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彼が彼女になった理由

 ()もる話はあるけれど、次の日まではテルヒロの回復に努めることにした。

 たっぷり飯を食わせ、たっぷり飲ませ、たっぷり休ませる。もちろん、その間の出費は全部俺持ちだ。

 その話を聞いたテルヒロは、ずいぶんと遠慮していたが、ぼろぼろの風体に財布が素寒貧(スカンピン)では説得力がない。まぁ、出世払いと言うことで納得してもらう。

 

「――ところで紫苑。聞きたいことがあるんだけど」

「紫苑じゃない。"シオ"だ。……まぁ、そうなると思ったからこういう名前にしたけどさ。

 で、何?」

 

 案の定、本名で質問してきたテルヒロを一旦牽制(けんせい)する。

 シオ()というキャラクター名は、ネタ枠にもみられる名前だし、まかり間違っても本名にはたどり着けないだろうカモフラージュ。かつ、この目の前のおっちょこちょいが本名を口走ってもフォローできるというメリットも有る。

 ぶっちゃけ、昔からかわれた名前だったから、あまり使いたくはなかったけれど、今は好都合だ。

 それはともかく、本名(リアルバレ上等)プレイのテルヒロは、俺を見てもじもじしていた。なんだこいつ気持ち悪い。

 

「なんだよ、どうしたよ?」

「いや、昨日からずっと気になってたんだけど。その格好」

 

 恰好?まぁ、確かに名前から分かる通り、リアル準拠のアバターにするつもりもなかったし、見た目は随分違うだろうけど。

 そう思ってたが、そういうことじゃなかったらしい。テルヒロは、おずおずと尋ねてきた。

 

「……なんで女の子の格好なんだ?」

「男の尻を追っかけながらゲームする趣味はない」

 

 俺は、照裕の疑問に断固たる意志を持ってはっきりと言った。

『ReBuildier DImentions』はクォータービューのゲームだが、その視点の基準はプレイアブルキャラクターの後ろ姿を中心としている。俺は、どうせ見るなら女の子のお尻がいい。ついでにスクショを眺めるなら自キャラは巨乳がいい。

 それはどんなゲームでも同じだ。だから、性別を選べるゲームのアバターは、たとえ設定状プレイヤーの分身だと言われても選ぶのは女の子だ。

 口調は男で、プロフィールにはネカマプレイであることを豪語している。だって、俺は女の子が好きだから。

 今回の件――つまり、テルヒロと一緒にゲームをするとしても、その点について自重する気はなかった。

 そもそも、たとえ男でプレイしていたとしても、一緒にプレイする照裕を誘った女を狙う気がないし、あてつけに使われるのもゴメンだ。

 だから、照裕と一緒にプレイするとしても、男アバターを使うつもりはなかった。俺が傍に居る事で照裕がフラれたら、まぁご愁傷さまだな。ぐへへ。

 ……まぁ、こういう事態は想定してなかったから、意図せず性転換じみた状態になってしまったけれども。

 ちなみに、アバターの外見と装備は、完全に俺の趣味だ。短髪、巨乳、八重歯、メガネ。実に宜しい。キャラクターの成長は決めてなかったからパラメータや成長のイメージは特にないが、代わりにその造形には熱意をこめている。キャラクターメイキングは、男プレイヤーが最も力を入れる要素だと言っても過言ではない(当社比)。

 ちなみに、髪の色とか身長とかは、身長の高いお姉さま系だったファーストキャラとの対比にしてみた。そこに貴賤はない。おっきい女性もちっちゃい女性も、可愛ければ大好きです。

 男なら誰だってそうだろう?

 

「そう言えば、俺が到着するまでにレベル上がってないみたいだけど、どうした?」

 

 ふと、パーティを組んだことで見えたテルヒロのステータスが目についたので尋ねてみると、奴はビクり、と体を震わせた。どこかソワソワしだしたし、これは、何かあったかな?俺はこいつの動向には詳しいんだ。

 これは、ピーマンとか高いところだとか、そんな苦手な話題についてよく出る仕草だ。

 ――まあ、いいや。詳しくは聞くまい。とりあえず、今は落ち着いてもらうことを最優先だ。トラウマを今の段階でほじくり返すことはないだろう。

 今日は、テルヒロの休息に当てると俺スケジュールで決まっているのだ。飯を食いながら、これまでの苦労を説明し(グチっ)てもらおう。俺も、おじさんおばさんの様子について話さないといけないし。

 

 ――かくかくしかじか。

 

 いろいろと話を聞いてみると、やはりこいつにソロプレイは無理だったんだなぁ、と実感した。なんというか、ヤバイ。いろんなところがやばい。お約束が判っていないというレベルじゃなかった。なんでバイトじゃ有能なのに、ゲームだと周りに聞くことすらしないんだこいつは。

 一人でリーウルフ狩りとか無謀だろ、とか。なんでパーティの一つも組んでないのか、とか。

 それはともかく、すっかり心が折れているようだ。おじさんたちの話を聞いて、一旦はテンションアガったものの、すぐに不安を口にしてはしゅんとして、元の世界に戻れるか心配している。

 こんな照裕を見ることになるとはなぁ。

 

「諦めんな。今度は俺がいる。がっつりレベル上げして、とっととこの世界を抜け出そう」


 我ながら根拠のない言い方だと思うが、とにかく自信満々にそう言った。実際に、考えはある。

 しかし、流石に今のテルヒロには安心できなかったのか、しょぼくれた顔でこちらを見てきた。


「でも、どうやったらいいか」

「私にいい考えがある」

 

 失敗フラグ、ですって?それはやってみないとわからないなぁ。

 そもそもノープランで昏睡状態になるような無謀なことはしないよ。とりあえず、まずは俺の指示に従ってもらうようしっかり言い含めて、今日はまた飲み食いするだけの時間となった。

 アルコールも入って、気持ちよくベッドに入ってもらった後は俺の仕事だ。……変な意味じゃないです。

 

 *--

 

 テルヒロは、この十日間、気が休まることもなく疲労困憊でもあったのだろう。食事も終わり、泊まる部屋に入るや否や「サンキュな」と言い残してベッドに倒れ込んでしまったのだった。

 全く世話の焼ける奴。

 だが、うつ伏せで倒れた後、枕に顔沈めて身動き一つしないから、今度は窒息死でもする気かと俺が慌てる羽目になった。

 

「んっ……く……はぁっ、はっ、はっ……」


 喘いでない。喘いでないですよ?

 キャラメイクの時に、フィジカルに全くボーナスを振っていないことに後悔しながら、俺はテルヒロをちゃんと寝床に寝かせているのです。

 こいつ、重い。


「くっそ、手間取らせやがって」

 

 まさか、足一本持ち上げるのにもこんなに苦労するとは思わなかった。テルヒロが、鎧つけたまんま寝やがるからだ。

 まったく。人の気も知らんと、グースカ呑気に寝やがって。俺は、人心地ついたようにさっぱりとしたテルヒロの寝顔を見て、その頬に指を伸ばす。

 

 ――最初は、マップで位置情報を見て、「そう」と確信がなければ誰だか判らなかった。

 

 頭のてっぺんから足の先まで、埃と木の葉と血で汚れて、その姿はみすぼらしかった。

 肩まで伸びた髪だったりとか。無精髭(ぶしょうひげ)と言うには伸びすぎて、髪の一部と一体化した髭やら、近寄りがたい悲壮感を醸し出していた。

 今でこそ落ち着いているが、HPが戻ったからと言って、貧困な生活でしぼんだ体が即座に戻るわけではないようだ。

 目が窪み、(くま)ができ、干からびて痩けた頬だったりとか、その風貌は正に、死相とすら感じるほどだった。

 

「……無事でよかった」

 

 ともすれば、現実世界に居て何も知らずに彼を看取ることになっていたかと思うと、思わずゾッとする。その点で言えば、あの友人には感謝だ。願わくば、彼もこの世界で生き延びていてほしい所だが、生憎あいつがなんという名前でログインしたのかもわからないので調べようがなかった。

 とりあえず、第一目標は達成したことでひと段落だ。後は、テルヒロと一緒にこの世界から、元の世界に戻るだけ。

 俺は、テルヒロの寝ているベッドから離れた。調べ物もあるから、もう少し起きているつもりだ。

 しかし、テルヒロの寝顔を見て、少し緊張も取れてしまったのか。

 

「――うぅう?」

 

 ぶるり、と体が震えた。……うーん、飲みすぎたかな?

 俺は普通に、そそくさとトイレへと向かった。

 では、失礼して。と、便座を上げて。思わず立小便しようと社会の窓を開けようとして、チャックもなければ俺の息子もいないことに気付いたのだ。

 

 俺、今女の体じゃん。と。

 

ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

シオのゲームプレイスタンスは、自分のものを結構使っています。自分にTS願望があるわけではないですけど、リアリティよりは見栄えの華を優先したい。そんな感じですね。

女性が細腕で大剣とか戦斧ブン回している光景は好きです。

本名プレイだとか、ゲームキャラクターになりたい没入感を好むプレイヤーを虚仮にするつもりで書いてはいませんので、悪しからず。そういうプレイは、それはそれで私も好きですし。


次回、紫苑くん奮起する。

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