目覚めよ
新作、はじめました。
「紫苑さ、確かアレやってたよな。『ReBuildier DImentions』」
「おん?やってるけど……何?」
「いや、俺も始めようかな、って思ってさ。色々教えてくんね?」
「は!?どういう風の吹き回しよ?ゲーム音痴のお前が?」
「いやー、この前の合コンで知り合った娘が今度始めるってんで。その話題づくり」
「死ね。氏ねじゃなくて死ね」
「……何か違うの?」
薄暗い部屋で煌々と光るモニターを向いて、一向にこちらに顔を向けてこない俺に、拝むようにしてゲームのサポートを頼んでいるのは『佐仁 照裕』。早10年になる、長い付き合いの幼馴染――いや、腐れ縁か。
突然、俺が引退していたゲームをやりたいと言い出したかと思えば、理由が合コンで知り合った女の子のためとほざきやがる。モテる奴はいいねぇ羨ましい死ね。
「……いいよ」
「おつ、マジか!やった、助かる~!」
「どうせインストールとかも手間取るだろ。明日大学は?」
「んぉ?いろいろやってくれんの?マジ助かる!
……あ、大学ね。明日なら午後から空いてるわ。バイトもない」
「おk。お前んち行くわ」
「おっけー」
妬み嫉みはあるけども。俺は照裕の申し出を受けることにした。
そもそも、俺の妬みはこいつの爽やかさが鼻についてるだけで、照裕にしてみれば全くの濡れ衣だからだ。それくらい理解している。
むしろ、事故から5年も経つのに俺がただの引きこもりじゃなくて、リアルの友達付き合いがある引きこもりにとどまっているのは、照裕のおかげだ。
そして次の日。予定通り照裕の家にお邪魔した俺の仕事は、PCを立ち上げる所から足が止まった。
「……俺がアップデートしてあげた日からアップデート溜まってるってどういうことなの……」
こいつ、パソコン使ってないのか。聞いてみたら「スマホで十分だった」らしい。2年分の更新とか……
くそっ、リア充はPCに触れることなくコミュニケーションが取れる化け物と言うのは本当だったのか!?
予定から5時間ほど経って、ようやくゲームのインストールを開始する。じりじりと増えていくプログレスバーの緑色を見ながら、諸悪の根源が、のほほんと言った。
「結構かかるもんなんだなぁ」
くそっ、いらない手間増やしやがったくせに他人事か!?ようやくアップデートの更新も終わってゲームをインストールすることになった。予定だと、ゲームのインストールが終わるのは3時間前だったんだよなぁ……。
とはいえ、スペックだけはいっちょ前のPCのおかげで、予想の半分以下の時間でインストールが終わることができた。ゲームを開始できる準備ができたところで今度は照裕に席を代わり、あれこれと指示を出す。
まずは、ゲームのアイコンをダブルクリックしてゲームを起動するところからだ。
照裕は俗に言う機械音痴で、スマホでソシャゲもできないくらいだ。ちなみに、照裕が好きな女どもに言わせると、なんか「そういう所が保護欲をそそる」らしい、と聞いたことがある。ケッ。
そういうわけで、ゲームの開始までに最低限の説明――どこどこを押せ、という命令を繰り返してキャラメイクまで進めた。
「――で、このOKボタンを押すんだ」
「っかー、結構いろいろ見るところあるのなぁ」
たかだかキャラメイク画面を開くまでで、この言いっぷりである。いや、ゲームさえ始まってしまえば多分大丈夫だ。多分。
とはいえ、このまままともにゲームできるのか?たとえ引退したと言っても、今から始めるのは俺の思い出に残るオンラインゲームTOP5に入るゲームだ。少しはまともにプレイして、楽しんでほしい。
というか、照裕を誘った女の子が不憫すぎることになる。
しかし、俺が手を引っ張ったところで俺のキャラクターが一緒に歩き回るには、中身もプレイヤーキャラクターもレベルが違いすぎる。照裕にしてみても、寄生プレイなんて望むところではないだろう。
しょうがない。
俺は、パソコンと格闘している照裕に背を向けて、持ってきたタブレットをたぷたぷ、と操作していった。
キャラクターの外見に唸っていた照裕が、そんな俺の様子が気になったのか、振り向いて話しかけてきた。
「うー……ん?紫苑、何してんの?」
「あー、お前に合わせてキャラ作ってる。少しはゲームの中でサポートしてやるよ。
昔使ってたやつはレベル開きすぎてるから、合わせて新規で始めるから」
と言ってやれば。もう20も超えてる大の大人が、ぱぁ、と効果音が付きそうな笑顔を浮かべて。
「マジかー!さんきゅ、紫苑!」
とかいうのだ。優越感ぱねぇ。リア充さんはそういう所を心得てらっしゃる。
*--
照裕のキャラも出来上がったところで、ARグラスとの連携もまとめて行った。
ARグラスっていうのは、AR技術を使った眼鏡端末だ。目線や瞳孔の動きで入力を行うことができる。つまり、両手がフリーの状態でいろいろな画面を見たり、機材を使うことができるのだ。
『ReBuildier DImentions』はARグラス対応ゲームで、ARコントローラを使うことでPCを使わなくてもゲームができる。問題は、元々PCゲームだったおかげで、キャラメイクはPCやらタブレットなどの物理モニター端末を使わないといけないところだな。そうじゃなければ面倒な同期なんてしないで、AR端末で新規登録させていたところだ。
もっとも、俺は事故のおかげで視線入力ができない眼になってしまったので、どっちにしろキャラメイク意外の操作でもタブレットを使わざるを得なかった。おかげで初めてのARグラスとの連携だ。少し手間取ってさらに時間を食ってしまった。
ARグラス使っているときは、いつでもゲームできる反面、今や老人御用達の手動操作しないといけないので、以前のようなプレイはできないだろうなぁ。
とはいえ、PCだけでゲームさせると、照裕がいつログインしなくなるかわかったもんじゃないからな……。以前、照裕が持ちかけてきて一緒に始めたオンラインゲームで、三日と経たずにソロプレイになった悪夢は忘れてねぇぞ……。常に持ち歩いてる端末で気軽にログインできるようにしとかねぇと。
なんだかんだ、と一通り終わるころにはすっかり日も落ちてしまっていた。
「俺、荷物受け取らないといけないから今日は帰るよ。
俺がログインするまでにチュートリアルくらいまでは終わらせておいてくれよ?そうしないと合流もできないんだからな」
前もって作っておいたカンペ――もとい、チャートも渡して、俺は一旦帰ることにした。
「おう、また後でな」
お土産に、照裕のお母さんにお土産でちょっと高めのクッキーをもらって、俺は帰路に着いた。むむむ、ブルジョワめ。いつもありがとうございます。
時刻はもう18時。秋も終わって、もう幾つ寝るとクリスマスだ。すっかり日も落ちた帰り道は、あまり人と出会わないのでむしろ心地よい。しかし、車が少ない道とはいえ徒歩5分の道までゲームすることはないかな。
それに、チュートリアルを終わらせるのは家に帰ってからの方が待ちぼうけの時間も少ないだろう。断言するが、たとえ帰った後チュートリアルを終わらせても、俺は照裕より早く終わらせられるね。
そういうわけでゲームは却下。ARグラスで起動するのは音楽アプリだ。何の曲を流そうかと思ったら、CMでサビが流れてきた。この時期は破局の歌とかバラード系が多いから、気が滅入ってしまう。娯楽にダウン系を好む人種じゃないのだ、俺は。
最近ダウンロードしたロボットアニメの主題歌を聴きながら家に帰ることにする。帰るまでの間にテンションを上げておこう。MAD動画は視界端で流して小さく見ているよりも、しっかり正面から見たい派なので音楽だけをON、と。
周りに聞こえない程度の小声で覚えてる範囲を鼻歌で口ずさむ。カラオケも久しく行ってないな。この光景を知り合いに見られたら死にたくなる。知り合いじゃなくても恥ずかしいけどな。
一曲が終わるまでの間に家に着いた。音楽を止めないまま玄関の扉を開けた。
「『行くぜ必殺』、ただい「紫苑!?無事!?」ま――うぉっ、何だなんだ!?」
家に帰ってきて、いきなり母親が顔色を変えて飛び出してきた。勢いに押されて思わずのけぞってしまった。何事か。ビックリして音楽も止めてしまった。最後のサビだったんだけど。
そのまま腕を引っ張られて、つられるままにリビングへと向かわされる。
「このニュース見て、あんたゲームとかよくしてるでしょう?お母さん心配になっちゃって。どこかで倒れてるんじゃないかって」
「何事だ、母さん」と話を聞いてみようとしたものの、母親の話が全く要領を得ない。言われるままテレビを見て、ニュースに耳を傾けた。
『――繰り返しお伝えします。ARグラスを使用したオンライン接続をしている方が居たら、すぐにお停めください。大規模なネットワークトラブルが発生しており、問題の障害が起こった場合、即座に昏倒し、危険な状態になる可能性があります。
問題が発生するのは現状、ARグラスを使用した映像コンテンツを視聴したユーザーになります。原因は、国の電脳対策課が調査中です。詳しいことが起こるまで、ARグラスを使った映像コンテンツを視聴しないでください。
繰り返しお伝えします――』
俺は、反射的に照裕に電話を掛けた。
呼び出しコールは、途切れることがなかった。
初めましての方は初めまして。そうでない方々は、いつもありがとうございます。
暇な時の手慰みになれば幸いです。
今後とも宜しくお願いいたします。