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彼の正体

 さて。

『狂信者の塔』はクエストのみならず、このインスタンスダンジョン自体にも大変不評が集まったダンジョンだが、その一つにダンジョンのマップが存在しないというものがある。

 俗に、ランダム生成ダンジョンと呼ばれるタイプのものだ。

 ダンジョンに入るたびに構造の違う形にマップが生成される、というもので、先人の作ったマップが全く役に立たないのだ。

 リドルてんこ盛りという面倒なギミックがある上に、ただ先に進むだけでも非常に手間取ることになるこの設定は、RBD史上最悪のコンテンツと揶揄されたものだ。

 そういうわけで、俺の頭の中にはこのダンジョンのマップができているわけじゃない。

 しかし、だからと言って無策で飛び出したわけじゃない。

 そもそも、ランダム生成ダンジョンという構造は、本当に完全にランダムな形でダンジョンが作られるわけじゃない。まず、通路も部屋の配置もすべてランダムに作った場合、ダンジョンに侵入するたびに一からマップを作るような多大な処理が必要になってしまう。

 最悪入れない部屋が生まれたり、入った瞬間八方ふさがりのような構造が出来上がる可能性があるわけで。

 そういうわけで、ある程度のパターンが存在するのだ。それを元に、すでに構造は目星がついている。

 先日、ゼロゴの案内で一足お先にシナリオのエンディング、邪教団の秘密の部屋に向かうことになった俺だったが、その経緯である程度の目星を付けた。

 俺が目指すのは、マップの南西方向、そこにあるはずのギミック部屋の一つだ。直接向かうことをせずに、大きく北方向を回り込むように移動する必要があるのが困りものだが――。

 

「うっ……!」

 

 目の前、よりによって隠れる場所のない通路で、真正面から一つ目の巨人が向かってくるのが見えた。思わず呻き声をあげてしまったが、体はすかさず、用意していた対策の一つを準備する。――が。

 

「ん?え?」

 

 アイテムを取り出していたものの、巨人はこちらを一瞥することもなく、スタスタ――いや、ズシンズシンと俺の頭上を通り過ぎて行った。

 ……なんで?

 俺は首を(ひね)りつつも、そそくさと歩を進めることにする。

 とはいえ、こんな幸運が続くわけもなく。なぜ俺はモンスターにスルーされたんだ?考えているうちに、ふと視界の端で何かが動いたのに気づいた。

 巨大なカマキリ。鎧を身に着けており、明らかに上位のモンスターであるデザインをしている。

 虫型か……。これならまだ、一品物を消費する必要はないな。安全マージンを確認して、意を決してそのカマキリの前に飛び出す。

 本来ならこのエンカウントで、すかさず戦闘態勢に入るはずだが、こちらが視界に入っているにもかかわらず、そのカマキリは首を機械的にグリグリと動かして、せわしなく目を動かしているものの、こちらを意にも介していなかった。

 ……これは、あれか。この前、ゼロゴと塔の地下に向かった時の、モンスターが襲ってこない設定が生き残ってるのか?

 ゼロゴとしては俺をを殺しにかかってきているのだから、てっきりその設定はないものだと思っていたけど、どうやら俺がモンスターがノンアクティブのままになる設定は放置されているようだ。

 うーん、忘れているのか、設定の変更に時間がかかるのか。あるいは、テルヒロたちの侵入が原因だろうか。何かしらの原因はあるだろうが、とりあえずモンスターの問題はクリアだ。

 もっとも、いつまでも同じ設定が残っているかわからないのだし、最大限変わらず警戒をしよう。なるべくスニーキング(隠密行動)で足を進め、ゼロゴへの足止めに『しっぱいした料理』をばらまいていく。

 ゼロゴじゃなくてモンスターが引っかかったら……まぁ、お(なぐさ)みだ。

 

 *--

 

 ……ふー。

 用意してきた手持ちの『しっぱいした料理』を使い切る頃に、目的に部屋にたどり着くことができた。うむうむ、予想通り。

 さて、入ったのは大きな円状をした部屋だ。時計でいうと、俺が入ってきたのは6時だとすれば、3時、8時、11時の方向に扉が配置されていて、2時の方向の壁に石板が埋め込まれている。

 俺は石板の元へ向かった。そこには上から、4、7、5個のボタンが並んでおり、ボタンの下に何かしらの記号が描かれていた。

 俺は、石板に指を()わせて文字をなぞりながら内容を吟味(ぎんみ)する。……ふむふむ……そうか。

 

「追い詰めたよ」

 

 ゼロゴの声がした。振り向いてみれば、俺が入ってきた扉は閉じられ、その前にゼロゴが立っていた。

 てっきり怒りに震えているかと思えば、薄気味悪い笑いは変わらずその顔に浮かんだままだ。……俺の感じる限り、その表情から怒りは何も浮かんでいない。

 

「うまく逃げてきたみたいだけど、最後の最後に()()()なかったね」

 

 ゼロゴは、ふと視線を部屋に巡らせた。

 

「知っているだろうけど、この部屋から外に出ることはできない。それに、逃げ道もない。

 シオちゃんも、助けに来た奴らのような、驚異のパズル力のようなものを持っていたとしても、そのギミックは解けないだろう?」

 

 そう。この部屋は、普通であればクリアできないギミックの場所だ。というのも、まずこのギミックのヒントがあるのは、そもそもこの階層ではなく下の階層にあるのだ。

 ギミックとしては、正しい順番でボタンを押せば、対応する扉が開く、という一見まっとうなギミックなのだが、このヒントとギミックが別の階層にある、というのが致命的に面倒さを跳ね上げているのだ。

 そして、この部屋は途中経由の部屋でしかない。この部屋からたどり着けるのは、宝箱のある一部屋化、ラスボス――つまり今であれば目の前のゼロゴが待つラスボスの間にたどり着くワープゾーンの部屋だ。

 つまり、どうあがいても八方ふさがりとなる。

 ちなみにこの塔のギミックとして、前の階層に戻るためには落とし穴にはまる必要がある。その落とし穴なのだがこれがまた完全にランダム配置だ。パターンもないので、運ゲーである。

 つまり、下の階層にいるテルヒロ達に近づくためには、総当たりで塔の床を踏み抜かないといけないわけで、まさか今の状態で、行きがてらにでもそんなことはやってられない。

 そんな諸々の理由があってなお、じゃあ、なぜこの部屋に来たのか?

 もちろん理由はある。

 俺は、にやりを笑みを浮かべた。既に、ゼロゴは()んでいるのだ。

 俺の表情に、彼は首をかしげた。

 

「なにが、おかしい?」

「いや、何の理由もなくこの部屋に来たと思っているのかと思うと、まだゼロゴは()()のプレイヤーだったんだな、とね」


 ――そう。

 こんな人気もなく、特にレアリティの高いアイテムが手に入るわけでもなく、ただ設定のバックグラウンドのかけらしか手に入らないイベントで、ランダム要素てんこ盛りのクソダンジョンに、1()0()0()()()()周回してはパターンを確立していく作業をしては、お互いに考えを披露して議論する。

 そんな無為なバカバカしい行為に、俺たちは本当に楽しんでいたのだ。

 

「これでも『たまねぎらっきょう』に籍を置いてた身だからね。ノーヒントでもいろいろな要素から答えは推測できるものなのさ」

「――……!?第一サーバーの……最前線考察班にいたのか、君は!?」

 

 この部屋には、攻略上全く役に立たない、一つのテクニックがあるのだ。それは、正解の組み合わせのボタンで、一つも押さないボタンを三連打することで発動するギミック。

 参加しているプレイヤーのパーティを、塔のランダムな階層、かつランダムな部屋に集合させるというもの。しかも、その移動する部屋の候補にこの階層は含まれないという、攻略する上で全く意味のないギミックだ。

 だが今は、この参加しているパーティを集める、という結果が俺の最大の救いになるのだ。

 

「じゃあな、また会おう」

 

 俺は、目的のボタンを手早く、三回叩いた。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 というわけで、シオくんの知識の源が明かされました。


クラン『たまねぎらっきょう』

 第一サーバー『アイネル』で、最初期から活動している考察班。ゲームの設定を元に、世界観や隠された設定を議論する、ゲームの進行には全く関係ない部分にのみ注視した活動を専門に掲げている。

 アップデートごとに公開される情報に、推察が当たった、外れたで一喜一憂する、エンジョイ勢の筆頭として、良くも悪くも有名だった。

 シオくんのセカンドキャラクターは、『たまねぎらっきょう』のクランメンバーの一人だった。彼の担当は、ワールドイーヴィルだったりする。

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[一言] 100話おめでとうございます。
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