰ポイント全振りの急ごしらえ構成だ。
「さぁ、殺したいなら全力できていいぞ」
「ぐっ…」
俺が杖を肩に担いでゼロゴを挑発すると、彼は悔しそうに歯を食いしばりながらも、再び鞭のように撓る靄を振るってきた。
それを俺は再び杖で振り払う。
「く、どういうことだ!?いくら【手加減】をしているとはいっても、攻撃速度は変わらないんだぞ…?
君のレベルで、この攻撃に対応できるはずが…!」
そりゃ、視認してればそうだろうけどな。
ゼロゴが放っているのは、『クルーエルマージ』の攻撃の中でも最速の攻撃の「闇霞の一閃」。攻撃動作からわずか0.2秒で攻撃がヒットする、射程無限のチート攻撃だ。
その代わり、クルーエルマージの攻撃の中では比較的ダメージも少なく、追加で状態異常付与効果が発生することもない。
とはいえ、今の俺は直撃を受ければ良くて瀕死、大体が即死の火力をしているだろう。
しかし、俺を殺したいわけではないらしいゼロゴにとって、安全に【瀕死】が付与できる攻撃はこれしかない。もし他の攻撃で俺が【毒】のようなDoT系の状態異常を引き当てれば、その瞬間死ぬ可能性があるからだ。
だから、ゼロゴは「闇霞の一閃」を使うしかない。俺は、彼がその選択肢しか持っていないことを予測していた。
そして、俺の勝算は彼がモンスターと同じ存在でありながら【料理】のアビリティが使えたことだ。……そう、ゼロゴはあくまで「プレイヤー」なのだ。
そして、プレイヤー同士のスキル――【アビリティ】のやり取りには、PvPの補正が付く。設定上、仕様上でおおよそ人間の反応速度では対応できないものがあるからだ。
そう。テルヒロがかつてネモと戦った時の、経験不足、実力不足を補ったシステムの【インタラプト・リアクション】の存在が、俺の生き残るカギだった。
なんにせよ現状に至るまで、俺は後手後手に回った背水の陣だった。こうなるはず、で戦力を組み立てねば一瞬で終わりだ。ほかの手段が思いつかない以上、賭けるしかなく――そして俺は、賭けに勝った。
俺が使っているのは『骨燐の錫杖』の効果で、ダメージの軽減力の増えた【アブソーブドパリィ】という【スキル】だ。【長物】の【アビリティ】である【スパイラル・パリィング】と、【自然魔法・風】の【アビリティ】である【リアクティブ・クッション】の複合で発動する。その効果は、一定以上のダメージの軽減だ。
これを使って防御するわけだが、防御をするときに防御系の【スキル】をタイミングよく発動することで、その効果が倍増したり、追加効果が発動するタイミングが存在する。
このシステムを、【ジャストガード】という。これは発動するために、あまりにシビアなタイミングであったことや、そもそも防御系のアビリティは条件などが厳しいため、テルヒロには教えなかったテクニックだった。
俺は、自分の知識を最大限活用し、この場をしのいでいた。
焦りか、混乱か、想像以上の粘りを見せる俺に、ゼロゴが思わず体に力が入ったんだろう。行動が大降りになって、余計にタイミングが読みやすくなっているのも、俺にとって場が有利に働いていた。
何せ。俺の狙いはゼロゴに勝つことじゃない。時間稼ぎなのだから。
「……!?く、何で……!?」
やはり、塔の中の様子をどういった理屈でだか理解できるゼロゴは気付いたようだ。テルヒロ達が、この階層に上がって一直線にこの部屋に近づいていることに。
もちろん、俺の仕込みがある。さぁ。ここからは時間の勝負だ。
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気が付けば100話突破、ユニークPV20,000突破でした。ご愛読くださり、ありがとうございます。
これからも精進してまいります。今後ともよろしくお願いいたします。