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毒にも薬にもならぬ【後編】

 車にもどると「ペースをあげよう」とマルコが提案した。


「このままだと夜明けに間に合わないや」


 時計を確認する。もう午前2時をまわっている。


「次はどこにいくんですか?」


 山田がぺらぺらと書類をめくって嫌そうな顔をした。


「新宿だな」


 ぶろろんぶろろんとエンジンが鳴り、車が出発した。


「どうしてそんな顔をしているんです?」


 ナオコが不思議に思ってたずねると、マルコが代わりに「行けばわかるよ」と答えた。

 ナオコは窓の外に首をつきだした。新宿も渋谷に負けず劣らず明るい。違うのは灯りの質だ。イルミネーションがありすぎて、もう街全体が青や赤や黄色で大火事だ。


「LEDに変えてから、あんまりイルミネーションも面白くなくなったよねえ。なんだか青ざめて冷たくなっちゃった」


 マルコがふいに話しかけてきた。


「もうイルミネーションなんてやめて、みんなで聖火でも焚いて練り歩けばいいのにね」


「流行りますかね、その儀式……」


 車は歌舞伎町方面にすすむ。やがてモダーンな印象の建物がみえてきた。四角四面の茶色い箱には洒落た文字で()()()()()()()と看板が輝いている。


「……え、いやですよ」


 ナオコは全力で拒否した。


「なにが悲しくて人様の愛の巣に飛びこまないといけないんですか。第一、ここにいるのは勝ち組ばっかりでしょう」


 4年間も恋人がいないのだ。こんな場所になんて死んでも行きたくない。

 山田は「俺だって嫌だ」と眉をひそめた。


「しかし、これが仕事だ……いいか、ここがプロの腕の見せ所だ。ナオコくん、行ってこい」


「嫌ですってば! 山田さんは大丈夫でしょ! それに、ここの誰にプレゼントを贈ろうっていうんです」


「全員だ。一部屋一部屋回る」


「はあ? ぜーったいに嫌です!」


 ナオコと山田が言い争っているあいだ、車はアイドリングをしつづけていた。

「君たちね」とマルコが怒った。


「よくそんなんでHRAの社員としてやっていけるね! まったく情けない」


「だって……」と、ナオコは唇をひんまげた。

「マルコさんだって嫌でしょ? ここはスルーしていきましょうよ」


 マルコはしばらく黙った(といってもエンジンはあいかわらずぶろんぶろんと空焚きされていた)。


「よぉしわかった。じゃあ、ぼくが配ってくるよ」


 彼は決心したように告げた。


「ナオコくんは目をつむってしゃがんでいるんだよ。山田くんはアクセル全開」


 言うが早いが、山田は「承知した」とアクセルを全力で踏みこんだ。ぐーんとスピードが上がる。ナオコは引きつった顔で頭をかかえこんだ。

 車がビルに激突した。大惨事だ。壁が破壊されて、部屋がむきだしになった。モザイクがかかっているので見えないが、いろんなことが大惨事だ。あっちこっちから悲鳴が聞こえる。車の窓からぽいぽいとプレゼントが配られている。ナオコが一瞬顔をあげて確認したところ『離婚に関する法律相談』やら『あなたは別れでもっと輝ける!』の書籍だ。


「これが毒になるのか薬になるのか見ものだねえ」


 悪魔のようなコメントとともに、車はジェットコースターのようにあっちで急カーブ、あっちでリターンと建物を走りまわっていく。壁がどかんどかんと破壊されているわりに、建物自体は無事なようだ。


 やがて嵐が過ぎ去ったようにしーんとしたので、ナオコは頭をあげた。車は建物の外に飛びでていた。見下ろしたほてるおりおんは、穴だらけのチーズのようだ。


「さっきより幾分かマシな外装になった」と山田がつぶやいた。

「……帰ったらおいしいご飯たべなきゃ」と、ナオコ。きっと夜が明けたら警察に捕まるに違いないと思っての発言だ。






 その後、3人は東京の夜空を駆けまわってサンタ業に専念した。配ったプレゼントは数知れない。コンビニでケーキのノルマを課せられたフリーターには、近くの自販機で売れ残っているコーヒーを買うための90円をプレゼントした。不倫相手に約束をすっぽかされて、やさぐれているOLには、より哀れっぽく見せるために偽物のヴィトンをあげた。六本木開催のクリスマスパーティに一人だけ呼ばれなかったIT系社長には、その心根を称賛してトゥイーティーのぬいぐるみを押しつけた。


「毒ですよね?」とナオコが確認すると、山田もマルコも全力で否定した。


「いいか、ナオコくん。毒にも薬にもならない中途半端な自分と向き合うのが人生だ。俺たちはそれをさりげなく教えているにすぎない」


「そうだよ。キリストの誕生日っぽいものを自分の輝ける夜だと思っていた人々に、それ相応のものを送るのがぼくたちの仕事なわけだから」


「はい……だから、毒ですよね?」


 やがて夜明けが近づいてきた。車は渋谷から恵比寿方面の空を静かに飛んでいる。

 住宅街のなかに白い建物が見えてきた。HRA日本支社だ。ナオコは玄関先に目をこらした。警備員として立っているのは、なんと自分自身だ。黒いスーツ姿で白い息をふうふうと吐きながら、空を見上げている。どうやら夜勤らしい。


「わあ、ナオコくんったら夜勤か……かわいそう」とマルコが言った。


 玄関がひらいて、中から男が出てきた。山田だった。こっちの山田はコートを着ていないうえに、なんだか様子が変だった。警備をしているナオコに近づくと、親し気に話しかけたのだ。

 ぎょっとして窓をあけ、彼らの会話を盗み聞きする。


「……ナオコくん、寒くないのか?」


「寒いです」


 どっかで聞いたような会話だ。あっちの山田はナオコにカイロを手渡して、気づかわし気な笑みをうかべた。


「常駐警備部も楽ではないな……ほら、シフトは朝の5時までだろう。それが終わったらなにかおごってやろう」


「いいんですか?」


「もちろんだ。君は大切な相棒なんだからな」


 ナオコは運転席にいる山田をおそるおそる見た。ぴくぴくとこめかみを引きつらせている。血の気がひいた。


「ま、マルコさん。プレゼント! 毒にも薬にもならないプレゼント、わたしてください!」


 このままだと運転席にいる方の山田の怒りがマックスになってしまうと考え、窓の縁をゆらしてマルコに呼びかける。しかし彼は鼻をすすりながら「ああ……ナオコくんと山田くんったら、あんなに仲良くして……」と喜びとも悲しみともつかない声をあげている。


 これは役にたたないと思ったナオコは、車の扉を開けた。いつのまにか右手にはゴルフクラブが握られている。

 ナオコはひらりと車から飛びおりた。ぬくい恰好をしている自分は、ほおを赤くそめて山田を見つめている。彼も優し気な表情をしている。

 急に恥ずかしくなった。こんなのは自分たちではない。ナオコは掛け声をあげて、自分自身の頭上にクラブを振り下ろした。




 ぱこん、と音がした。脳天に衝撃が走る。視界がちかちかする。




 目を開けたとき、頭上には白い天上があった。何回かまばたきをする。


「……え?」


 首を横にむけると、すずらんの生けられた花瓶とノートパソコンが置いてあった。うすいベージュのカーテン越しに感じる光は、かなり暖かい。

 カレンダーを見てみる。9月某日。今日はまだ寒いほうで、うららかな午後だった。


「あ、中村さん。目が覚めたんですね?」


 引き戸をひいて看護師が入ってきた。ナオコがぼんやりと見上げると「昨日の夜、こちらに運ばれてきたんですよ? 覚えていますか?」と親切そうにたずねてきた。


「……え、ああ、はい」


「それはよかった。ちょうど上司の方がいらっしゃっているので、呼んでまいりますね」


「ありがとうございます……」


 ぺこりと頭をさげて、彼女は去っていった。扉がしまってから、ナオコは今見た夢の内容を思い返していた。

 カオスだった。これまでの人生で観た夢の中でも、とびきりにカオスだった。

 にわかに恥ずかしくなって、顔をおおう。サンタになってプレゼントを配るなんて幼稚な夢だ。しかも最後のあれはなんだろう。山田と親し気にしていた。もしかして、あんな関係になることを望んでいるのだろうか?


 病室の扉があいて、山田が入ってきた。仏頂面だ。

 顔を真っ赤にしているナオコをみとめると、いぶかしげに「どうした」とたずねる。


「……どうにもしません」


 彼を見ることができなかったので、うつむいてそう言う。


「わたし、昨日の戦闘で倒れたんですよね?」


 山田は淡々とうなずいた。夢のなかとは当然違って、表情筋がほとんど仕事をしていない。


「戦闘終了後、突然失神した……検査の結果、特に異常はないとのことだが。なにか違和感はあるか」


 自分の身体をみおろして「特には」と返す。あえて言うなら精神面に異常があったが、それを言うわけにはいかない。

 山田はじろじろとナオコをながめてから「熱があるんじゃないか?」と言った。


「顔が赤いが」


「あ、いや、これは」どもりながら、手をふる。「その、どうということはないんです」


 彼はじろりとナオコをにらんだ。「どうということはない?」


「そういう甘い体調管理がこういう事態を招いたんじゃないのか」


 冷ややかな声に身を縮こませる。失神して迷惑をかけたのだ、そう言われても当然だった。


「すみません……でも、もう大丈夫です」


 窓がかたかたと鳴った。秋風が吹いているらしい。山田はそちらをちょっと見てから、ほおをかいた。


「君さえ問題がないのなら、明日には退院できるそうだ」


「そうですか。迷惑かけて申し訳ないです」


「ああ」


 会話が終わった。ナオコは彼がさっさと部屋を発ってくれないものか、と考えた。さきほどの酷い夢のせいで、もう一秒すら見ていられない気持ちだったのだ。

 しかし山田は立ち去らなかった。ふいにノートパソコンを開いて、かたかたとなにかやり始めたのだ。


「……どうしたんですか?」と聞いてみるが、なにも答えない。

 画面がこちらに向けられた。ナオコが懇意にしている動画配信サイトのトップ画面だ。


「ここのところ異常種の出現が続いていたな」と彼がなんとも話しづらそうに言った。


「君のような能天気にとって、ここ最近の仕事は……まあまあ大変だった。本来ならそれくらい耐えてもらわないと困るが。つまりだ」


 彼はせきばらいをした。


「今日くらいは、少し休め。こういう毒にも薬にもならないものを観るのが好きだろう?」


 わずかに耳が赤い。もしかすると、自分が倒れたことに責任を感じてくれているのだろうか、とナオコは驚いた。彼にはまったく責任なんてない。むしろ自分こそ、彼に心配をかけているあいだに妙な夢を見ていることを謝りたかった。

 ナオコは迷ったすえに「……一緒に観ます?」とたずねた。

 彼はぎょっとしてから、視線を泳がせた。時計をちらりとみる。


「……短いのは?」との答えが、肯定をしめしていた。

 彼が乗り気になるとは思っていなかった。ナオコはいろんな恥ずかしさを忘れてしまえるほどに嬉しくなった。


「そうですねえ、これとかどうですか?」とカーソルを動かす。


「まだ9月だが」と彼は渋い顔をした。

「なぜ『クリスマス・キャロル』なんだ」


「このバージョンのなかでは一番短いですし、面白いですよ」


 ダブルクリックをして動画を再生する。山田はベッドに腰かけた。雪のふる情景を物珍しそうに眺めている。

 ナオコはそんな彼のすがたを観て、夢から覚めてよかったと思った。あんな風に彼から親しみを向けられることがなくとも、今めのまえにいる彼のほうが、ずっと良い。

 山田が横目でこちらを見た。


「なにを笑っているんだ」


「べつに、なんでもないですよ」とくすくす笑う。


「君が選んだんだから、ちゃんと観ろ……これは人形劇なのか?」


 彼は興味深そうに画面をのぞきこんだ。


 毒にも薬にもならない日々だ。だけどそんな日々でも、毎日が続いてくれるのなら、クリスマスなんて来なくてもいい。

 ナオコは心からそう思って、パソコンのスピーカーから聞こえる安いキャロルに耳をすませた。



人間ver.のマルコに関心のある人は、ぜひ本編『鏡の国のバカ』もよろしくお願いします!!

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